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1

鼻にかかったその声は、心を甘酸っぱく擽る。
いつも―――

「豪炎寺くん、久しぶりだね」

「……吹雪」

練習を終えて戻ったロッカー。
豪炎寺が ゙10゙と表示のあるドアを開けた時、内側にある小さな鏡に懐かしい顔が映った。

「お前……どうやって、ここへ入ってきたんだ?」

「ふふ……僕も関係者だもの、今日からね」

「…………!?」

豪炎寺は吹雪を見つめる目を見開いた。

さらりと伝えたその言葉。
吹雪がJリーグの……自分と同じチームに入団したことを指しているのは解った。

だが、なぜ俺に黙って急に――。


「だってさ、君は……僕がここと交渉してることを知ったら、またいなくなっちゃうかもしれないじゃないか」

「……やけに信用がないな」

吹雪は華奢な肩を竦め、豪炎寺は苦笑してワインのボトルを手に取る。

二人はホームグラウンド近くのバーに立ち寄っていた。

ハタチなんてとっくに過ぎているのに、吹雪のグラスにワインを注ぐ時に感じる僅かな躊躇い。
出会った時の面影をどことなく残した幼い風貌のせいだろうか―――


「とにかく、僕たちの再会に……」
「フッ……その祝杯は今日3度目だぞ」

「じゃあ、10番と9番に……」

「………背番号か。まさに門出に相応しいな」

音もなくグラスがピタリと合う。

「二人ともあの時からずっと同じじゃない?」

「……そうだな」

―――ずっと、同じだ。

サッカーで稼ぐようになったってボールを追う楽しさは、不思議とあの頃のまま。
何があろうと………それは変わらない。

サッカーだけじゃない。
大切な想いは、すべて
あの頃のままだ。

そして、飲み干すワインは格別の味がする。


「あ、そうそう……来月の円堂くんの結婚式には君も行くよね?」
「ああ」

「夏未ちゃんが言ってた……入籍当時は式どころじゃなかったけれど……ようやく落ち着いたから、って」

「………落ち着いた?」

「そう………君のおかげで……」
吹雪は遠い目をして息を吐く。
「サッカーの未来に……輝きが戻ったから。僕たちが出会ったあの頃みたいに……」

豪炎寺は何も答えずにワインを口に含み、そっと喉に流し込んだ。

「夏未ちゃんからは、披露宴の相談も受けたんだよ。それで世界一空に近いチャペルに決めたんだ。でも百景島シーパラダイスのドルフィンウェディングも捨てがたいって言っててね……」

「……イルカにも祝って貰うのか?」

苦笑混じりの問いに、吹雪は目を丸くして答える。

「そうだよ。イルカくんとキスも出来るんだよ」

「おいおい、それじゃあ旦那は妬けるだろう」

「え……?」

「花嫁とのキスは自分だけのものにしたいだろうからな」

豪炎寺の反応は……吹雪にとって少し意外で。
大きな目をぱちくりさせたまま、苦笑いする豪炎寺の横顔を眺めている。


「……いや」

「…………」

「すまない。下世話だったな」

もう酔いが回りはじめたのだろうか……頬に熱を感じながら、二人とも黙る。


沈黙を破ったのは意外にも豪炎寺だった。

「ところで吹雪は何故……ウチに来たんだ?」

「君が……いるからだよ」

「…………それは光栄だ」

無難な切り返しの直前に豪炎寺が一瞬息を呑んだのを、吹雪は見逃さない。

「世界トップクラスのストライカーが返り咲いた名門なのに、昨シーズンもチーム成績は不振。君についていける選手が必要なことは、君自身が……一番よく知ってるでしょ?」

「……ついていける?」

豪炎寺は口の端を吊り上げる。
「張り合える、の間違いだろう?お前にしてはずいぶん謙虚な言い分だな」


豪炎寺は日本代表のエースの座を降りた突然の引退から4年めの昨年、ついに復帰を果たした。
聖帝を務めた男のフィールドへの復帰には、一部から壮絶なバッシングもあった。

それでも―――豪炎寺はこの一年を振り返って『前より静かにプレイできる』と吹雪に本音を漏らした。


ずっと彼を見ていた吹雪には、その言葉をすんなり理解できた。

一点の曇りもなく眩しいほどに輝いていた頃の方が……期待ばかりが暴走し、反動も凄かったのだろうと。



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