何を言われようと


好きだと連呼し、鬼灯に付きまとう名前は一部の女性たちから恨みを買っていた。
睨まれたり陰口を言われることが増え、けれど名前は気にしていなかった。自分が女性たちに恨まれる行動をしていることは名前も自覚はしている。なんたって相手は容姿地位共に優れた鬼なのだ。女性たちが放っておくような人物ではない。
陰から少しずつ接点を作ろうとする者、どうにか見初められようと近づく者はたくさんいて、その中で名前は一人抜けがけるように彼に接近した。法廷や食堂で堂々と好意を伝える大胆な言動に、女性たちはさぞ怒り心頭なことだろう。
最近では鬼灯も名前を邪険には扱わない。金魚草を贈るのに成功したという実績まで作っている彼女は、ますます女性たちの妬みを買っていた。

「ほら、あれ」
「見てて鬱陶しい」

彼女たちの陰口はわざと聞こえるように発せられる。名前は聞こえないフリをしながらいつものように鬼灯に笑いかけた。
好きです、と言えば適当にあしらわれるけれど、名前は嬉しそうに笑う。その笑顔にまた女性たちが愚痴を言うのだ。
悪意ある視線を向けられているのに気づいているのか、能天気そうに笑う名前に鬼灯は少しだけ視線を送った。

「鬼灯様?どうしました?」
「いえ、別に」
「もしかして見とれてました?」
「馬鹿なこと言ってないで仕事してください」

にこりと笑う名前に鬼灯は呆れたようにため息を吐く。名前は素直に頷くと鬼灯に軽く頭を下げ、スキップするような足取りでその場をあとにした。
鬼灯はその後姿を見送ると女性たちがいた方向に少しだけ目配せする。なにやらコソコソと話しながら彼女の悪口を言う姿に、鬼灯はへらへらと笑っている名前を思い浮かべた。

「相変わらず心が強いというか、なんというか」

フラれてもアピールし続ける心の強さは女性たちからの妬みにも発揮されているようだ。
能天気なのかただの阿呆なのか、鬼灯はしばし考えながら仕事に戻るのであった。



鬼灯と別れ仕事に戻る名前は、部署にたどり着く前に鬼女たちに足止めされていた。
ついに直接来たか、と女性の嫉妬深さは理解しているつもりでも、面と向かって対峙すると怖くも感じる。
名前は誰とでも接するような声色で彼女たちに用を尋ねた。そうすれば彼女たちは忌々しそうに名前を睨んだ。

「随分と積極的ね」
「鬼灯様に近づかないでちょうだい。目障りなのよ」

やはりそれかと名前は苦笑するしかない。
一部の女性から無視されることはあっても目に見えたいじめはなかったため、こんなときどうしたらいいのかわからない。
ドラマなどで見る修羅場は嫌だなと想像しながら、名前は持っている書類を握り締めた。名前は名前で自分の行動については引けないのだ。威圧感のある二人に気圧されながらも、名前はゆっくりと口を開いた。

「あなたたちに私の行動をとやかく言われる理由はありません。直接的な迷惑はかけていないはずです」
「迷惑だって言っているのよ」
「そうよ。相手にされてないくせに一人で喜んで、鬼灯様はあんたなんかに興味ないわ」
「だからアピールしてるんです。私は鬼灯様のことが好きなんです。だから何度も好きと伝えて仲良くなろうとしている。あなたたちも鬼灯様が好きなら私に言わないで鬼灯様に言ったらいいと思います」

好きだからアピールをしているだけだと自分の行動を説明する。それで彼女たちに文句を言われる筋合いはなかった。
目障りだと思うのなら、正々堂々鬼灯を振り向かせればいい。名前は怯むことなく彼女たちを見据えた。その生意気な瞳に彼女たちのイライラは募っていく。
一途に諦めずアピールしている名前を羨ましくも思っているのかもしれない。鬼灯に直接想いを伝えられるなら、こうして名前に食って掛かってはいない。ぎり、と奥歯を噛み締めた一人が一歩前に出た。

「あんた見てるとイラつくのよ。かわいくもないくせに鬼灯様にべたべたくっついて……!あんたの馬鹿みたいな行動で鬼灯様が振り向くわけがないでしょう?大人しく鬼灯様の前から消えなさい!」

腕を振り上げた鬼女に名前は驚いたように目を見開いた。
口論があってもまさか手を上げるなど思いもしなかった。興奮した鬼女の目は血走っていて嫉妬が見え隠れする。
ぽかんとしたまま何もできない名前は、鬼女からの平手打ちをもろに食らってしまった。廊下に気持ちのいい音が響き、名前は殴られた頬を押さえながら顔を上げられないでいた。
いくらプラス思考の名前でも殴られて平気ではいられない。じんじんと痛む頬は真っ赤に染まっていった。

「ちょっと、手出すのはやめなさいよ」
「何よ、この女が…!」

もう一人の鬼女は宥めながらも、いい気味だと名前を見下ろす。
名前は唇を噛み締めるとそっと顔を上げた。やり返す気かと興奮気味の鬼女と目を合わせると、その目をじっと見つめた。

「…何も努力しない人に言われたくない」

聞こえるか聞こえないかの声で呟かれたその言葉に、彼女たちの顔がカッと赤くなる。
先ほど手を上げた鬼女は名前の胸倉を掴んで壁に押し付けた。普段は亡者相手に拷問をしているのだろう。その力強さに名前の顔は歪んだ。

「こんなことしているなら、あなたも鬼灯様にアピールすればいいでしょう。私を痛めつけたって鬼灯様は振り向いてくれませんよ。直接好きって伝えて、ぶつかって、その想いを伝えるんです。私は本気で鬼灯様のことが好きなんです」

名前は内心怯みながらなんとか平静を装って言葉を並べる。ここで泣き出してしまったら格好がつかない。鬼灯への想いで彼女たちに負けるわけにはいかなかった。
名前の言葉に鬼女は言葉を詰まらせた。ここで名前をいじめても鬼灯が振り向かないことは彼女もわかっている。けれど正論を言われると余計に腹が立つのだ。それも名前はまっすぐな目で彼を好きだと言ってのける。その強さに嫌がらせなど無駄だと感じる。
鬼女は大きく舌打ちを零すと胸倉から手を離した。

「とにかく目障りなのよ。あなたが消えれば私だって鬼灯様にアピールできる」

そう言って鬼女は大股で去っていく。もう一人もそれを追うようにして行ってしまった。
名前はその後姿を見送るとほっと息を吐き、その場にしゃがみ込んだ。無様なことに腰を抜かしてしまっている。格好悪いな……と天井を仰ぐと全身の力を抜いた。

「怖かった……まさか痛い目に遭うとは……」

文句を言われるくらいかと思っていたため名前にとっては結構ショックだった。掴みかかられた着物の合わせを直しながら、まだ傷む頬をさする。
しばらく動けないなと座り込むと、ぎゅっと手を握りながら顔を俯かせた。
本気で好きと言った言葉は本当のこと。誰よりも彼のことが好きなんだと言いたくてつい口走った。そんな言葉を思い出して照れていると、ふいに名前の体に影が落ちた。

「こんなところで何してるんですか」

首を傾げる鬼灯に名前は咄嗟に持っていた書類で顔を隠した。今のことを言うわけにもいかず、何でもないと答える。
鬼灯は訝しげに名前の表情を覗き込むが、彼女は頑として顔を隠そうとする。あまりにも頑ななため、気になった鬼灯は名前の書類を強引に奪い取った。名前は「あ」と声を上げ鬼灯と目を合わせた。

「…どうしたんですか、それ」

まだ引いていない頬の赤み。殴られた痕がまだくっきりと残っていた。名前は自分の手で隠しながら苦笑した。

「ちょっと」
「ちょっとって、殴られたんでしょう?何が……」

そこで先ほど女性たちに恨みを買われていたことを思い出す。名前は開き直ったように笑った。

「怖いですよねえ。文句を言われたので、つい言い返してしまいました。私は鬼灯様が大好きなんですー!って」
「火に油注いでますよ」

馬鹿ですか、と鬼灯はしゃがみこみながら名前と視線を合わせる。
名前は照れたように笑うと頬をさすった。鬼灯は呆れたように呟く。

「恨みを買うとわかっていてどうして私に付きまとうんですか。もっと賢いやり方があるでしょう」

人目を気にせず振舞っていては恨みを買ってしまう。大胆な行動をするからこそ余計に目に付くのだ。
意中の人に媚を売っている女がいれば諍いが起きるのは当然。それくらい名前が考えつかないとは思えない。
じっと見据えられ名前は視線を彷徨わせると鬼灯を見つめ返した。

「私はただ、鬼灯様のことが好きだから、彼女たちが何と言おうと正直に好きと伝えているだけです」
「それが届かなくても?」
「こうして聞いてくれるうちは何度でも」

言って恥ずかしくなったのか、名前は再び顔を俯かせた。
相変わらずの振る舞いに鬼灯は息を吐きながら頭を掻く。殴られるような目に遭ってもまだそれを続けようとしているのだから名前は筋金入りだ。

「……あなたのように好きな人に好きと正直に伝えられるなら、誰も苦労はしないんですよ」

鬼灯はいつもより声を低くして呟いた。
誰もが名前のようにはなれない。だからこそ積極的に動く彼女に嫉妬などの感情を抱いてしまう。
そのうち身を滅ぼすぞと言っても、名前は顧みずに鬼灯にアピールし続けるだろう。誰かに恨みを買ってでも貫き通すという意志は評価に値するが、どうも不器用だ。

「これに懲りたら考えることですね」

何を言っても無駄か、と鬼灯は奪った書類を返しながら腰を上げる。
そのまま立ち去ろうとする鬼灯に名前は慌てて声を上げた。

「あの、腰が抜けちゃって立てないんですけど……」
「しばらくそこで頭を冷やしてなさい」
「そんな…!鬼灯様、待って!」

咄嗟に手を伸ばすがそれは掴めず、名前はなんとか鬼灯に食らいつこうと体を伸ばした。そうすれば足に力が入り自然と立ち上がることができ、歩いている鬼灯の元へと駆け出すことができた。
腰が抜けたと言った名前が隣に追いついてきたことに鬼灯は眉を顰めた。

「立てちゃいました。これも鬼灯様への想いの証拠ですね」
「また殴られますよ」

呆れたような返事をする鬼灯に名前はいつものように楽しげに笑う。
再び「好きです」と伝えてくる彼女に、鬼灯は疲れたようにため息を吐いた。

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