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2

「そろそろ帰るか」

「ええっ、待って。もう一本……いこうよ」

席を立つ豪炎寺を引き止めるように、腰を浮かせた吹雪は必死の上目遣いでじっと見つめている。

「だって、豪炎寺くんの選ぶワイン……すごく美味しいんだもの……まだ飲みたいな」
「おい」
立ち上がろうとしてよろめく吹雪を、豪炎寺がふわりと抱き止めた。
時間はまだ早いが、深酔いしてるのが気になる。

「無茶は止せ。明日から練習に参加するんだろう?」
「大丈夫。こう見えて僕、お酒強いんだから……」

そんな台詞……他人の腕の中でしなだれかかりながら言うものじゃないだろう。
とろんとした目がやけに無防備に見えて、豪炎寺は胸の奥がジリッと焦げるような感覚を覚える。

つい夢中になって色々と話し過ぎて―――吹雪が飲んだ酒の量まで見ていてやれなかった。

吹雪といると、いつでも懐かしさに任せて感情が溢れだす。

中学の時から……話をする機会は多くはなかったが、屈託なく本音を話せる数少ない相手だった。

それが突然の引退以来、音信が途絶えて。
フィフスセクターにいた時は、吹雪に随分と嫌な思いもさせただろう。

昨シーズンの復帰の際には、別チームでプレイしていた吹雪と再会し、一言詫びを入れたのだが。
その時さらりと返ってきた吹雪の言葉は……今でも心に残ってる。

『気にしないで。君の痛みはよくわかってるから』
そして
『たったひとりで背負わせてごめんね。やり遂げてくれてほんとにありがとう』と――。

その後ゲームで一戦交えることも何度かあった。
吹雪の柔軟さとスピードに翻弄されつつ高めあうプレイは、他では味わえない興奮と爽快の渦に巻き込む。
この感覚は他では味わえない……

だからこそ、吹雪と同じチームでやれると知り、豪炎寺も内心浮かれていたのだ。


「あ〜あ、ほんとにもう帰るんだ…」
「当然だ。送ってやるから、部屋で大人しく明日に備えろ」

ふらつく吹雪の身体を支えながら通りに出た豪炎寺は、手を上げてタクシーを止める。

「君と……せっかく会えたのにさ」

豪炎寺は、大きなため息をついた。
「これから毎日のように会えるだろう」と。

「それに……」

停まったタクシーに先に乗せようと、華奢な背中を押し出しながら豪炎寺は囁く。

「ワインが飲みたければ、部屋にもあるしな」

「……えっ……部屋……って」

「俺たちだけの軽い二次会なら、ウチでも出来るだろう」

「……!!……」

後部のシートに並んで座る彼の耳元を擽る言葉。
それは友人同士の親密さに違いないけれど、吹雪は胸を詰まらせ、切なく疼くときめきをひた隠す。


豪炎寺のいう“部屋”が、自分の自宅のことだなんて―――辿り着くまで半信半疑だったけれど。

彼は慣れた動作でロックを解除し、その部屋に吹雪を連れて入った。

「……すごくキレイに片付いてるね……誰がこんなに……」
「残念ながら全部自前だ」

「……ふぅん」

「詮索しても無駄だぞ。今つき合ってる相手はいないからな」

吹雪は黙って息を呑む。
“今はいない”――でも過去には幾つかきっとある。
仕方のないことなのだけれどチクリと胸が痛んだ。

豪炎寺は氷をたくさん入れてレモンを落とした冷水のグラスを持ってソファーの隣に座り、頭を冷やせとばかりに吹雪の頬にぴたりと当てる。

「ひゃっ……!」

「先に言っておく。少なくとも今までマスコミが取り沙汰した色恋の話はすべて事実無根だからな」

「………そう」
吹雪は受け取ったグラスを落ち着かなく指でいじりながら、眉をひそめて物憂げなため息をつく。
「でも君は……事業家の一面を持つようになってからますます男の色気が増したとか、いろんなとこで言われてるよ」

「……色気?」
豪炎寺は思わず失笑した。

珍しいな。
吹雪は酔うとたいてい笑い上戸になるのに……今日はなんだか膨れっ面で、ウェットに絡んでくる。
意外な一面だが、満更でもなかった。

「お前も……感じてるのか?」
「……何を?」

「俺の色気……とやらを、だ」

何気ない問いかけなのに、吹雪がうろたえているのが手に取るようにわかる。

「“いろんなところ”って、例えばどこで聞いたんだ―――?」

耳元にかかる息にビクンと身を竦める吹雪。その様子を見つめる豪炎寺の目の奥が熱を帯びて揺らいだ。

「お前を惑わすことが出来るなら、俺もありったけの色気を発揮したいところだが―――どうなんだ?」
「あっ……」

豪炎寺は吹雪が持っていたグラスを取り上げて一気に飲み干し、サイドテーブルに置く。

「吹雪……」

持っていき方が強引なのは承知だった。
だが、タガを外させたのはそっちだ。

「俺で……感じるか、試してみるか?」

ドン引きするなら、すればいい。

どうせ、一度―――フラれているんだから。


抱きよせても逆らわない吹雪の身体。
唇が近づくと、少し固くなり身を竦めるが、逃げようとはしない。

「目を……閉じてくれ」

触れる前に、優しい声が吹雪の耳を擽った。
素直に瞼を閉じると……湿った温もりが唇を包む。
そして……
豪炎寺の熱い舌が、ゆっくりと吹雪の口内に滑りこんでくる。

「っ……はぁ…」

甘く吸い上げられる唇から切ない吐息が漏れる。
……もう、歯止めなんてとっくに効かなくなっていた。

「……ぁ……ふ………」

深くなる口づけに絡みあう舌が、そっとほどかれて離れた。

手のひらを添えた吹雪の頬が涙で濡れているのに、豪炎寺が気づいたからだ。

「なぜ……泣くんだ?」

「…………」
吹雪は黙って首を横に振る。

豪炎寺は吹雪の冷たい額に自分の額を当てて目を閉じ、言い聞かせるように囁いた。
「初恋の相手とのキスなんだ……泣かれたら………気になるだろう?」と。

「………豪炎寺……くん」

今度は吹雪のふるえる温もりが、豪炎寺の唇にそっと触れた。