「いや〜参ったぜ。今宵ナンバーワンのカワイコちゃんにモーション掛けたら実は“男”でさ〜」
綱海があっけらかんと話しているのは、さっきテーブルで口説いていた美女たちの話だ。
“男はナイよな”と話す綱海に、豪炎寺は同調しなかったらしい。
“そこは関係ないだろう”と。
来るもの拒まず…と下手すれば誤解を呼びかねない発言だが、綱海はすぐに真意を嗅ぎあてた。
“へぇ〜可愛いけりゃいいってことならお前、男相手でも勃つのか? ”
たとえばアイツとか………と、冗談めかしてと耳打ちしたのが、どうやら隣のテーブルの吹雪と豪炎寺の目が合った、あの瞬間だったらしい―――。
「えっ…それで?? 豪炎寺さんは何て答えたんです? 」
思春期の少年みたく好奇心旺盛に、立向居が身を乗り出す。
「おお、それがさ〜」
「綱海くん、やめて」
吹雪が遮った。
いたたまれなくなった………というか、続きを聞くのが怖くて。
「そういうの……冗談でもやめて」
吹雪は哀しそうに目を伏せて小さな声を零す。
「彼に対して……失礼だよ」
「…………」
何だ? 吹雪のヤツ、やけにしおらしい表情しやがって……かわいーじゃねーか!?
綱海の胸が撃ち抜かれる。
切なさが感電したみたいな……ってコレは、まさかの……アレか??
立向居もピンときたらしい。
「いえ、失礼なんてとんでもないですよ! 豪炎寺さんだって今彼女いないって言ってましたし……」
「ふ〜ん。でも彼女いないからってオンナに不自由してるわけじゃないだろうけどな〜」
「っ……」
綱海の言葉に、吹雪が傷ついたような顔をする。
「何であんな意地悪なこと言ったんです!?」
とぼとぼと立ち去る吹雪を見送りながら、立向居が綱海を睨みつける。
「いいじゃねーか。ちょっとくらい波風立てないと、ノれねーもんもあるんだよ」
綱海はニヤリと笑って立向居を肘で小突いた。
「てかお前、ストレートに後押しし過ぎ! 」
パーティーは一次会だけで10時を回った。
相変わらず取り巻きが多い豪炎寺に各所から二次会を誘う声が掛かるが、どうやらすべて断ったようだ。
吹雪の方も浮かない気分で、泳がす視線で探すのは豪炎寺の姿だった。別に恋しいとかじゃない。
「翻弄された」だなんて言い掛かりをつけられてモヤモヤしてるだけ……掴まえて弁解でもしなければ収まらない気分だから……。
彼の姿を見つけて足を踏み出した瞬間、ちょうど知らない美女が彼を呼び止めた。
高いヒールで背伸びして親しげに耳打ちをはじめて―――吹雪はその横をうつむいて通り過ぎる。
「吹雪」
背中から追ってくる豪炎寺の声を振り切るように、足を速める。
「おい、吹雪」
追いつかれて腕を掴まれ、吹雪は背を向けたまま仕方なく足を止めた。
「お前……この後の予定はあるのか?」
「……ない……けど」
「珍しいな」
「っ……」
やけにほぐれた優しい声に、うつむく吹雪の切ない胸が高鳴った。
「早く行きなよ。君は……他があるでしょ? 」
「…………何のことだ? 」
吹雪はようやく豪炎寺に振り返った。
「さっきの綺麗な人……お持ち帰りし損ねちゃったのかい? 」
豪炎寺は思わず苦笑する。
吹雪の拗ねた上目遣いと、悪ぶった言い方が不釣り合いすぎで可愛くて……
「断った。それより欲しいものがあるからな」
「………そっか。じゃあ……そっちへ行かなきゃ」
力なくそう言って離れようとする吹雪の腕を、豪炎寺がぐいっと引き寄せる。
「ああ、もう来てる」
「……え……」
「お前、今から俺の部屋に来ないか? 」
「……は??」
もう片方の腕に肩を抱き寄せられ、耳元で囁く言葉に吹雪はぶるりと震えた。
―――どういうつもりなんだろう?
これじゃまるで、彼が僕をお持ち帰りしたい……って言ってるみたいじゃないか。
「あの……悪いけど僕……」
今日は一人になりたいんだ、と断りたいのに声がでてこない。
「少しの間だ。……いいだろう?」
「…………」
耳元に寄せられた唇から艶かしく伝わる誘いに、声が出ないまま頷いてしまう。
腕がほどかれて、代わりに手と手が握りあった。
歩き出す豪炎寺に引っぱられて足を踏みだす吹雪。
手をつないで歩く二人に気づいた仲間も何人かいるが、豪炎寺は全く気にしていない様子だ。
元雷門中の仲間とともに二次会のラウンジへと向かう円堂の隣で微笑む夏未と、吹雪の目が合う。
後ろめたさと気恥ずかしさに顔を伏せながら “豪炎寺くんはあの場に残らなくてもいいのだろうか” と今更心配になったりする。
でも豪炎寺はまつりのあとの会場に目もくれず、次の目的地へと真っ直ぐに足を進めていく。
思い詰めたような少し余裕ない横顔は、今までに見たことがなくて……吹雪の胸は、はち切れそうにドキドキしていた。
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