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「あ…………お布団を………」
畳の上に組み敷かれた吹雪は、のし掛かる豪炎寺の身体の下をすり抜けて、部屋の隅にたたんであった布団を広げる。
「布団か。懐かしいな」
豪炎寺は口の端を緩ませて、吹雪を抱いて縺れ込んだ。
「君は……日本を離れてどのくらいになるの?」
優しいキスの合間に、吹雪の濡れた唇が訊ねる。
「……………10年、位だな」
時の流れはあっと言う間だ。
だが、戦禍で心の距離はそれ以上に遠ざかった。
今こうして故郷の土を踏んでいても、この国の運命と相反する道を歩んできた自分は、もうこの地に進駐する軍人以外の何者でもないのだから。
だがそれでも、吹雪の目に映る自分の中にだけは、この国にいた頃の面影を、見ることができる気がした。
「10年前だと………いくつ?もう好きな人いた?」
「14歳だ。恋はしていない」
「嘘だぁ………君みたいな人を周りが放っておくわけ……」
「周りは関係ないだろう?」
吹雪の無邪気な追及を口づけがまた遮る。
「こういうことをしたい相手に、今まで出会わなかったんだから」
「………ん………ぁふ……」
割り込んだ熱い舌が狭い口内をまさぐり、吹雪の薄い舌を掴まえ甘く吸い上げる。
普段は的確な治療を施す両手が、今は、吹雪の柔らかな髪を額から掻きあげて、後頭部から肩へと撫でながら着衣をほどき、滑り落とした。
抜けるような白い肌を滑る唇が胸元にたどり着くと、吹雪は豪炎寺の頭にそっと腕を回して愛撫をせかした。
「…………僕ね………君とキスした日………次会うときは、きっとこうなるだろうと……すごく期待したんだ」
「……………俺もだ」
「だからこそ………あの頃みたいに君から与えられてばかりの僕のままじゃ嫌で……」
「…………」
「君に身体を捧げることを、今まで君からしてもらったいろんなものの代償みたいにしたくなかっ………たから………っ………」
会話が途絶えて、甘い喘ぎに変わった。
「なら今は、対等な意志で抱きあえている、と思っていいんだな」
「そ………だよ……ぁあ………っ……」
白くしなやかな両脚の間までおりてきたキスは下腹を這って、蜜のしたたる屹立に辿り着く。
吹雪も、もう限界だった。
敏感な場所を舌で弄ばれるたび、びくびく仰け反る背中とはうらはらに、両脚は豪炎寺を離したくないみたいに巻きついている。
「………も………きて………」
潜り込ませた指を次々とときつく呑みこんだ身体を艶かしく捩りながら懇願する吹雪に、豪炎寺は指を引き抜いた両手でしなやかな細腰を掴んだ。
「………く………っ………キツくないか?」
「…………っ………ぁ、はぁ……だい………じょ…ぶ……」
体内を拓かれていく圧迫も、甘美な刺激でしかない。
きっと………待ち焦がれていたのだ。
はじめて“診察”を受けた日から、こうなることを望んでいたのを………身体じゅうで思い知らされている。
力強い律動が吹雪の奥を刻む。
今まで誰にも明け渡したことのない身体の奥底で、愛しさが堰を切って溢れ、心と身体を境目なくかき混ぜている。
たがいの五感が、たがいの存在しか、捉えていない世界で………抽送を続ける豪炎寺の声が、吹雪の体内で響いた。
「……お前は………俺の故郷だ」
「………え………」
雪村父子と別れて一人になった日の喪失感が、吹雪の脳裏を掠めた。
あの日は職の解雇も重なって……最後の賃金を電車賃の足しにして、生まれ故郷の町に戻ろうとした。
なのに結局足が向かなかったのは………自分をこの世に繋ぎとめる唯一の場所が、故郷の町じゃなく“彼の存在”だと気づいたからだ。
「………ふふ………僕もそう………君が故郷だよ」
幸せだった。
彼がこの国に長居はできないと分かっていても。
今彼が呼吸して、その足で立ち、目で見る景色の中にいたいとだけ願う。
それよりもっと望んでいたのは、こうして肌で確かめあう“結合”…………
心が、身体が、すべてが豪炎寺の脈動に支配されている。
彼に溶けた自分はひとりじゃない。ふたりでもなく、ひとつだ。
結合を解きかけた豪炎寺が、吹雪の頬を伝う涙に気づき、唇で拭いながらまた深く繋がる。
「………離れたくないよ……」
「………俺もだ」
口にした言葉と溢れる気持ちに偽りはない。
でも、豪炎寺の任期がもうすぐ終わり、一度は帰国しなければならないことを、吹雪も聞いて知っていた。
それが現実だ。
一生離れるわけじゃないし、一年、長くても二年も待てば、彼はこの国に戻ってくるのに、どうして胸が騒ぐのだろう?
「必ず戻るから」
「…………いつ?」
「一年………いや出来れば半年。待てるか?」
繋がって、抱きしめられたまま、吹雪は微かに頷いた。
どうしても気持ちがついていかなくて。
幸せなぶん、わがままになっていく自分。
彼が死んじゃうわけじゃないのに、頑ななほど聞き分けがない自分に、自分でも戸惑ってしまう。
「発つ前に、まだ会える?」
「ああ。勿論だ」
それから任期明けまで1ヶ月のあいだ、ふたりの逢瀬は続いた。
この国に残していく吹雪を不安にさせないように、豪炎寺はたびたび将来の話も口にした。
ひとときとは言え刻一刻と近づいてくる別れの時に、吹雪の心は晴れることはなかったが、彼から伝わる真摯な誠実さに、ただひたすら縋ろうとしているだけだ。
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