* 夢中


携帯電話を握り締めて一時間。「鬼灯様」と書かれたディスプレイを見つめながら通話ボタンを押そうとしては手を離す。
こんなこと忙しい鬼灯に頼むのは気が引けると思いながらも、何かあったらいつでも言ってくれと言っていた彼に甘えたい気もする。
名前はようやく決心して通話ボタンを押した。
短いコールに聞きなれた低い声が返事する。名前は一呼吸置いて口を開いた。

「デートしませんか?」

意を決した言葉に鬼灯は考える素振りも見せずに返事した。


* 夢中


デートに誘われた鬼灯は、それから機嫌のいい名前にここ一ヶ月のことを思い出す。
鬼灯の仕事は忙しく夜遅くまで残業していることが多い。休みもないようなもので、ゆっくり会うことができるといえばせいぜい食事のときか、注文や納品のとき。
互いに部屋を行き来しているとは言っても、名前も注文に追われなかなか二人きりで過ごすことは少ない。
何よりも互いに仕事熱心であることが二人の時間を減らしていた。

だからこそ久しぶりの二人の時間に名前は楽しみにしているのかもしれない。
楽しそうな彼女に鬼灯も自然と心が和んだ。
いつもの納期で注文しても名前は嫌な顔ひとつしなかった。

「明日ですね、鬼灯様。仕事はちゃんと休めますか?」
「大丈夫ですよ。もし何かあっても名前さんを優先しますので」
「頼もしいですね。明日は絶対鬼灯様と出かけるんです。行くところは決めてあるので付き合ってくださいね!」
「ええ。どこへでも」

頬を緩め手元では刀の手入れをしている。仕事しながら話すのはいつものこと。
鬼灯は書類を懐にしまいながら椅子から立ち上がった。名前も気がついて手を止める。

「では私はこれで。それ頼みました」
「はい。いつものように最高の品をお届けいたします!」

ニコニコと手を振る名前に背を向けて店を後にすれば、デートを楽しみにしている彼女に鬼灯も少しだけ口元を緩めた。


***


そして当日、名前は鬼灯を連れてイベント会場に来ていた。
入り口の看板を見ながら名前に手を引かれ会場へと入る。
お祭り的なイベントなのか屋台も出ていて、しかしメインとなるものはなにやら物騒だ。
目に入る武器の数々。鬼灯は名前の手を引いて足を止めさせた。

「デートですかこれ」
「デートですよ!あ、あっち行きましょう!」

目を輝かせる名前は展示されている武器の元へと駆け寄る勢いで鬼灯の手を引く。

名前たちがやってきたのは、拷問道具や武器を扱う展示会だった。
鍛冶師が丹精こめて作った武器がずらりと並び、販売も行っているため客入りもなかなかのもの。実演販売は盛況だ。

あんなに楽しみにしていた理由がこれかと、鬼灯は名前に手を引かれるまま足を進めた。
鬼灯としてはもう少し甘いデートを期待していたのだが、やはり彼女はただの仕事馬鹿のようだ。
金棒や刀などを熱心に見つめる名前に、鬼灯は少しだけ肩を落とした。

「この微妙なトゲ具合が……こっちはこの刃の形が……」

ふむふむと頷く名前に気をよくした鍛冶師が説明しだす。
そうすればマニア同士の会話が始まってしまい鬼灯はただ聞いていることしかできない。
最初は興味深そうに聞いていた鬼灯もだんだんと飽きてくるくらいヒートアップしている。
繋いでいた手はいつの間にか離されていて、鬼灯は会場をぐるりと見回した。

見覚えのある獄卒もちらほら見えたりして、確かにこのイベントには興味がある。
使えそうな武器を探すのには持って来いで、実際に使ってみることができるのもポイントが高い。
普段なら鬼灯も純粋に楽しんでいた類のイベントなのだが、いかんせん彼女がこうも仕事ばかりとなると、わずかに期待していた分落差に気持ちが追いつかない。

「…まあ、人のこと言えないですが」

普段自分もそうなんだろうなと省みる鬼灯は、まだなにやら話し込んでいる名前を置いて人ごみの中に紛れた。

鬼灯がいなくなったことにも気づかず武器談義に花を咲かせる名前は、刀を手に取りながらにまにまと頬を緩めていた。
こんなにいい武器がたくさん揃うことはそうそうない。誰が企画したのかは知らないが、こういうイベントは初めてだった。
定期的に開かれる展示会はただ展示しているだけで、こうして手に取ることはできない。
刃に焼き込まれている刃文について聞こうと口を開いた名前に、鍛冶師が気がついたように首を捻った。

「あれ、隣にいたお兄さんいないけどいいのかい?」
「え?」

きょとんとした様子で振り向けば、一緒にいたはずの鬼灯が見当たらない。
名前は冷めていく思考に「やってしまった」と頭を抱えた。
ついヒートアップして話し込みすぎた。デートと称して誘ったのに彼そっちのけでは鬼灯も面白くないだろう。

「名前さん、うちの武器に興味持ってくれるのはいいけど、彼氏放ってたら愛想尽かされますよ。俺のダチなんてそれで彼女と……」

暢気に話す鍛冶師に名前は持っていた刀を返した。
武器作りに熱中しすぎて彼女と別れた話など、聞いていて他人事ではない。
鬼灯も十分仕事馬鹿といえるため、これくらいで愛想を尽かされるとは思えないが、繰り返していればいつかそうなってしまう。
ここに来たかったがためにデートと言ったのを後悔しながら、名前は鍛冶師に会釈すると鬼灯の姿を探した。

その頃鬼灯は展示されている武器を眺めながら屋台に並んでいた。
あんなに話していれば喉も渇くだろうと飲み物を購入する。
はてさて自分はどこから来たのかと人ごみに流されていれば、ふとひとつのブースが目に入った。
やけに人が多いそこは女性たちもいて、先ほどイケメン鍛冶師ともてはやされているのがいたのを思い出してなんとなく察した。
そこもそういう類なんだろうなと流し見ていれば、展示されているものに自然と目が止まった。

「あれは……」

作った鍛冶師は不在のようだが誰が作ったのかはなんとなくわかる。
初期の設計図と一緒に展示されているのはいつか彼女が作った金棒。
他にも上等な武器が並べられており、中には変わったものが展示されていた。
ゲームに出てくるような大鎌や大剣。力の有り余る屈強な鬼たちなら扱えそうだと見ていれば、それらを見ていた鬼たちの話し声が聞こえた。

「さすが名前さんだよな。面白武器作ってるけど、これちゃんと重量とか抑えてあるし使えないことなさそうだ。俺も一回こういうの作ったけど、重量がなぁ」
「それよりも俺はこの刀だな。見てるだけで惚れそうだ。これ売ってくれないかな」
「非売品だろ?売ったら喉から手が出るほど欲しい奴たくさんいるぞ」

彼らも鍛冶師なのか、獄卒でもやってそうなくらい逞しい腕は、武器を作る職人そのもの。
その中で一目置かれている名前は何者なのかと改めて感じながら、彼女の作った武器が評価されていると鬼灯としても嬉しい気分だ。

さすが名を知られている鍛冶師。武器に興味を持ち一途な姿に、仕事馬鹿と烙印を押すのが躊躇われる。
これが彼女の仕事で彼女の生きがい。一度追い込まれたにも関わらず続けている彼女に賞賛さえ送りたくなる。
自分を放っておいて話し込む彼女を置いて来たのが少しだけ浅はかだったと思いながら、鬼灯は名前のいる方向へ歩き出す。そこで彼女を見つけた。

「いた…!ごめんなさい鬼灯様。夢中になってしまって…」

怒ってるよな、と体を小さくする名前に鬼灯は持っていたジュースを渡した。
ずっと持っていたせいか氷が溶け出しているそれを受け取りながら名前は鬼灯の顔色を窺った。

「喉が渇いたので飲み物を買いに行っていただけです」
「そうだったんですか?でも…放置してごめんなさい」
「そうですね。無機物に嫉妬しそうになったのは初めてです」

ずず、とストローをくわえる鬼灯は名前の申し訳なさそうな姿にため息を吐く。
最初からここに来たいと言えばいいものを、デートなどと言うから期待した。
どうせ馬鹿にされるだろうと思っていたのだろうが、武器が心から大好きな彼女にそんなことは言わない。からかいはするが、彼女のその情熱は理解している。
名前の頭の上に強めに手を置けば、鬼灯は彼女のブースを見た。

「あなたも展示していたんですね。行かなくていいんですか?」
「いいんです。大好きなものを大好きな人と見て回れるだけで楽しいので。あそこに行くと武器談義はできますけど、鬼灯様といられなくなっちゃうので」

視線を落としながら頬を染める名前に鬼灯は目を細めた。
武器が好きだという表情とはまた違った可愛らしい笑顔。
恥ずかしくなったのか誤魔化すように武器の話をしだすのを、彼女の唇に手を当てて止めた。名前は驚いたように目を丸くした。

「まったく、わがままですね。付き合ってあげますから存分に楽しみなさい」
「は、はい!」

仕事ばかりの自分を理解してくれる彼に名前は目いっぱいの笑顔を向けた。
その顔に鬼灯の表情が怖くなった気がしたが、名前は気にせず鬼灯の手を握る。
貰ったジュースを飲めば少しだけ薄まっていて、けれど体の熱さが和らいだ気がした。


***


「鬼灯様に見てもらいたかったのがこれです」

名前の展示スペースに飾られている拷問器具。
鉄でできた金魚草の口にはたくさんの刃がつけられていた。

「これで亡者の首を噛み千切るわけです。あ、別に首じゃなくて腕とか足とか、何でも大丈夫です」
「この今にも泣き出しそうな感じがいいです!残虐さもあり威力は抜群。ぜひ数個導入したいですね……」
「是非作らせてください!」

結局仕事の話になる二人はデートを存分に楽しんだのであった。

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