* 白澤


仕事を終えたプライベートの時間。自然に手を繋ぐ鬼灯に名前はふと思いを巡らせた。
自分の手は他の女性たちとは違って職人の手なのだ。女性としてお手入れは欠かせないが、どうしてもその差は出てしまう。
繋がれた手を振りほどいて掲げた彼女に鬼灯は首を傾げる。

「可愛くない手だなぁって」
「そうですか?私はこの手、好きですよ」

そう言って握り締められ、この鬼補佐官は…と無表情な横顔に唇を尖らせるのである。


* 白澤


その手を握りながら甘い言葉を繰り出す客に、名前の顔も営業スマイルではいられない。
離してくださいと強引に振り払えば、客は肩を竦めるだけで落ち込みはしない。
鬼補佐官様に似た人が来たなと考えていた名前は、今の行動に前言撤回だ。ただの女たらしである。
それでも客なのだから接客をしなければならない。

「それで…お探し物は?」
「ああ、そうそう。鎌なんて作ってないかな。雑草を刈るのに使う鎌」

ジェスチャーを交えながら欲しいものを伝える白澤は、最近雇った従業員にプレゼントするらしい。
こんな切れ味悪いのじゃ効率が悪い!と文句を言われたからではない。あくまで日ごろの感謝を込めた贈物である。
そこで評判のいい名前の店にやってきたわけだ。
名前は「それなら」と言いサンプルを持ってきた。

「こんなのはいかがでしょう。使い勝手はもちろん、手入れのよさも売りなんです」
「へぇ、確かに扱いやすいかも」

手に取りながら確認し、名前に預ける。白澤はニコリと笑うとそれを注文した。
手を握ってきた変な客だが、注文してくれてよかった。名前は苦笑しながら注文書に書き加えた。
在庫がないため出来上がりの日にちを伝え、連絡先などを聞く。白澤は店の番号を伝えると、今度は携帯を取り出した。

「あ、連絡先はひとつで…」
「いや、これは個人的な交換だよ。名前ちゃん…だったよね。今日空いてたらご飯でも食べに行かない?」
「すみませんがそういうのはちょっと」
「えー、ご飯食べるだけだよ。本当はキミを食べちゃいたいけど」

また手を握り、今度は誘うように名前の頬を包む。その優しい手つきに少々物足りなさを感じるのは、あのゴツゴツとした大きな手に慣れているからだろうか。
顔を上げさせられ優しい瞳に見つめられる。名前はぺちっとその手を振り払った。

「やめてください。口説くなら別の方にどうぞ」
「ありゃりゃ、気が強い女の子だね。さすが鍛冶師ってところかな?」
「そうですよ。変なことをすると私の作った得物が唸ります」
「怖い怖い」

両手を挙げて降参する白澤に、名前もほっと息を吐く。どうやら女たらしだが弁えることは知っているらしい。
もし強引に迫ってきたとしても、言ったように得物が唸るだけだ。なんたって彼女は亡者にも億さない鍛冶師なのだから。
ニコリと営業スマイルを浮かべれば、白澤もニコニコと笑う。早く出て行ってほしいものだが、客にそんなことは言えない。
白澤は懲りずに名前の手を取った。

「名前ちゃんの手綺麗だね。もっと職人の手をしてるかと思ったら、柔らかくてびっくり」
「だから私のことを口説かないでください」
「いや、本当にそう思ったからさ。僕、この手好きだな」

ぎゅ、と握られ名前は手を離した。それは最近鬼灯に言われたばかりの言葉。なんとなく思い出して恥ずかしくなる。
その手を胸の傍に持っていき握られないようにする。突然照れたように視線を彷徨わせた彼女に、白澤は気を良くした。

「手、褒められたの嬉しかった?」
「違います!勘違いしないでください」
「そう?照れなくてもいいんだよ?」
「だ、だから……」

近づいてくる白澤に名前は抗議しようと口を開く。しかしその前に店のドアが勢いよく開いた。
ドアベルが大きな音を立て、禍々しい黒い塊が白澤の首根っこを掴んだ。

「名前さんから離れなさい」
「ちょ、苦しい!離せって、うぐ……」
「ほ、鬼灯様、死んじゃいます!」

突然のことにジタバタとしていた白澤が急に静かになる。苦しそうに顔を青くしているのを見て名前は鬼灯を止めさせた。
入ってくるなり投げ飛ばさなかったのは、名前の大事な商品たちに被害が及ばないよう配慮からだ。
鬼灯は白澤を落とすと名前の手を握り締めた。

「大丈夫ですか?まさかコイツがこの店に来るとは…」
「その口ぶりはお知り合いですか?」
「まあ、ちょっとした顔見知りです」
「なんなんだよもう…死ぬかと思った…」

意外にも早く起き上がった白澤に感心しながら、名前は二人を交互に見比べた。
睨み合っているあたり、ただの顔見知りではないのだと感じる。
名前は鬼灯の後ろに隠れて見せた。そうすれば、名前と鬼灯がどういう関係かは想像がつく。
白澤は心底嫌そうな顔をして名前を見つめた。

「もしかして…そういう関係じゃないよね?」
「そういう関係です。人の女に手を出さないでください」

答えるのは鬼灯だ。白澤はうな垂れながら盛大なため息を吐いた。
せっかく見つけた可愛い女の子が鬼灯のものなど最悪だ。

「名前さん、こいつは女性なら誰でもいい最低な奴です。なに手握られたくらいで動揺してるんですか」
「そ、それは…」
「嬉しかったんだよね」
「お前は黙ってろ」

顔面へ拳がめり込む。飛んでいかなかったのはやはり店への配慮だ。
う、とまたしても動揺する名前に、鬼灯は顔を顰めた。まさか本当に白澤の言葉に照れていたのかもしれない、と。
その表情が怖くなったのを見て、名前は慌てて言い繕った。

「この方に照れていたわけじゃなくて、その…」
「言えないようなことなんですか?」
「言えないとかじゃなくて…」

口ごもる彼女にまたしても不安が過ぎる。白澤は若干得意気に胸を張った。

「お前普段優しくしてないんだろ」
「してますよ。というか、お前には関係ないだろ」
「だってほら、僕がちょっと手を握って褒めただけで動揺してるんだぞ。名前ちゃん、こんな怖い朴念仁より僕の方がドキドキしたよね?」
「名前さんに近づかないでください、汚らわしい」
「なんだよ、僕は彼女を尊重してるんだよ」
「名前さんがお前なんかに心を許すはずないですから」

わあわあと言い合いを始める二人に名前は慌てて声を上げる。
まさか鬼灯に手を褒められたことを思い出したなど、言えるはずがない。しかしこのままでは誤解され悪い方向に行きかねない。
少しだけ顔を赤くする名前に二人は視線を集めた。

「ほ、鬼灯様に言われたことを思い出して恥ずかしくなっただけです!頭の中に鬼灯様が出てくるから悪いんです!鬼灯様のせいです!」
「はい?私何か言いましたっけ」
「だ、だから…鬼灯様も私の手を握って「好き」って言ってくれたじゃないですか……あれです」
「ああ」
「なんだよその甘ったるいエピソードは!」

僕は関係ないの!?と鬼灯の背中に隠れてしまった名前に、白澤は完全に撃沈した。
からかわれないよう背中に引っ付いたままの名前と、なんだか満足そうな鬼灯に食って掛かる気も失せる。
完全に二人の世界を作られれば、白澤だって手は出せない。

「あーもう。お前が関わってるとは思わなかったよ。まったく…」
「今後名前さんに変なことをしたらただじゃ済みませんからね。まあ、この鍛冶屋を選んだのだけは褒めてやろう」
「お前に褒められても嬉しくないんだよ。名前ちゃん、頼んだのできたらまた来るからね」
「あ、はい。お待ちしております」

鬼灯の背中からこそりと顔を出す。白澤は手を振るとドアベルを鳴らして店を出た。
従業員のために来たとはいえ、まさかこんな事態になるとは思わなかっただろう。
あの鬼さえいなければ…と名前のことは諦めるしかない。

邪魔な色魔が出て行ったのを確認して、鬼灯は名前の顔を見た。
照れているというか、膨れているというか、なんとも微妙な顔をしている彼女の頭をぽんと撫でた。

「アイツには注意してくださいよ。いえ、あなたに寄ってくる男共は私が排除しますから」
「自分で出来ますよ…今回は鬼灯様が悪いんです」
「はいはい。まさかそんなことで照れるとは」
「さらっとああいうこと言うからです!私だって女の子なんですよ。照れます!」

ふん、と拗ねてしまった名前に言葉だけの謝罪を並べれば彼女を抱きしめる。
慌てる姿も愛らしい。これだからこうして会いに来てしまう。
抱きしめられれば名前も腕を回した。

「で、鬼灯様は何しに来たんですか?」
「この時間に来るといえば、注文しかないでしょう?」
「……納期は」
「いつも通りです」

ぴしゃりと言い渡され、名前は鬼灯の胸板に頭突きをした。

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