黄昏のむこう側 | ナノ
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窓のない倉庫に夜明けの光は届かない。

目が慣れてくると、吹雪のふわふわの猫毛としなやかに丸まる身体がマットの上に浮かび上がる。
寝息が聞こえるほどの距離で覗き込み、目を凝らすと、口元を隠すように添えた両手に………巻きついているものが見えてきて、豪炎寺は驚く。

………っ………これはどういう…………?

白い手に絡むのは、昨日巻いやったはずの腰紐だ。
何故、はずしてる……………?
豪炎寺の視線が吹雪の身体をつたい降りていき………脱げかけたズボンからのぞく腰の白さにギクリと目を止める………その瞬間、吹雪の身体がもぞもぞ動いて伸びるように寝返りをうつから………
「っ……」
丸見えの下腹部から、豪炎寺は慌てて目をそらした。


「……………あ………れ?」

眠りの底まで届く深い眼差しを手繰り寄せるように、意識を浮上させた吹雪は、潤んだ目をとろんと見開く。

「…………ふふ………」
唇をほころばせて差しのべる指先が、巻きついた紐を離れて、豪炎寺の手の内に収まる。
温度の低いしなやかな感触と、包まれる温もりが、互いに、無意識に心地よくて………

「…………夢のつづきかと思ったよ………目を開けても君がいるから………」

「夢でも会えていたのか?それは光栄だな」

豪炎寺は口の端で微笑み、包んだ手の脈をそっと取った。
目が慣れて、互いの表情はよく見えていた。
もう片方の手で下瞼の裏側を覗いて、顎を持ち上げ顔を近づけると、吹雪が恥ずかしげに目を伏せて、唇を薄く開く。

「………舌、見せてみろ」

「……ん…………こう?」

唇の隙間から小さな舌を出してくる吹雪の表情が、無垢なのに淫靡で…………豪炎寺は平静の奥底で、本能を甘酸っぱく疼かせる。



「あの……………それは?」

鞄を開く豪炎寺の背中越しに、器具を取り出す音を聞きながら、吹雪が訊ねた。

「静脈注射で栄養を入れる。親指を中にして手を握ってくれ」

「じょうみゃく…?」
細い腕にチューブを巻かれながら、吹雪は素直に言われたとおりにした。

「ああ。少しじっとしてろ」

消毒を済ませた白い肌を指で撫でつけるように、浮いた血管を押さえ、針を挿入する。
針先をたどる血液を見つめながらシリンジを引き、こんどはゆっくり押して、薬液を静脈内に投与する。

その一部始終を、吹雪は目を丸くして見守っていた。

「…………怖くないのか?」

「うん。君のしてくれることだから……」

さらりと返ることばに、どうしてこうも胸が波打つのだろう。
………考えすぎだ。
吹雪は人の心に入り込むのが上手いだけだ。



「そうだ、君の教え子だが……明け方目を覚ましたぞ」

「えっ、本当?」

繊細な血管に負荷をかけないよう、ゆっくり投与を続けながら、豪炎寺が口を開くと………肩に凭れてぼんやりしていた吹雪がハッと顔を上げた。

「安心しろ。回復は早そうだ」

「………良かった………」

安堵とともに零れる笑顔に、豪炎寺も目を細める。

「あ、でもちゃんと大人しくしてる?まさか暴れたりは………」
そう言いながら、吹雪は顔色を変えて息を呑む。
豪炎寺の手の甲にくっきりとついた噛み跡が見えたからだ。

「えっ、それ……っ……」

「動くな、針が抜けるだろう」

跳び上がりそうな吹雪の腕を、豪炎寺の手が押さえた。
その手の傷跡をかばうように、吹雪の白い手がひしっと包む。

「ごめんなさいっ………これ雪村だよね?」

「まあ、な。油断した俺も悪い」

「ああっ、ほんとごめん………てか、叱ってくれていいから……」

「いや、このくらいの警戒心はむしろ必要だろう。特にお前に欠けている分、な」

「なっ……」
吹雪は赤面して………それから頬を膨らませてぷいっと横を向く。
「僕だって警戒くらいするよ。君にだけなぜか無防備になっちゃうだけで……」

「…………」

今度は豪炎寺が照れを隠して視線をそむける番だ。

吹雪の言葉に嘘はないのだろう。
無邪気な好意に悶々とする自分の疚しさが、ただただ恨めしい…………


「え………あの………」

投与が終わり、針が抜かれた吹雪は、器具を片付ける豪炎寺の背中を潤んだ目で見つめている。

「診察は……もう………終わり?」

「ああ。栄養不足以外は何も……問題ない」
振り返った豪炎寺は、吹雪の表情にドキンと胸を掴まれるが、平静を装ってマットの上に落ちている腰紐を拾い上げ、吹雪のズボンにしっかりと括りつける。

「……あのっ…………そこ…………」

「………?」

「疼いて………昨日の夜………熱くて眠れなくて………」

眠れなかった、というのは見え透いた嘘だ。たどたどしい自慰のあと、さっきまで眠りこけてたのを見られたばかりなのに。
吹雪は必死の眼差しで豪炎寺を見上げながら、結ばれた腰紐をまたほどきはじめる。

「お前………抜き方を知らないのか?」

「………わか………んない……」

それも半分は嘘だが、半分は本当だ。
自分だけではどうにもならなくて、困ってるのは事実だから…………

「これ…………を、治して………ください」

吹雪は目を閉じ、ズボンをマットの上に落として、真っ白な性器をさらした。



少し間が空いて。
温かい手が、芯をもつ性器をヌルリと包む。

「…………っあ……っ……」

びくびく震える身体も、擦られるたび倉庫内に響く淫らな音も………全部自分の興奮の証だと思うと凄く恥ずかしいのに、歯止めがきかない。

「…………はっ……………はっ………っうしろ…………もっ………」

前を扱かれながら、後ろにも指が這入る。
吹雪はゆらゆら腰をゆらして身悶え……………やがて小さな悲鳴とともに、快楽の涙と白濁液をマットに溢した。

「…………ぁ………」

抜かないで、と懇願する間もなく、指が引き抜かれて全身がもぬけの殻になる。
あとは熱い呼気で、余韻を逃がすしかなくて………


一気に快楽に塗り潰された脳裏が、少しずつ醒めてきた頃には…………何事もなかったかのように片付けられて、ズボンもきっちり履かされていた。

「雪村君は、明日お前のもとに帰そう」

「えっ……」

「明日の朝、兵舎に迎えに来れるか?」

「うん。場所がわかれば……」

「これから俺が戻る所だ。案内するからついてこい」

吹雪は気だるさの割にいつになく軽やかな体を起こすと、歩きだす豪炎寺の後に続いた。


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