15 爾後


届いた荷物からさっそく中身を取り出せば、空けておいたスペースに設置する。
ずっと古かったテレビを最新型に替えたのだ。今やテレビは薄型の時代。
未だにブラウン管なんですか、と驚かれたのはいつだったか。

「やっとうちにもブルーレイ内蔵型が来た!」

さっそく画面を映しながらその綺麗さに感動する。
ようやく鍛冶以外のことにも手を回せるようになった、三丁目の鍛冶屋さんである。


15 爾後


注文の品を受け取りに来た客に頭を下げながらその姿を見送る。
拷問器具以外の道具も名前の店の主力商品。特に地獄の料亭やレストランから包丁の注文を受けることが多い。ちなみにあの大衆食堂もここの包丁を使っている。
贈り物としてそれらを買いに来る客もいて、名前の店はようやく前と同じように営業し始めていた。

「ふあ…納品は午後でいいかな……」

いつもの納期かつかつの注文のおかげで名前は寝不足だ。
欠伸を零しながら店へ戻ると目を覚ますように両頬をぴしゃりと叩いた。

「さて、今日は何を作ろうかな」

眠気よりも製作欲。着物の袖を襷でまくりながら設計資料をパラパラとめくる。
在庫を増やすのもいいけれど、新しいものを作るのもいいかもしれない。
いつか作った大鎌を思い出して、実用性に欠けるがそういう武器も楽しいなと思い浮かべる。
工房へ入った名前は準備に取り掛かる。ここに篭ればしばらくは出てこないだろう。
外で警報音が鳴っているとも知らずにその扉を閉めた。



その頃等活地獄内では獄卒が慌しく駆け回っていた。
どうやら新人獄卒が持ち込んだワンセグから亡者が逃げ出したらしい。
駆けつけた鬼灯によりその獄卒はお叱りを受け、逃げた亡者を捕らえるべく策が練られていた。

「貞子ですか…ワンセグから逃げるって相当ガッツありますよね」
「言ってる場合ですか!どうするんですか鬼灯様!」

慌てる獄卒をよそに鬼灯は顎に手を置きながら思案する。
今は一刻も早く亡者を捕らえなければならない。
走り回っている獄卒の情報によると、獄門を封鎖したが亡者はその外に逃げてしまい、等活の居住区にまで逃げ込んだらしい。
そのまま逃走を続ければ厄介なことは目に見えている。
貞子はテレビさえあれば逃げるのだ。そこで鬼灯は思いついたように顔を上げた。

「今すぐこの近隣のテレビ画面をお札で封印しなさい!」

声を上げた鬼灯に獄卒たちは首を傾げるが、「早く!」という言葉にそれぞれ散って行った。
お札を用意して等活のテレビ画面にお札を貼り付ける。住民は何事かと驚いていたが、緊急事態のため協力的だ。
鬼灯もお札を貼って歩きながら、ある店に行こうとした獄卒を止めた。

「その店はいいです」
「え、でも…」
「他のところを確認してきてください。そろそろ貼り終わった頃でしょう」

はい、と頷きながら獄卒は駆けていく。鬼灯はその鍛冶屋を眺めながら獄卒たちの報告を聞いていた。


***


やけに外がうるさいなと工房から出てきた名前は、鍛錬に使っていた大槌を片手に店の外を眺めた。
獄卒が走り回っているなぁと暢気に伸びをすれば、部屋の奥から物音がする。
一度空き巣の被害に遭っている名前はすぐさま部屋へ駆け込んだ。
部屋にはつい最近買ったばかりのテレビがあるのだ。それが盗まれるのは惜しい。
勢いよく中に入った名前が見たものは、テレビから出てくる亡者だった。

「何コレ凄い画素数…」

そう呟きながら画面から這い出してくる。
「うわ」と戸惑う名前に気がついた亡者は襲い掛かるように飛びつき、名前はその頭を大槌で殴った。
鈍い音が響き亡者が床に転がり落ちる。名前はそれをしゃがみ込みながら観察した。

「テレビから髪の長い女が……まさか貞子!?リアル貞子!素顔はどうなってるんだろう…」

髪の毛を掻き分けながら前か後ろかわからない顔を探していれば、店に来客を知らせる音が聞こえた。
手が離せないんだけど、と顔を上げた名前の耳に入ってくるのは聞きなれた鬼補佐官の声。

「名前さん、無事ですか?」

心配するような言葉だが、彼の声にその感情など一切乗っていない。
一瞬にして鬼灯の仕業だと理解した名前は、亡者の首根っこを掴みながら店内に出た。
店内には整然と佇む鬼灯と、武器を構えた獄卒たちがいた。

「鬼灯さん何したんですか!というかコレ貞子ですよ貞子!本当にテレビから出てくるんですね!」
「やはりここに出ましたね。最近最新型を買ったと聞いていたので」

はい、と引き渡しながらとても楽しそうな会話をする二人に、獄卒たちはどよめいた。
ここにわざと逃がしたこと、一般人が悪霊を倒したこと。有名な貞子にテンションが上がる名前の手に握られている血のついた大槌。
一部の獄卒は納得しているが、最近入った獄卒は知らない者も多いだろう。
亡者を引き渡しながら仕事に戻る獄卒の中で、亡者を逃がした茄子が恐る恐る尋ねた。

「あの…この人は?」
「ああ、知らない人もいるんですね。確かに結構前のことですし」

首を傾げる茄子と興味ありげな獄卒たち。
名前も「あぁ…」と苦笑しながら大槌を背中に隠した。

「彼女は鍛冶師の名前さんです。日用品から拷問器具まで、様々なものを作ってます」
「名前…さん……!?」

茄子の隣で唐瓜が驚いたように声を上げる。どうやら名前は聞いたことがあるらしい。
え?と首を傾げる茄子に唐瓜は興奮気味に説明する。獄卒たちも「あの名前さんか…」となにやら有名人だ。

「ほら、あの等活地獄の混乱を金棒一本で収めた鍛冶師!」
「あれ、亡者で実演販売してたんじゃなかったっけ」
「違う違う、大鎌振り回して亡者を殲滅させたんだよ」
「え、地獄の業火で焼き尽くしたって聞いたけど」

それぞれ知っている話を上げる獄卒たちの情報はどうやら色んなものが混ざっている。
確かに金棒も使った。実演販売もした。大鎌も作ったし、業火に焼き尽くされたのは商品だ。
混ざりに混ざってすごい伝説のように語られているそれに、名前は呆れるように笑った。
間違って語り継がれている話に、鬼灯は「すごい鍛冶師もいたものですね」と冷静に頷く。そこは訂正してほしいものだ。

「まぁとにかく、そこらの獄卒より使える敏腕鍛冶師ですよ。あなたたちも精進してください。亡者を逃がすなど言語道断ですよ」

荒くまとめた鬼灯は「仕事に戻りなさい」としっしと手を振って店から追い出す。
獄卒たちは有名鍛冶師に会えて嬉しいことだろう。

やがて静かになった店内で名前はため息を吐いた。

「もう…何ですかあれ。というか鬼灯さんも人のうちに亡者寄越さないでください」
「すみません。咄嗟に思いついたのがそれでして。他の住民の被害を考えると、ここが一番安全ですし」
「私が安全じゃないですよ」
「確かにそうですね」

唇を尖らせる名前に近づけば頭に手を伸ばす。ぽんぽんと撫でれば名前はくすぐったそうに首を竦めた。

「無事でなによりです。仕事の邪魔してすみませんでした」
「…は、はい」

ぎゅ、と抱きしめればさっきまでの威勢もなくなり名前は顔を染める。
突然こういうことをするから侮れない。名前も同じように腕を回せば密着する。
普段互いに忙しいためゆっくり会うことはあまりない。今も仕事中だが、少しくらいいいだろうとほっとする名前に、鬼灯の声が響いた。

「いらっしゃいませ、今取り込み中なのであとで来てください」

店にやってきたお客様。名前は咄嗟に鬼灯から離れると慌てて営業スマイルを浮かべた。
しかし恥ずかしすぎる状況にその笑顔は引きつり、顔は真っ赤に染まっている。
客は気まずそうに店から去っていった。

「な、何するんですか!せっかく来てくれたお客さん…」
「せっかく良い雰囲気だったのに邪魔されたくはないでしょう?」
「そうですけど…仕事中ですし、仕方ないじゃないですか」

鬼灯の着物を引っ張りながら小さく反論する。仕事という言葉に鬼灯も「そうだった」と思い出し店の時計を見る。
あまり油を売っていては仕事が溜まる一方だ。
帰ろうとする鬼灯に気がつき、名前は名残惜しそうに手を離した。鬼灯はそんな名前の手を握りなおす。

「今日納品に来るんでしょう?夕食に合わせて来て下さい。今日のお礼をしますから」
「…はい!」

いつものように食事に誘えば、嬉しそうな声が店内に響き渡った。

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