揺れる決意は


「鬼灯様、あの、私……」

鬼灯への想いを素直に認めた名前はそれから何度かその言葉を口にしようと努力はしていた。
しかしいざ目の前にすると、どうでもいい話ばかりが口をつき、伝えられない。いつか法廷でやって見せた告白を、いまさらながら勇気ある行動だったのだと認識して黒歴史のように恥ずかしくなってくる。
あのときはあんなに簡単に言えたのに、と心の中でもやもやと過去の自分の恥ずかしさに耐えながら、今回もその言葉は出なかった。

「なんですか。最近それ多いですね。言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」

鬼灯としても、頬を染めながらそういうフリをされると期待してしまうものがある。自分の早とちりでは格好がつかないため、鬼灯は自分から言及することはなかった。しかし、それが何度も続くとイライラしてくるものだ。

「名前さん、私はハッキリしない人が嫌いです」
「えっ……」
「話も見えない、進まない、一体何がしたいのかわかりませんよ」

少々意地悪なことを言ってみれば、名前は視線を下げてオロオロしだす。前にせっかく「大切な友人」と言ってもらえたのに、ここで嫌われては……と名前は自分の手をぎゅっと握り締めた。
これはチャンスではないか。ここでハッキリ言ってしまえば、心のモヤモヤも晴れるだろう。答えが望んでいるものではなくとも、名前は鬼灯に想いを伝えたかった。
視線を合わせた名前に、鬼灯は彼女の本気を感じ取った。やっとか、といつもと違う雰囲気に期待が高まった。

「お祭り一緒に行ってくれませんか……!!」
「……はい?」

しかし名前が口にしたのはそんな言葉だった。好きだとは言えずに咄嗟に出たことがそれだった。
週末にある祭りの誘いは、名前としても何とか言わねばと思っていたことだったが、告白に比べればハードルが低かったようで、自分で驚きながらも口をついた言葉に名前はある意味緊張した。それはそれで心の準備がいる内容だった。
鬼灯は少々残念がりながらも、もうすぐ祭りだったことを思い出す。亡者が現世に帰る日であり、仕事としては認識していたが、祭りという遊びとしてはまったく頭から抜けていた。思えば何度か鬼女に話題にされたなと思い出しながら、目の前で恥ずかしがる名前を見つめた。

「いいですよ」
「え、いいんですか!?」

意外にもあっさりと答えをくれた鬼灯に名前は全身が痺れるような喜びを感じていた。
相手は自分をただの同僚、友人としか思っていなくとも、名前は彼への好意を自覚している。自覚しているからこそ、喜びがいつもより大きい。けれどそこでふと思い出して自制する。彼は自分をそういう対象として見ていないことを。

「言っておきますが」
「わかってます!その日は友人として鬼灯様と楽しみたいんです」

気持ちに素直になってもその距離は遠い。けれど、欲張らなければ彼の近くにいられる。名前は頬を染め楽しそうに笑うが、鬼灯はつまらなさそうな表情でそれを見つめた。
わざわざ釘を刺そうとしたわけではない。当日は仕事でバタバタしゆっくりできないかもしれないということを伝えようとしただけだ。どこまでも物分りよく振舞う彼女に、鬼灯は苛立ちを覚えた。彼女にではない、自分にだ。
いつまでこうして彼女の言葉を待っているのかと、思わず名前に手が伸びた。頭に大きな手が乗せられ、名前はハッと息を飲む。

「……わかっているならよろしい」
「……はい!」

楽しそうに書類を抱えて出て行く後姿を見ながら、鬼灯は深くため息を吐いた。


***


祭りの日に約束を取り付けることのできた名前は、浮かれながらも一つの問題について頭を悩ませていた。もし告白するのならいい機会ではないかと。答えなんてわかってはいるけれど、本気であることを伝えたい。鬼灯の言動に心の奥底でちょっぴり期待していることは頭の隅に追いやって、どう自分の想いを伝えようかと考えていた。
今までで一番近い場所にいるのに、伝えることで遠くなるかもしれない。またそのことかと呆れられるのが一番怖かった。
けれどこのまま何年、何百年と想いを抱えて生きていくことはできない。それならいっそあのときのように大胆に告白でもしてきっぱり断られたほうがマシだ。
頭の中ではわかってはいても、やはりその勇気は振り出せない。
鬼灯から貰った髪飾りをつけ、いつもよりおめかしをして待ち合わせ場所に向かえば、既に鬼灯はそこで待っていた。

「すみません、待たせてしまいましたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。この前は随分と待たせてしまいましたので、仕事の遅い大王を絞めて抜け出してきました」
「そ、そうですか……」

まだ仕事があったのかなと気にする名前に鬼灯は再び大丈夫だと口にする。だいたい閻魔のせいだと辛辣な言葉に、閻魔の泣いている姿を想像する。苦笑する名前は歩き出す鬼灯の半歩後ろを歩いた。

「名前さん」
「は、はい!」
「なぜ後ろを歩いているんですか」
「えっと……」

隣に並べば祭りを楽しんでいる男女そのもので、もしかしたら誰かに誤解されてしまうのではないのかと気を遣ったから。表向きはそんな配慮からだが、本当は隣で歩くのが照れくさくて、自分が誤解してしまいそうになるからだ。
口ごもる名前に痺れを切らした鬼灯は、彼女の隣に並んだ。

「話づらくて仕方ありません。それに何に気を遣っているんですか。あなたは友人とそうやって歩くんですか?」
「いいえ……」
「それならいつも通りにしてなさい」

こうして友人と言うたびに彼女の想いに枷を増やしているのかと感じながら、隣で恥ずかしそうに歩く彼女を見やる。
何を考えているのかよくわからないのは、鬼灯が彼女をそうやって混乱させているからだ。見ていると、名前はなにやら呟くとぱっと顔を上げた。その先にこちらを見ている鬼灯と目が合って、驚いたように視線を彷徨わせた。
一連の動作が面白くて鬼灯はからかいたいのを押さえながら名前の言葉を待った。

「なんですか」
「金魚すくいとか、的当てとか、やりたいことたくさんあるんです。たこ焼きも食べたいし、綿飴やりんご飴も。鬼灯様は何がしたいですか?」

せっかくなら楽しまなければと、とりあえず自分の想いを隅にしまえば、いつもの名前に戻る。すぐ隣にある手を握りたい衝動を抑えながら、名前は屋台を指した。
鬼灯は指された先を眺めながら、彼女の考えを察した。悩んでいることはまずは祭りを楽しんだあとだ。
鬼灯も心の中にある考えを消し去りながら、彼女に答える。

「まずは金魚すくいに行きますか」
「はい!!」

手始めにそれを選んだのは話がしやすいからかもしれない。互いの趣味を語り合えばきっと緊張も解けるだろう。
提灯が並ぶ屋台の通りを、二人はそれぞれの想いを抱えながら進んでいった。


***


お面やくじ引き、たこ焼きに綿飴など、屋台を回りながらひと時の時間を過ごす。風船やお面など、すっかりお祭り一色に染まってしまった鬼灯の姿を見て、恐れられる鬼神もお祭りを全力で楽しむのだと、お茶目な一面に名前はつい頬を緩める。りんご飴をかじって口が赤く染まるのを、どこか色っぽいなと盗み見て、顔を隠すように反対側の屋台に視線を向けた。

「あ、金魚草」

その先でふと目に留まったのは屋台の景品で、そこには一等賞として大きな金魚草のぬいぐるみが置いてあった。立ち止まった名前に鬼灯も足を止めると、顎に手を添え屋台の様子を窺った。

「的当てですか」
「真ん中に近いほどいい商品がもらえるよ!」

屋台の店主が「どうですか!」と声をかける。真ん中を射抜くと一等、外れていくにつれ二等、三等…となる仕組みだ。金魚草のぬいぐるみは一等でど真ん中を射抜く必要がある。

「金魚草は一等かあ……」
「欲しいですか?」
「え、いえ!かわいいなって思っただけで」

ど真ん中当てるのなんて無理です、と景品はちょっぴり気になるが諦めるしかない。かわいいな、なんて眺める名前は名残惜しそうにその場から離れようとするが、鬼灯は金魚草を睨むように見つめて神妙な顔つきをしていた。

「そうですか。でもあれ、もう生産していないプレミアものですよ」
「そうなんですか?」
「挑戦しましょう」

店主から弓矢を受けとると鬼灯は的に狙いを定めた。さすが金魚草愛好家だと名前は隣で息を飲む。弓矢を引き絞るその姿に見惚れながら、澄まされた視線の先を追う。狙うは的の真ん中だ。

「がんばって……」

静かに的を狙う緊張感のある空気に思わず呟いて、店主の方まで固唾を飲んで見守る。鬼灯は一呼吸置くと矢から手を離した。
真っ直ぐに飛んだ先は的のど真ん中だった。

「大当たり〜!おめでとうございます!」

確実に狙い撃った鬼灯に名前はため息しか出ない。さすが鬼灯様、と喜ぶ名前とは対照に、鬼灯はいつもの表情のまま景品を受け取った。

「すごいですね」
「的を亡者の頭だと思うと狙いやすいですよ」
「嫌なアドバイス……」

あなたもどうですかと弓を差し出されるが名前は手を振る。そんなアドバイスをもらって狙いやすくなるのは現場の獄卒だけだ。そうですか、と弓を店主に返すと、鬼灯は商品の金魚草を名前へと手渡した。

「これは名前さんにあげますよ」
「でもこれプレミアものなんじゃ」
「私は同じのを持っていますので」
「え、じゃあ……取ってくれたんですか?」
「ええ。よかったですね、お揃いですよ」

次に行きましょう、と歩き出すのを追いかけながら、名前は金魚草を腕の中で抱き締める。鬼灯が自分のために景品を手に入れてくれたこと、弓矢を構える姿がかっこよかったこと、そして鬼灯とお揃いの物を手に入れたこと、すべてに感動して嬉しくなる。緩む口元を隠しながら名前は鬼灯の隣に並んだ。

「鬼灯様とお揃い」
「そんなに嬉しいですか」
「大切にします」

にやにやとする名前にいつものことかと気にせず、屋台の前を離れる。
そっと懐中時計を覗けば祭りを楽しんでいる時間も少なくなってきている。獄卒は零時に一仕事あるのだ。
それまでに名前のことをどうしようかと、隣で嬉しそうに笑う彼女を見て思わずため息が漏れる。名前がなにやら決心していることに、鬼灯は気がついてた。それが今日でも、次の機会だとしても、自分の身の振り方を考えなければならないところまで来ていた。

「いつまでも先延ばしにしていてはいけませんね」

そう呟くと、どこか手ごろな場所はないかと通りを見渡した。
そんな鬼灯の隣を歩く名前は、ちらちらと鬼灯を覗き見しながら金魚草を抱き締める。ずっとこうして隣を歩けたらどれだけ幸せなことだろうかと、甘い空想に思いを馳せるが、やはりどこか現実的な考えも思い浮かぶ。

「だめだめ、今は楽しいんだから」

落ち込むのはこの後のことだと一人呟くと、俯かせていた顔を上げた。次は甘いものでも食べようかと鬼灯を見上げると、隣にその姿はなかった。

「あれ、鬼灯様……?」

人ごみに流されながら大好きな背中を探す。すると少し先の方でその姿を見つけた。彼から目を離していた隙に流されてしまったようで、追い付こうとしてもなかなか進むことができず、その距離は開いていく。手を伸ばしても届かない虚しさが、今の自分の状況と重なった。

「鬼灯様……」

足が止まりそうになって、誰かがぶつかっていく。よろけるとまた人にぶつかって、迷惑そうな顔をされて睨まれた。

「すみません……」

謝る声も届かず、ぶつかってしまった人は楽しそうに話ながら歩いていった。もう鬼灯の姿は見えず、名前はただただ人の流れに身を任せることしかできなかった。
そんな名前のことにも気づかず、鬼灯は混んできた通りをなんなく歩いていた。ぶつかりそうになるのをさらりとかわし、名前は当然付いてきていると思っている。歩く早さは普通だが、身のこなしが上手いのだ。

「次は甘いものでも食べましょうか」

隣に声をかけ、ようやく名前がいないことに気がつくのだ。

「……名前さん?」

振り返って名前の姿を探すが、人混みに紛れてしまえばその姿を見つけるのは難しい。声をかけてくれれば、手でも掴んでくれれば気がついたのに、と来た道を引き返しながら、それができなかった理由に思い至る。
彼女はいつだってそうだったではないか。肝心なときに押しきれず、引いてしまうのだ。そう仕向けたのは自分だが、どうにもじれったい。
今頃浮かない顔をして下を向いて歩いていると思うと少しだけ胸が痛くなった。
はぐれた辺りまで戻ってくると、人の流れの中に名前を見つけ、そこには今にも転びそうな姿があった。ぶつかった大柄の鬼は気づかず、名前は運悪く足を躓かせたのだ。
バランスを崩した名前は、転ぶと悟ってやるせなくなった。初めの意気込みもすっかり落ち込んでいた。
そんな今にも転びそうな名前に鬼灯は駆け寄った。

「大丈夫ですか」

転んだ先は鬼灯の腕の中。顔を上げた名前は驚きと嬉しさで言葉が出ず、掴んだ腕にしがみつき鬼灯を見つめた。

「鬼灯様……」
「挫きましたか?とりあえず移動しましょう」

不安そうな表情を見て名前に手を貸したまま、人混みを避けるように通りから外れる。
何度も夢見た手繋ぎをしていることに名前の胸が痛くなる。今の流れならば誰にもしているかもしれないが、名前にとってはそれでもよかった。転ぶところを助けてくれて、手を繋いでくれた。それだけで不安も払拭されるのだ。
鬼灯は名前を椅子に座らせると、もう一度大丈夫かと尋ねる。躓いただけだという名前の表情がいつの間にか晴れているのを見て安堵すると、鬼灯は隣に腰を下ろしわざとらしくため息を吐いた。

「迷子にならないでくださいよ」
「すみません」
「あれくらい獄卒ならキビキビ歩きなさい」
「すみません」
「……なに笑ってるんですか」

金魚草のぬいぐるみで顔を隠しているが、口元が緩んでいるのはすぐにわかる。相変わらず一喜一憂が激しいなと感じながら、鬼灯は楽しそうな名前を見やる。そのまま手を伸ばしそうになって、そろそろ限界なのだと思い知る。
一方、名前も心に積もる想いが溢れ、今なら気持ちを伝えられるのではないかと決心する。鬼灯からもらった金魚草からちょっぴり勇気をもらい、隣に座る鬼灯を見上げた。

「名前さん」
「鬼灯様」

二人の声が重なり、視線が交わった。鼓動が速くなるのを感じながら、名前は息を飲み込んだ。

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