黄昏のむこう側 | ナノ
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「異常なしだ。下も診るぞ」

「あ……ぁっ………」

……………あまりの衝撃に声もなく、喘ぐ息しか出てこない。
ズボンを穿いてない股間に躊躇いなく伸びた手が、びくりと震える性器をそっと掴む。

「動くな………すぐに終わる」

「…………はぁ……っ………」

剥き出しの性器を、細部まで視られて………
“すぐ“と言われたその時間はすごく長く感じた。
外気の刺激とドクターの視線だけでもうどうにかなりそうで、吹雪は疼く身体をもじもじ捩った。

「おい、動くなと言ってるだろ。それとヘンな声を出すな」

「ぅ……ぁっ……」

後ろを向かされた吹雪の蕾から“内診”の指が入り込む。
あまりの締めつけにドクターの指が止まるが、臀部に顔が近づいて………内側を診られてる視線に肌が疼いて………もう限界だ。
体内を蠢く未知の感覚と羞恥に、正気が保てない。

「………随分と綺麗だな。異常どころか使った痕も分からない」

「あっ…………もっ…………うごかさ………ないで………っ………ああっ!」

指を引き抜かれた瞬間、吹雪の身体が激しく震えて、白濁がぱたぱたと地面に落ちた。

「っ…………お前…………」

腰を抜かしてへなへなと崩れ落ちる吹雪を抱き止めながら、さすがの彼も少し戸惑っているように見えた。
まあ…………当然といえば当然だ。
患者が内診で、イッてしまったのだから。


「ごめん………なさい」

精液のついた手ををハンカチで拭いているドクターに、吹雪は必死で頭を下げる。

「ああ、構わない。健康上も異常はなかった。感度が良すぎるようだが………そんな過敏な身体で本当に商売を?」

「いえ………ない……んです。ほんとに」

「…………は?」

今まで冷静沈着だった豪炎寺が初めて顔色を変えた。

「未経験、です。僕は……売春………してないから」

「っ……すまない。なら何故診察が必要だと………」

「……違うんです……」
吹雪は肩で大きな息を吐く。
「僕じゃ………なくて………」

吹雪はようやく瀕死の生徒の話をし始める。
ずっと一人で抱え続けていたものようやく解き放って………


「そういうことか………わかった」
ドクターは地面に落ちていたズボンを拾い上げ、砂埃を払って吹雪に手渡しながら云う。
「すぐにその子を診るから案内してくれるか?」と。

「ありがと……」

「いや、待て」

腰紐が無いズボンのウエストを引っ張りあげながら歩きだす吹雪を呼び止めた彼は、片方の手で躊躇いなく自分のシャツの袖を破って引き裂くと、吹雪の腰に結びつけて…………ズボンをしっかりと固定した。

「え………あのっ、君の服が……」

「気にするな。俺はズボンのない奴を連れて歩くより、片袖がない方が大分マシだからな」

慌てる吹雪に、彼はニヤリと口角をあげ笑いかける。

「俺は豪炎寺修也、お前と同じ………日本人だ」

「…………僕は、吹雪士郎………」

褐色の手が、吹雪の痩せた手を力強く包んだ。

いつの間にか言葉がくだけているのは、吹雪が彼を身近に感じている証拠だった。
豪炎寺が医師の立場で往診にいくのではなく、友人の生徒を助けるつもりでいることまでは、知る由もないけれど――――

「おい、忘れ物だぞ」

「………あっ!」

吹雪はハッとして地面に散らばる煙草や菓子やドル札を拾い集め………それからはたと動きを止める。

「でもこれ………僕はちゃんと仕事を果たせなかったし……………」

「フッ……律儀だな。まさか奴らに返すとでも?お前の“戦利品”だろう」

「でも……何もしてない僕が貰うのは卑怯だよ」

「いや、それはお前のものだ。運が味方して報酬が転がり込むことは、戦場でだってよくある。不条理な結果もすべて実力のうち……誰が笑い誰が泣いても、誰も文句は言わない」

豪炎寺は真顔でそう言いながら、拾い上げた物資を吹雪に手渡した。

「あり……がとう」

飄々としてるのに、なぜこの人の言動は次々と温かく胸に刻まれていくのだろう…………?


黄昏の港町の路地。豪炎寺と肩を並べ、煤けた人混みを縫うように歩く。

雪村のことは心配には違いないけれど、あてもなくここへ迷いこんできた時とはぜんぜん違う………希望という光が帰途を辿る道を照らして見えた。

駐在軍の腕章をつけた男と連れ立って歩く姿に、後ろ指を差す者もいたが、それすら目に入らないほどに、何故か浮き足立ってもいた。


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