「うお〜〜! やっぱ海は、サイコ〜だぜぃ〜〜〜!! 」
目の前に広がるコバルトブルーの海と白い砂浜。
顔を輝かせたメンバーのなかでもひときわ高いテンションで叫ぶのは、言うまでもなく綱海だ。
「おっ、ノリノリの波が来やがった! 行くしかねぇ!!」
彼はサーフボードを脇に抱え、それ以外の荷物を放り出し駆け出した。
「あ〜あ……」
あっという間に波間に消えていく後ろ姿を、一緒にいたメンバーたちが呆れ半分に見守る。
その場に放り出された彼のサングラスやサンオイル、タオル、ミュージックプレイヤーなどを拾おうと手を伸ばしたのは、吹雪だ。
「ああっ吹雪さん、俺がやりますって…」
近くにいた後輩の立向居がすぐさま拾うのを手伝いはじめる。
「でも綱海さんて、中学のころと全然変わんないですねぇ」
「ふふ、そうだね。自前のサーフボードとかさ、この遠征にどうやって持ってきたのかなぁ? 」
「クスッ、やっぱ思います? でもそれさっき聞いたら俺、野暮だって叱られましたよ」
綱海いわく、彼のサーフボードは“魔法のジュータン”みたいなもので、どこにいても持ち主の所へ飛んでくるらしい。
ここはタイの離島にあるリゾート、鬼道財閥の所有地に佇むヴィラのビーチだ。
昨日までメンバーは同国の都市部で、W杯アジア予選を戦っていた。
勢いが止まらない日本代表は、ぶっちぎりでアジア予選を通過したのだが―――
その試合後のインタビューで、キャプテンの円堂が“重大発言”を漏らした。
それが突発的だったのか、計画どおりだったのか、周囲にはわからない。
ただ、試合後帰国するはずだった元イナズマジャパンのメンバー一同が突然この島への招待を受け、予定外の寄り道をすることになったのはその“発言”のせいに違いなかった。
「しかし快適だなぁ。こんなビーチを仲間だけで独り占めなんて……最高の贅沢ですよね」
立向居はデッキチェアに気持ちよさげに寝転びながら、冴え渡る青空を眺めながら言う。
「俺、正直……高級リゾートって苦手なんです。でもここは人目がないからいいや。周囲がセレブばっかりだと気後れしちゃって……」
挙動不審になっちゃうんで……と言いかけた立向居は口をつぐんだ。
吹雪と少し距離を置いて並べたデッキチェアの横を、通りすぎていく男のオーラに目を奪われたからだ。
「はぁあ……やっぱ……豪炎寺さんはオーラが違いますね……」
「………」
感嘆のため息をつく立向居の横で、吹雪も何気なく彼を目で追う。
平静を装いながらも、内心は目眩するほどドキドキしていた。
だって―――彼ったら、カッコよすぎる。
顔が良いのは当然のこと。
オフホワイトに淡い柄のセットアップから覗く褐色のストイックな肌。理知的かつ育ちの良さがブレンドされたフェロモンを全身から惜しげもなく撒き散らすのは……完全に反則だと思う。
たとえここに名だたるセレブが集まっていたとしても、彼は存在を際立たせていただろう……
「―――吹雪さん? 」
「っ……はいっ!?」
「何か飲みます? 俺、持ってきましょうか? 」
「あ………じゃあ、えっ……と…」
泳がせた視線の先にあるテラスの方から、涼しげな白のフローズン系のカクテルを手に風丸が歩いてくる。
「あ、おい立向居……今そっち行くと捕まるぜ」
「へ……? 」
風丸は「報道陣が待ち伏せしてる」と立向居に小声で耳打ちした。
どうやら彼らは“祝福コメント”を集めているらしい。
もちろんそれは昨夜のインタビューで発覚した“円堂選手と雷門夏未の婚約”に対するもの。
人気のスター選手ではあったが、サッカー一筋で浮いた噂一つなかった円堂の結婚話に、マスコミも慌てて情報を掻き集めているようだ。
「風丸さん、それ美味しそうですね。何て飲み物ですか? 」
「これは……え〜っと、ピニャコラーダ…だったかな。甘くて美味しいぞ」
「へぇ〜俺もそれにしようかなあ? 」
歩きだす立向居の横に、いつのまにか吹雪がついてきている。
「あれっ、いいんですか? 俺行きますよ?マスコミいるみたいだし……」
「いいよ。僕、そういうのぜんぜん苦手じゃないから」
隣を歩く吹雪は、首を傾げるように立向居を見上げてにっこり笑う。
世界の一流選手に上り詰めたって、吹雪は自然体で飾らない。
都会暮らしが長くなっても、稼ぐお金が半端なく増えても、まったく擦れずに人当たりもよく―――当然マスコミうけも良かった。
……それにしても……
立向居は並んで歩きながら、ふと気づく。
吹雪さんて……こんなに小さかったっけ? いやいや、俺が大きくなったのか??
数十メートル先のテラスまでの道のりが長く感じて、やけに胸が高鳴っている。
学生の頃は、先輩という意識があったし、今も自分とはかけはなれた感があって……その分吹雪が大きく見えていたのかもしれないけれど……
実際はすごく華奢だし……肌白いし……
可愛い顔……してるよな。
……って何考えてんだ俺っ!!
「………ねぇ、立向居くん? 」
「は、はいっ……!?」
「このブルー、綺麗じゃない? 」
「え、あ、はい……キレイです、すごく…」
カウンターで二人が注文したのは、オリジナルのノンアルコールカクテル。
自分のと同じものを手にしている立向居に、吹雪は目を丸くした。
「あれ? 君ピニャコラーダにするんじゃなかったっけ……って、そういや君、未成年……」
「えへへ、バレました? だから俺もこれです」
ご機嫌の立向居は無意識のうちに吹雪マジックにかかっていた。
それは、吹雪が笑顔で手にしてるものが飛び抜けて魅力的に映る魔法。
アスリート界でずば抜けたCM起用数でも立証ずみの効力だ。
「……あ、じゅんちゃん」
カクテルを口にして「うまい♪」と呟く立向居の傍らで、吹雪は報道陣の輪にむかって笑顔で手を振った。
リポーターで来ていた人気女子アナの富永じゅんは、吹雪の友人だったからだ。
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