14 安穏


彼のピンチを救った小刀。お守りになったんだなと改めて顔を綻ばせる彼女は懐から同じものを取り出した。
お揃いにした漆黒の柄に金色のホオズキ。刀身は最高傑作には劣るが自信作だ。
自分もこれに救われたことがあるなと、絶望していた頃を思い出す。同じものを持っているというだけで、こんなにも心強い。

「それ、お揃いですか?」

音も立てずに入ってきた鬼補佐官に、彼女の心臓は二つの意味で跳ね上がった。


14 安穏


隠していたはずのお揃いの小刀が見つかり、名前はふて腐れたように工房から出てこない。
ドアを開けてください、と頼んでも彼女が出てくることはなかった。

いつものようにドアベルを鳴らさず入ってきた鬼灯は、名前の持っている見覚えのある小刀に自分のものかと懐を探った。
しかし自分のはある。名前が嬉しそうにそれを見つめているのを見て、お揃いなのだと感じ取る。
来店に気がつかない名前に声をかけたところで、彼女は一目散に工房へと逃げ出した。
鬼灯は扉の前でどうしようかと立ち尽くしているところだ。

「名前さん、こっそり入ったのは謝ります。ですから出てきてください」
「別にそれはいつものことなのでいいです。せめて声をかけてください。びっくりするじゃないですか!」

扉の奥から聞こえる名前の声。どうやら怒っているわけではないらしい。
やがてカタカタと音が聞こえて扉が開いた。唇を尖らせたような彼女の表情はどことなく照れているような気がする。
鬼灯はまた逃げてしまわないよう、余計なことを言わずに名前が話すのを待った。
しかし名前も鬼灯が話すを待っている。痺れを切らした名前が先に口を開いた。

「……何か言ってくださいよ。何の用ですか」
「…注文に」
「そうですか」

書類を見せればぶっきらぼうに受け取り、文句も言わずにサインしていく。
これは怒っているのだろう。少し乱暴に注文書のファイルを閉じながら、名前は鬼灯と対峙した。
その睨むような鋭い視線に思わず見とれてしまったのは、様になっていて美しいと思ったから。
そんなことを言えば今度は出てこないな、と鬼灯は黙る。
やがて名前はふい、と顔を逸らしてしまった。

「……お揃いです。笑えばいいじゃないですか」

そしてそう呟いた。それはさっきの小刀に対する質問で、彼女はそれを気にしていたらしい。
ようやく名前の機嫌の理由がわかった鬼灯は安堵する。名前はちらりと鬼灯を見上げた。

「どうして笑うんですか。嬉しいですよ、同じものを持っていて」
「だ、だって勝手に同じにして喜んで…変な人みたいじゃないですか!」
「あなたは元々変ですよ」
「…すごく恥ずかしいんです。機密事項を漏洩した気分です」
「大げさですね」

お揃いくらいなんですか、と名前から小刀を奪い取る。それは確かに鬼灯が持っているものとデザインが一緒だった。
柄にあしらわれているホオズキに、自分を想って持っていたと思うと嬉しいことだ。何を恥ずかしがることがあるのかと鬼灯は首を傾げるばかり。
手のひらに返せば名前は大事そうにそれを握り締めた。そして白状するように言う。

「これ、鬼灯様に作った小刀の前に作ったものなんです」
「一号、ということですか」
「…はい。作っているうちに鬼灯様に渡せるものじゃないって気がついて…でももったいないので自分用に」

渡せるものじゃないとはどういう意味か。さっぱりわからない鬼灯は名前の説明を待つ。
彼からのじっと見つめられる視線が、最初の頃の鋭いものではなく気恥ずかしい。名前は一人照れながら続けた。

「道具には思いを込めるんです。そうすればそれに応えるように道具が反応してくれる。よりよいものが出来るんです」
「回りくどいですよ。そのまま講義でも始めるつもりですか?」
「だって…今度こそ笑われそうですし…」
「いいから言ってみなさい」

最早鬼灯はイライラしている。いつもはストレートな物言いをするくせに、もじもじと言葉を選んでいる。
「スパッと言いなさい」と語気を強めれば、名前も諦めたのか顔を上げた。

「ですから、そのときから鬼灯様のことが好きだったんです!作ってるときにそうだって気がついて、一から想いを込めたんです!」

勢いよく言ったのは照れ隠しだろう。鬼灯はその答えに少しだけ驚いて見せた。
静まり返る店内に金魚草がおぎゃあと鳴く。名前はまた隠れるように工房へと逃げ出し、鬼灯はそれを捕まえる。
諦めた名前はもう一度向き合うと、鬼灯が取り出した小刀を見つめた。

「これにはそんな想いが込められていたのですね。どうりであのとき、ぬくもりを感じたわけだ」
「ぬくもり?」
「ええ。名前さんの思いが込められているんだなと。それが恋心であればいいなと願ったものです。私も随分前から、名前さんのことが好きでしたから」

さらりと告げられたあのときの想い。同じ気持ちだったのだと思うと照れくさい。
名前は鬼灯を小突きながら彼の胸に頭をつける。それを包み込むようにして抱きしめれば名前は小さく笑った。

「なんだか不思議ですね。渡したときはこんな風になるなんて想像もつかなかったのに」
「確かにそうですね。まあ、私はどこかで打って出るつもりでしたが」
「強気ですね…」

さすが鬼灯様、と名前も鬼灯の背中に手を回す。大好きな人と気持ちが通じ合うのがこんなにも嬉しい。
再び静かになる店内は、あのときと同じように橙の光が窓から差し込んでいる。

あれからどれくらい経ったのだろう。
武器作りに励んで、成功して。一度は何もかも捨ててなくなりたいと思うほど絶望した。
それからまたスタートに立てたのは鬼灯のおかげで、ここまで来るまでいつも彼に支えられていた。

名前は腕の中から顔を上げると少しだけ身を離した。

「鬼灯様、ありがとうございます。私、これからも頑張りますね」
「お礼を言うのは私の方ですよ。あなたの笑顔にどれだけ救われているか、知らないでしょう?」
「笑顔ですか?」
「そうです。その緩みきったアホみたいな顔です」
「い、いひゃっいひゃい!(痛い痛い!)」

頬を引っ張りながら鬼灯の眉間には皺が刻み込まれる。どうしてもこの笑顔を見ると自分まで頬が緩んでしまいそうになる。
鬼灯はうるさい名前から手を離すと、その表情を隠すように彼女を抱きしめた。
抱きしめられるのは嬉しいが、今は顔が見たかった名前はぐいぐいと力を入れるがかなわない。

「もう、今顔隠したでしょう!鬼灯様口元緩んでましたよ!」
「見間違いです」
「見間違うわけないです。鬼灯様幸せそうでした」
「…幸せですから」

頑なに開放しない鬼灯に、名前は諦めて負けじと抱きつく。

こんな幸せな日々に不満などない。店はまだまだ本調子とは行かないが、きっとこれから少しずつ変わっていく。
その隣に彼がいて、待っていてくれるお客様がいて。

「私も幸せです」

そう呟けば嬉し涙が零れそうだった。

等活地獄の三丁目。一人の鍛冶師が営む鍛冶屋さん。その隣には地獄を陰で支える補佐官がいる。
手を取り合う二人は身を寄せ合って束の間の休息に心休める。
閻魔殿に戻れば書類仕事が待っていて、彼女も注文をこなしていかなければならない。
そんな忙しい毎日に、きっとこれからも彼らが地獄を支えていくのだろう。

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