テラスで少し話してから戻ると、さっきのパラソルの下には、立向居のほかに綱海も戻ってきていた。
「お〜お〜すかさず女子アナ口説くなんて、吹雪も隅におけね〜なあ」
「違うよ、協力を頼まれたのさ」
「へ〜、何のだよ?」
ニヤニヤしながら訊く綱海を横目に、吹雪はカクテルジュースをストローで飲みながら、富永じゅんがマイク片手に豪炎寺に近づく様子を伺っている。
「ね……綱海くん、それ借りていい? 」
「は!? これ? お前が……? 」
「うん。で、これ貰ってもらえるかな? 」
「へ? いいけど……」
綱海が塗り直していたサンオイルとブルーのカクテルを交換した吹雪は、すっくと立ち上がって彼らの方へと歩いていった。
富永アナの取材を受ける豪炎寺のもとへ―――。
「こんにちは」
寝そべるタイプのローチェアに腰掛け取材を受けている豪炎寺の隣に、吹雪がちょこんと座る。
「あら、吹雪さん。さっきはどうも……」
富永アナと吹雪が、挨拶しながら目くばせしあった。
「ごめんね、おじゃまだったかな? 」
「いや……邪魔というかだな…」
取材中に話かけられた豪炎寺は、状況を察せとばかりに視線で報道陣をさす。
祝福コメントのインタビューにしては少し堅苦しいムードだ。
「それ終わったら君と泳ぎたいな、って思って……」
「は? 」
「背中にオイル塗ってあげる。取材は続けていいよ」
「っ……おい、急に何だ? 」
ラッシュガードに掛ける吹雪の手に驚いて少しのけぞる豪炎寺。
「クスクス……仲良いんですね」
「いや、コイツが勝手に…」
憮然としながらチェアの上にうつ伏せになり吹雪に背中を明け渡す豪炎寺は、さっきより砕けたいい表情になっている。
豪炎寺の肉体美も絵的にオイシイし、塗ってるのも国民的人気プレイヤーの吹雪ときていてチラリと映せばオイシさ数倍だ。あとは目的の“コメント”を引き出すだけ―――
「円堂さんと雷門さんがお付き合いしてるのは、ご存知だったんですか」
「……はい」
「そうですか〜、どのくらい前から? 」
「昔から二人は仲間だったので、境界線はわかりません」
彼らしい誠実なかわし方だ……と吹雪は聞きながら思う。
「たとえば……豪炎寺さんとダブルデートされたりとかは、されましたか? 」
「いや、ないです。俺にそういう相手がいないので」
「じゃあ豪炎寺さんから見て『お二人が恋人同士なんじゃないか』と思われたのは、どんなことがきっかけなんですか?」
「いつからか、ゲームの観戦で毎回見かけるようになったのと……円堂から雷門の話がよく出るようになって……自然にです」
「へぇぇ〜、それってオノロケ話をお聞きになって、ってことですよね〜」
「まあ、それに近い、か……」
ケンカしたとか、手作りのおにぎりが塩辛いだとか、プレゼントの選び方がわからないとか……愚痴に近い相談だが……大きく括ればのろけには違いないだろう。
彼らのことを思い浮かべ、僅かだが豪炎寺の眉尻がさがる。
彼にしては柔らかい……レアな表情に、富永アナは驚いた。
これは完全に吹雪がもたらした効果にちがいない。
たとえばどんな話をされるんですか――?
少し突っ込んだ質問にも、滑らかに言葉が出てくる。
もちろん彼らしく慎重に言葉は選んでいるが、豪炎寺がプライベートなエピソードを語るなんて珍しいことだった。
「もう、終わりなのか―――?」
心地よさに目を閉じていた豪炎寺が呟くように訊く。
もうとっくに取材は終わり、報道陣は去っている。
「うん。しっかり塗れたよ」
じりじりと手のひらを焦がすような熱い肌。
それに……触れてみると、目に見えない無数の傷痕があって、なんとも言えない気持ちが込み上げる。
「君さ……当たられてもびくともしないから不思議だったんだけど、やっぱり傷を拵えてたんだね」
「当然だ。俺だって生身の人間だからな」
吹雪の手が離れ、豪炎寺が振り返る。
「だがやせ我慢じゃないぞ。この程度の傷、気づくのはだいたい試合後だ」
「そっか……懐かしいね……」
吹雪がもう一度ゆっくりと背中を撫でる。
この中のいくつかの傷と、自分のフィールドでの記憶のなかのシーンがつながっている気がして。
「人の背中で思い出に浸るな」
我に返った豪炎寺がおもむろに身体を起こして立ち上がる。
自制のためだった。
ひんやりと触れた手が心地よくてヘンな気を起こしそうで―――。
「いくぞ」
「えっ? 」
「お前、泳ぎたいんだろう? 」
―――そうだった。
実のところそう口走ったのは豪炎寺を切り崩すための口実にすぎなかった。
ボディタッチ攻撃で豪炎寺のカタい表情をほぐすための……ただそれだけのこと。
「ちょっ、僕、泳ぎはあんまり……」
「大丈夫だ。俺が泳げる」
「待っ……てよ。君が泳げたって……」
「十分だろう」
「だからっ、待って…って、わぁっ……! 」
人に弱みを見せるのはニガテだ。
でも―――豪炎寺に対してだけは不思議とあまり抵抗ない。
昔からそうだった。
沖縄でも、あの河川敷でも――。
「えっ……ちょっ……足がつかないっ! 」
「足がついたら逆に泳ぎにくいぞ? 」
「やっ……こわ…いっ…」
「慌てるな。力抜け」
豪炎寺の首にしがみつきながら、なるたけ力を抜いて海中で足を掻く……
「上手いじゃないか」
「も〜ひどいよ。あっ、きれいな魚…! 」
不馴れなだけで、運動神経は抜群の吹雪だ。
豪炎寺に掴まり足だけうまく動かしながら、もう周囲に気を取られる余裕さえ生まれてる。
吹雪の様子をみながら、豪炎寺は首を腕に、腕を手に……少しずつ自力で泳げるように身体をほどいていく。
30分もしないうちに、吹雪はグラスをつかって海の中の景色を無邪気に楽しめるようになっていた。
豪炎寺とつないだ手の安心感に、ずっと守られながら―――。
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