ヴィラにつくと、豪炎寺は籐のソファーに身体を投げ出すように腰掛ける。
そのワイルドな動きにつられて吹雪も飛び込みそうになるが、持ち前の体幹の強さでこらえた。
「……暑いな」
低くそう呟いて、つないでない方の手でパーティーの盛装のタイを緩め無造作にシャツのボタンを外した。
その妙に雄っぽい仕草に、立ち尽くす吹雪は息を呑む。
ああ……そうだ……
彼は酔っているのかも。
それで僕に介抱を頼もうと……
あえて無難な方向に頭を整理して心を落ち着けようとするけれど、胸はドキドキしっぱなしで、繋いだままの手も汗ばんでいる。
「……吹雪」
「っ……はいっ」
「庭に出て、少し泳がないか? 」
「……庭?」
そう言われて初めて辺りを見渡すと、大きなガラス窓の向こうに、ムードたっぷりにライトアップされたプライベートプールが見えた。
「僕はいいよ。てか……今日は…ごめん」
「…………?」
「ほら……僕が君を翻弄したんでしょ? ごめんね。そんなつもりはなくて……」
「クスッ……もういいさ。あのあとずっと海でしがみつかれたのが思わぬ役得だったしな」
パーティーの席の不機嫌さからは一転し、彼の表情は吹っ切れていて吹雪は拍子抜けする。
てか、何でこっちが下手に出てしまったのかもわからない。
「行くぞ」
豪炎寺は吹雪の手をほどき、さっさと服を脱ぎ捨てて、惚れ惚れするような身体を晒してガラス戸を押す。
吹雪は恥ずかしげに目をそらして、カウンターの隣にあるミニバーに手を伸ばした。
「あの、何か飲む?」
「ああ……水を頼む」
返事の数秒後、閉まる寸前のドアの向こうからプールに飛び込む音が聞こえた。
この疚しげな胸の疼きは何だろう―――?
そして彼もまた同じような熱をプールで洗い流そうとしているのだとしたら―――?
そんな訳ないよね。
おかしな方向に転びそうな思考をリセットするように、吹雪は首を左右に振る。
トレイにはペリエの瓶とグラスを用意した。
吹雪が庭に出ると、豪炎寺が派手な水音をたてて浮上する。
濡れて降りた髪を掻きあげながらプールサイドに上がる男の色香が濃厚すぎて、本当に目のやり場に困る。
吹雪が渡したタオルで身体を拭きながらチェアに腰をおろす豪炎寺に、ペリエを注ぐグラスを手渡すと、掛けているソファーにコトリと置かれてしまう。
しかも吹雪側でなく、反対側にだ。
急に飲みたくなくなったのかと思った。
でもそれにしては物慾しげな眼差しが、吹雪の顔を覗いている。
「……飲ませてくれるか」
「……!?……」
「……なんて言ったら、引くよな」
一瞬彼は凄く真顔をした。
けれど驚く吹雪の顔を見て、すぐ我に返って目をそらしてしまう。
「すまない、忘れてくれ」
「あの……待って」
グラスを手に取ろうとする豪炎寺の前に向き合って立ち、吹雪はチェアに膝をついて腰をかがめた。
「こうすれば……いい?」
吹雪は瓶からペリエをじかに口に含んで、チェアに置いた。
そして豪炎寺の膝の上に跨がるように腰を落として顔を近づけて―――
唇が重なった。
未知の感触なのに、どこか懐かしいような親密なぬくもりが恍惚を呼び覚ます。
「ん……………」
熱く乾いた唇の隙間から、ひんやりとした水を流しこむと……喉の奥が渇いた音をたてて動くのが鼓膜に伝わって心を揺らした。
水はもうとっくに無くなっているのに唇は触れたままで……かわりに彼の熱い舌が割り込んでくる。
「ぁ……ふ……」
舌と舌が触れ合っても抵抗感はない。絡め取られて豪炎寺の口内に含まれれば、甘い痺れが全身を駆け巡る…………
「は……っ……」
ようやく離れた唇から熱い息が漏れる。
「……悩ましいな」
切なげな彼の声が胸を爪弾いた。
「……お前の優しさに……どこまでつけこんでいいのか……」
「やさしさ……?」
違う。
優しさなんかじゃない。
ことばで言い表すならこれは“衝動”に近かった。
「それとも、俺のことが好きなのか?」
吹雪はハッと息を呑む。
「もちろん……嫌いじゃないよ」
異国のロマンチック漂うプールサイドで、豪炎寺が膝に乗せている相手は仲間であり長年の想い人だ。
気持ちが通ったわけでもないし、まだ今は表情もしぐさもぎこちなく、身じろぎもせずに見つめあっているだけだけれど―――
「そんな常套句で俺が喜ぶと思うのか?」
豪炎寺は鋭く突き返す。
ピントをぼかした返答を嫌うのは昔からだ。
特にはぐらかし上手の吹雪相手なら尚更。
「お前の正直な気持ちはどうなんだ? なぜ今俺とここにいる?強引に……誘われたからか?」
胸に刺さる愚直な問いかけ。吹雪はゆっくりと首を横に振る。
「ううん……珍しかったから」
そして少し含羞んで付け足した。
「君からの頼みごとなんて。僕……つい舞い上がっちゃって………」
その表情から仄かに感じとれる好感。
だが言葉だけではそれ以上の特別な思いを確信することはできない。
「頼まれたら……こういうこともするのか?」
「…………わか…らない」
無防備な唇に、またひとつキスを寄せると、心地よさそうに熱い唇をうけとめながら、吹雪はうっとりと呟いた。
「こういうの……はじめてだから」
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