黄昏のむこう側 | ナノ
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ゴツい海兵服の背中を追って裏口から外へ出る。

外といってもそこは店の倉庫代わりになっている狭い路地裏のスペースで。
表通り側に酒の空瓶やがらくたの詰まった箱が積まれ…………何だか嫌な予感がする。

「おいジム、上玉つれてきてやったぜ」

「〜♪」

背後で鳴る口笛に、吹雪は身を竦めた。
どこに隠れていたのか、吹雪の背後にもう一つの大きな影が現れ退路を塞いでる。

「マジかよ、めちゃ可愛い顔してんじゃねーか。やけに小さいが……ガキじゃねぇよな?」

「……!!」
身の毛がよだって声が出ない吹雪に、ジムと呼ばれた男の手が伸びる。

「怖がらなくてもいいんだぜ、子猫ちゃん。すぐよくしてやっからよ…っと」

ズボンに届いた両手が腰紐ごと軽々と引き剥がして、吹雪の白い下半身が晒けだされる。
ブチッとちぎれた紐の音が、まるで心が裂けた音みたいに、痛く胸に響いて……………

「待って………約束…が……ちが……」

震える声を押し出すのが精一杯で………何故か身体が動かない。

「ヘッ、3Pは聞いてないってか?報酬もはずむからカタイこと言うなって……ほらよ!」

ジムが下ろしかけたズボンのポケットから煙草の箱やチューインガム、そして数枚のドル札を吹雪の足元にバラバラとぶちまけた。

「イイコにしてたらこれがご褒美だ。その辺のコールガールならこれで十回分。贅沢すぎる土産だろう?」

「っ…………」

吹雪は卑劣な言葉に身震いするが、目を閉じて耐えしのぐ。だが災いは止めどなく降りかかってくる。

「おっと、コッチも忘れんなよ。考えてみりゃ効率的だよな?上と下ですりゃあ同じ時間で稼ぎは二倍だもんな、ハッハ」

最初の海兵がベルトをはずしながら、吹雪を掴んで力任せに屈ませる。その勢いによろめいた足先が煙草の箱にコツンと触れた。

煙草は………闇市で高値がついていたのを横目で見てた。一箱で何日かの二人の食事に変えられるだろう………いやその前に雪村の診察費も必要だ。
手に入れるためには、腹をくくるしかない。

「………お前、カワイイ顔にぶっかけんのホント好きだよな」

吹雪の背後で肉棒を扱くジムが、相棒を見て口の端を歪める。

「おぅ、でもこんな上玉は超レアだぜ……なあ、子猫ちゃんよ、ゴーエンジに会いたいんだろ?さっさとオクチを開けな」

「…………はああ?ゴーエンジだぁ?」

相棒が口にした名前に、ジムが興ざめしたように肩を竦めて後ずさる。

―――――医師の名前はDr.ゴーエンジ、か。
傍らで吹雪は密かにインプットする。名前がわかればさっさと逃げ出したいのに、足元に散らばる報酬欲しさにそれもできない。
生きるために、先立つものがなくては…………

「おいおい、あのカタブツにバレたら俺らどやされちまうじゃねーかよ?」

「なーに先にヤっちまえば関係ねぇよ。さ、おっ始めようぜ!」

前に立つ男に力任せに頭を押さ込まれ、腰が屈む。そして上と下から迫る二本の肉棒………

「イテッ、歯がジャマだ!」

「動くな!……ってか締めすぎで入りゃしねぇぞおい………」

何が…………こんなに自分を頑なにするんだろう?

どんなことしても今は稼ぐべきだと頭では納得してるのに…………死ぬほど激しい嫌悪感が全身を閉ざして、自分でもどうにもならない。

自分に出来る最善策は彼らに“従う”ことなのに―――――しかし野太い奴らの腕にかかれば、抵抗しきれるはずもない。

「………や……っ…………」

両腕と太股を四本の手に押さえられ、体を捩ったまま動けなくなった吹雪は、嫌悪に固まる表情で観念の息を吐いた。
いよいよ覚悟を決めなくては、と―――その時だ。


「――――――何してる?」


凛々しい中低音が、吹雪の空虚な心の真芯に響いた。

「お前ら、勤務中なのを忘れたわけではあるまいな」

一瞬にして張りつめる空気。
勢い任せに迫っていた肉棒は二本とも跡形もなく萎えている。

「酒も…………買春など論外だ。不要物を片付けて直ぐに持ち場に戻れ」

「クソッ…」
いかつい兵たちは舌打ちしながらズボンを上げると、その場を立ち去っていく。


Dr.ゴーエンジ。不思議な男だ。

俯いたまま盗み見た彼の姿は、いかつい二人よりかなりスマートで。声を荒げる訳でも態度で威圧するわけでもないのに、兵たちを動かすオーラがあった。

「部隊の者が無礼を働き、申し訳なかった」

「……………」

「身体は………大丈夫ですか?」

「……………ぁ………………」

差しだされた褐色の手をとって、吹雪は上目遣いでドクターをみあげる。
褐色の肌に切れ長の黒い目。きちんとした日本語。日本人か………少なくとも日系には違いないだろう。

「………………大丈夫じゃ………ないです………僕はあなたの診察を受けたくて………彼らに体を売ろうとしてたのに………」

「診察?」
ドクターは目を見張る。
「そのために体を?その必要はない。今すぐ診よう」

「……え、本当ですか??」

まさかの即答に吹雪は驚く。
カタブツそうな彼に”勤務外“だと冷たくあしらわれるのを覚悟したのに………

「じゃあ、あの……」

「熱はないな。口をあけて」

顔を輝かせた吹雪の額に、ドクターの手の平が当てがわれる。
「え…………っ………」
ドクターは僕の診察だと勘違いしているんだ………そ止めなきゃ、と思うのに、何故か高鳴る胸が詰まって、素直に口をあけ喉の奥を見せてしまう。

「全く異常なしだ。頭痛や腹痛もないな?」

「…………ありません。えっとあの……っ……」

吹雪は首を横に振りながら、腹を触診されてぴくん、と身をこわばらせる。
さらにもう片方の手は吹雪の頬に添えられ、下瞼を交互におろして、切れ長の凛々しい目に覗きこまれて。

ドクターの深い色の瞳に引き込まれた吹雪は、もはや動くことすらできなくなっていた。


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