黄昏のむこう側 | ナノ
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コン、コン…………とノックの音が医務室のドアに軽く響くが、中からは何も聞こえない。

切なさにせかされるように、ノブを回そうとするが、カタカタと小さな音を立てるだけで動きやしない。

………きっとあのドクターは朝の見回りに町へ出かけているのだろうな…………
吹雪はノブを掴んだままドアに額をあてて、ため息とともにがくりと肩を落とす。

一大決心して来たのに、空振りなんて………

仕事に戻らなくちゃ、となんとか気持ちを奮い立たせて顔を上げた時、ふと背中に感じる視線に気づく……………

「あ……」

振り向くと、廊下の少し向こうに、豪炎寺が立っていた。

たった一週間、会ってないだけなのに、心の奥からいろんな感情がほどけていく。



「……………よし。これでいい」

「………………………ありがとう……ございます」

医務室の中は、前に見習いで勤めていた学校の保健室に少し似ていた。

医師の作業用デスクと丸椅子が二つ、医師と患者が向き合えるように置かれている。
そこに座って手当てが施される間じゅう、吹雪は自分の手に触れる豪炎寺の指先ばかり見ていた。
触れられる温もりを、無意識に肌に刻みつけるように………
そして、処置が済んで彼の手が離れてくのが名残惜しくて、胸が痛んで………

「………あの………」

「どうした?」

「僕がここにいて………驚いた?」

「…………まあな。だが職を見つけたのなら………良かったな」

目を細める彼の表情は凛々しく優しい。
でもそれは、彼自身というより医師としてのものだ。
もどかしさ振り払い、吹雪はまた訊ねる。

「君は……僕と…………もう会いたくなかった?」

ずっと自分をまっすぐ見返していた豪炎寺の目の奥が一瞬僅かに揺れたのを、吹雪は見逃さなかった。

「…………………いや、お前の元気な顔が見れて良かった」

口角で作る彼の笑みは整いすぎて、また気持ちが遠のく。
二人の間の一線を再認識させるかのように、目の前の彼は、患者思いの立派な医師だった。

「これからまた水仕事だろう?後でもう一度処置するから、帰りも寄るといい」

「……………うん。またくるね」

踏み込めないやりとりに物足りなさを感じながらも、もう一度会えると思うと素直に嬉しい。
吹雪は手を振って医務室を後にした。

その華奢な背中がドアの向こうに消えるのを見送った豪炎寺はデスクから立ち上がり、悩ましげに眉間に皺を寄せて窓の外の、始まったばかりの朝の景色を見る。

俺は何を必死に演じていたのだろう?医師という“役割”の下に、疚しさをひた隠して。

目を閉じれば、ドアに額をくっつけて拗ねたように佇む吹雪の姿が、鮮明に焼きついている。
見上げてくる潤んだ目も、去り際に浮かべた微かな笑みも………そして、手の内にはしなやかな白い手の感触も…………
大切だからこそ遠ざけたはずなのに、手を伸ばせば届く場所にあることの危うさ。

不意討ちに、心の準備もできず、さっきは距離を置きすぎてしまっただろうか…………?
少し淋しげな吹雪の表情を思い出し、胸が甘酸っぱく締めつけられた。
演じるなら“医師”ではなく、せめて“友人”として振る舞うべきだったのかもしれない――――



昼過ぎ。
医務室のドアにまた、控えめなノックが響く。

豪炎寺は吹雪を迎え入れ、二人はさっきと同じ場所に座って、厨房の仕事を終えた手の傷口の処置がはじまる。

「ねぇ…………いつまでここへ来ていいの?」

厨房の仕事をしてなければ、舐めて忘れてしまう程度の軽い傷だ。
どちらにせよ一晩もすれば処置の必要もなくなり、ここへ来る口実が消えてしまう。

「いつでも来ればいいさ」

「でも………用もないのに?」

「休憩時間に友人と話をする位、お前の自由だろう」

「………え……」

和らいでいた吹雪の表情が、戸惑いに曇って「ゆうじん……?」と吐息で繰り返す。

「………………」

翳りを察した豪炎寺も黙る。
医師でも、友人でも駄目なら、どんな顔で接すればいいのだろう、と。


「…………僕の体のこと………」

「……………」

「君は二回イかせたよね」

「っ………」

見上げてくる無垢な瞳とは不似合いな言葉に、目眩すら覚えながら豪炎寺は頷いた。

「まあ………………そうだな」

「あれは………ただの診察?」

…………止せ。
お前の声で掘り返されると、興奮まで生々しくぶり返すじゃないか。
豪炎寺は咳払とともに丸椅子を回転させて、机のある壁を向いた。昂り疼く心身を隠すためだ。

「一度めは……そうだ。二度めは………」

「……………二度めは?」

腕組みして、焦がすような視線を机に落とす豪炎寺の背後に、彼の言葉を繰り返しながらふわりと吹雪の気配が近づく。
理性的な言葉を見つけ出すには、思考が掻き乱されすぎている…………

「…………衝動………だな」

「…………しょう、どう?」
吹雪が驚いた顔で目を輝かす。
「それ…………僕も同じだ」と。

意外な共感に、豪炎寺は椅子を回して向き直る。
そして、頬を赤くした吹雪のとろんと見上げる熱を孕んだ瞳に迎え撃たれて胸がずくんと高鳴る。

「どうしても………君の指じゃないとダメで……」

「っ………お前、他に誰の!?」

つい冷静さを欠いていた。
吹雪の両肩を掴んで、息がかかるほど詰め寄った状態で、豪炎寺はハッと我に返る。

「………ごめ……ん、言葉のあやだよ…………自分でするしかなくて…………でもそれじゃ満足できなくてっ………」

君のこと考えないとイけないし………と、震える声で打ち明ける吹雪の真っ赤な頬。伏せた長い睫毛の隙間には涙が滲んで……………あまりの可愛さに、腕の中に引き寄せた瞬間、

「ドクター、入っていいですか?」

部屋の外から別のノックの音と呼びかける声が聞こえて、二人は慌てて体を離した。


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