黄昏のむこう側 | ナノ
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 5

眠れない。

昼間の医務室での豪炎寺とのやりとりが、肌を火照らせて鎮まらないないのだ。

“友人”という言葉を聞くと、突き放されたような気持ちで途方に暮れるのは………こういう感覚のせい。

彼を想うと、胸が甘酸っぱく締めつけられて、苦しくて。
あの眼差しや声を思い出すと、身体が内側まで熱くなる。

この反応の数々が、友人に対して起こったりしないことだけは、わかるから――――


もう夜もとっくに更けていて。
雪村が隣のマットで寝息をたてている。
いつもなら、教え子といる間は必ず教師のスイッチが入ってるのに。

一週間ぶりのやりとりにほだされた今夜は、ちっとも眠れやしない。
もしかしたら彼も今頃、同じように僕を想い、抑えがたい“衝動”と闘っていてくれたりしてたら嬉しいのだけど…………


微睡みと悶絶を繰り返し、どれだけ時間が経ったのだろう?

何となく腕時計を見ると、無情にも針はもうすぐ起きる時刻を指していた。
あ………そうだ、これももう彼に返さなくちゃ………と、文字盤を見つめながらふと思う。



「お前、昨夜………寝れてないだろ」

翌日の仕事終わりに医務室を訪ねた吹雪を一目見て、豪炎寺が言い当てる。

「えっ……なんで?わかる??」

「……………いや。目がとろけてて可愛いなと………」

「なっ……」
何言ってんの………と真っ赤になる吹雪の手を取って、豪炎寺は診療用の丸椅子に座らせる。
傷の治り具合を確かめる豪炎寺の表情は、昨日よりだいぶ親しげで穏やかに見えた。

「君こそっ、なんか…………目赤くない?」

「…………ああ、確かに俺も昨日はいつもより夜更かししたな」

何のことはない様子で答える豪炎寺の口調には、疚しさなんて欠片も感じない。
やっぱり僕一人が悶々としてるだけだ………と、吹雪は微かに落胆する。


「あ、そうだ。これ………」

ほとんど治った傷口を診てもらったあとで、吹雪はポケットから大事そうに“腕時計”を豪炎寺に差し出した。

「………………」

「………これ、君から借りっぱなしで………」

「まだ使っていいぞ。働くには時計があった方が便利だろう?」

「……………」
確かに彼の言う通り、窓のない体育館暮らしでは時計が無くては不便だ。彼の腕には他の腕時計がちゃんと収まっているし………
でも借りを作ってばかりなのも嫌だった。
いつまでも豪炎寺と対等に向き合えない気がして………

「いいよ、返す。無いなら無いでなんとかなるから………」

差し出した手を引こうとしない吹雪の手から、しかたなく時計を受け取った豪炎寺は「少し外を歩こう」と、白衣を脱いで吹雪を部屋の外へと誘った。



吹雪の目に映る見慣れた町の景色は、今日もまた輝きを増していた。
町も人もまだ戦禍の傷跡を残しているが、日に日に癒えていくのを見るのも楽しみの一つで………

軍関係者と肩を並べる姿に注がれる巷の視線も、前ほど刺々しさがなくなっている気がした。


「結局………送ってもらっちゃってごめんね」

「いや、昼休みを有意義に過ごせて良かった」

「えっ、昼休み…………って君、ごはんとかは………」

不意に途切れた言葉。

遮ったのは、豪炎寺の唇だった。

「………ぁ…………ふ……」

離れようともがく身体には全然力が入らない。重なった唇の何ともいえない感触と撫でる温もりに、ただ震えるばかりで………

「……………ん……」


熱に濡れた唇どうしが音をたてて離れる。


「………お腹……空かないのかい?」

「ああ、食うなら俺はこっちがいい」

「………ばかっ………そん……な……こと………」

キスの余韻に酔いしれる脳裏に、彼の優しい笑みは痺れを増す麻酔のようだ。
すべてを奪われて茫然と佇む吹雪の手に、豪炎寺がそっと“何か”を握らせる……………

「…………一応これも返しておくからな」

「…………」

握っただけでそれが何なのか吹雪にはわかっていた。
すっかり手に馴染んだ平たい円形の金属と細い革…………これは“彼の腕時計”だ。


「……かえす………って、それこっちのせりふ………」

「ちゃんと眠れてないんだろう?これが無いとうっかり寝過ごすぞ?」

「………もぅ…………よけいなおせわ……」

だめだ。

骨抜きにされて、逆らえない。
身体じゅうが甘さに侵されて細かく震えてるのに気づいたのか、豪炎寺の腕が包みこむように抱き寄せる。

もう、どうなってもいい………と思った。
むしろ続きがほしいとさえ…………

「昨日は俺も眠れなかった」

「……………」

そういえば、そんなこと言ってたっけ。
熱っぽくて覚束ない思考が、微かな記憶をたぐりよせる。

「お前のことを………考えてた」

「……………え………?」

もう一度唇どうしが優しく触れて、吸いあいながらゆっくり離れて…………

「…………ぼく……の?どんな…………」

「………お前のことを細部まで思い出して、熱くなって………」

抱きしめる腕に力が籠り、彼の熱い鼓動や吐息や言葉が、体内にどんどん流れ込んでくる。

ああ……………もっと……………届かないところにもじかに触れてほしくて…………頭と心がおかしくなりそうだ。

「…………それで………イったりした?」

「…………そうだな」
クスリと笑う吐息。
「お前のこと考えながら何度も抜いた」
耳元に近づいた唇がと悪怯れもせず打ち明ける。

ドクン………と鼓動が体外に飛び出しそうに跳ねた。

鼓膜を通して身体の奥に届くその言葉だけで、目眩して、イきそうだった。


そこからのやりとりは、熱に浮かされて朧気だ。


気づけば後ろ手を降り立ち去っていく豪炎寺の背中を、動けないまま見送っていて………

その姿が視界から消えても、吹雪はその場に立ち尽くし動けなかった。



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