13 御守


鬼補佐官から預かった大切な金棒をじっくりと観察する鍛冶師。
メンテナンスを頼まれたはいいが、「呪われた金棒」は武器職人にとって興味深いものだ。
年季の入った拷問道具を凝縮して作られ、いくら使ってもトゲが丸くならないという。
同じように使い古したものを凝縮して作ることはあるが、ここまで丈夫なものは見たことがない。
にやにやと珍しい武器に心を躍らせる名前は、しばらくその金棒を見つめていた。


13 御守


「あれ、鬼灯君金棒は?」

いつも持ち歩いている金棒を持たない鬼灯に閻魔は首を傾げた。
これから視察と言うが、外に行くときは肌身離さない武器を持っていないのは珍しい。
鬼灯は「ああ」と何か足りないと思っていた違和感に納得した。

「メンテナンスに出しました。手入れはしてますが一度もプロに見てもらったことはありませんでしたから」
「名前ちゃんね。確かにプロに見てもらうのは大切だね」

ちょっとした違いで道具の使い心地は変わるもの。もし不具合があればそれで怪我をしてしまうこともある。
いい機会ですので、と鬼灯の金棒に興味を持った名前に預けてきたのだ。メンテナンスは一日で終わる。
鬼灯は「では」と言うと視察に向かった。その後ろで閻魔は「気をつけてね」と手を振った。



最近ニュースで取り上げられるのは企業や会社の重役を狙った殺人事件。
犯人は捕まっているらしいが、まだ残党が残っているとかなんとか騒がれている。
彼らの動機はただ「お偉いさんの首を取ってやる」というもので、そうすることで自分が強いものだと見せ付けたいのだろう。

「鬼灯君も気をつけてね」と言われたのを思い出して、鬼灯はいつもの重みがないことに気がつく。
代わりの金棒は一日だけだと借りてこなかった。もし何かあっても素手でねじ伏せればいい。
後ろの気配に気がつきつつ視察を進める鬼灯は、いつ仕掛けてくるのかと気にはしていた。


そしてそれはすっかり忘れていた帰りに起こった。
視察先での獄卒の指導や、要望の処理。仕事ばかりに危機感は頭の隅に追いやられていた。
武器を持たない鬼灯にチャンスだと思った残党が鬼灯に立ち向かっていた。
それは彼女の手土産のために寄った甘味屋。店内には食事のスペースもあり客入りもそこそこ。
まさか店内で襲撃されるとは思っていなかった鬼灯は、彼らを前にそれでも悠然と対峙していた。

「最初の隙で仕留められなかったあなた方に勝ち目はないと思うのですが」
「うるせぇ!補佐官か何か知らないけど、お前を殺せば俺たちの名は上がる!ここで死んでもらうからな!」

思ったとおり頭の悪そうな集団に鬼灯は呆れるようにため息を吐いた。
店内の客は店の隅で固まって身を隠す。幸い人質は取られていない。
最初に向かってきたときに掠った切り傷からは薄く血が滲んでいた。

「武器も持たない官吏に負けるはずがないだろ。さっさと殺せ!」
「確かに金棒を持っていないのは不利ですねぇ…」

金棒があれば5人のこの集団は一掃できるだろう。
対して彼らが持っているのは日本刀。素手で戦うにはリーチの差もあり不利な状況だ。
向かってくる一人を軽くあしらいながらどう抜け出そうか考える。
すぐに烏天狗警察が駆けつけてくれるだろうが、五人で一斉に斬りかかられれば鬼灯でも無傷ではいられない。
平和なこの店に武器などない。テーブルを放り投げて応戦する鬼灯は後ろを気にした。
客がいなければまだ自由に動けるのに、と。

「護身用の武器も持ってないのな。ちょっと無防備すぎないか?」
「自分が偉いからって調子に乗ってんじゃねぇよ!」
「護身用…ですか」

斬りかかってきた男の目に椅子の足をめり込ませる。しかし彼らも鬼だ。ちょっとやそっとではへこたれない。
騒がしい声に鬼灯はあることを思い出した。もしものときのためにと作ってもらったではないか。

鬼灯は懐から上等な小刀を取り出すと鞘を抜いた。ギラリと光るその刀身は、やっと出番が来たと言わんばかりに鋭く輝いた。
その得物見て男たちは笑い出す。

「こっちの刀相手にそんな小さい武器で勝てると思うのかよ」

振り上げた刀は鬼灯を真っ直ぐに狙う。もし普通の小刀で受け止めれば折れてしまうだろう。鬼の腕力と足したら相当強力な斬撃となる。
しかし鬼灯は一歩も動かずに、その刀を受け止め弾くように小刀を振るった。
折れたのは相手の刀だった。

「な…何だこれ!?どうして俺の刀が折れるんだよ!」
「何やってるんだ、どけ!俺が殺す!」

立ち向かってくる男の刀を小さな刀で受け止める。交わるその鋭さは鬼灯の方が勝っていた。
鬼灯の急所を狙って繰り出される斬撃は簡単にあしらわれ、刃がぶつかり合うたびに相手の刀は欠けていく。
男を斬りつけた鬼灯は、その切れ味に感嘆の声を漏らすほどだ。
名前の作った刀は折れるどころか刃こぼれさえしなかった。

「あなたたちは安い武器を使ってますね。いい鍛冶屋を紹介しましょうか?」
「うるせぇ!死ね!」

そう威勢よく向かってきた五人、全員がその刀に敗れ、やがて駆けつけた烏天狗警察がその五人を捕らえた。
鬼灯はその様子を見届けると手元の小刀を見つめた。

「さすが彼女の作る武器ですね。これがなければ危なかった」

いつもの金棒とは勝手が違うが、護身用にするにはもったいない代物。
血を拭い鞘に収めれば、彼女が助けてくれたのだと大事に懐に仕舞う。
事情を聞きたいとやってきた烏天狗についていきながら、店主に頭を下げる。
鬼灯は無事閻魔殿へと戻った。


***


鬼灯が事件に巻き込まれたことを知って閻魔や獄卒は心配していた。
ケロリと何事もなかったように戻ってきた鬼灯に皆心底安堵したことだろう。
「ご心配おかけしました」と頭を下げる鬼灯に、閻魔はほっとしたように笑った。
獄卒たちも仕事に戻り、地獄はまた日常を取り戻していく。
金棒を持った名前以外は。

「ああそれ、メンテナンス終わったんですね。ありがとうございます」
「ありがとうございますじゃないですよ!だから代わりの金棒持ってくださいって言ったんじゃないですか。どうして言うこと聞かなかったんですか!」
「ちょっと、落ち着いてください。それ振り回すと危ないです」

鬼灯の金棒を軽々と振り回し鬼灯に殴りかかる。さすがに素手では受け止められないそれに鬼灯はかわすことで応戦する。
この金棒は持ち主を選ぶというが、どうやら名前も金棒に認められたらしい。その金棒さばきは相当なものだ。

「言ったじゃないですか、鬼灯様も気をつけてくださいって。どうして聞いてくれないんですか…いくら鬼灯様でも危機に陥ることだってあるんですよ」

ようやく落ち着いたのか金棒を下ろし鬼灯を見つめる。その瞳は少しだけ濡れていた。
話を聞いて相当心配したのだろう。自分が金棒に興味を持ったばっかりに鬼灯はそれをメンテナンスに出し、襲撃された。
掠り傷がある手を握る名前は「ごめんなさい」と謝りながら俯いた。

「大きな怪我がなくてよかったです。私のせいでごめんなさい」

鬼灯はその温かい手を握り返すと「私の方こそ」と名前の顔を上げさせる。

「名前さんの忠告を聞かなかったのが悪いんです。心配かけてしまってすみません」
「…そうですよ。すごく心配したんですから」

身を寄せる名前は鬼灯の胸に顔を埋めながら、ようやく安心したように笑う。
鬼灯はまた謝りながら名前を抱きしめ、その光景に閻魔も微笑んだ。

「…はい、これ。何も問題ありませんでしたよ。汚れだけ綺麗にしておきました」
「ありがとうございます。なんだか綺麗になりましたね。やはりプロは違います」

なんですかそれ、と笑う名前は金棒を鬼灯に手渡す。やはりこの金棒は鬼灯に似合うものだ。
名前はこっそり「かっこいいな」と思いながら、隠れてまた頬を緩めた。

「そうだ、名前さんにはもうひとつお礼を言わなければ」
「お礼?何かしましたっけ」
「ええ。あなたのおかげで助かりました」

そう言って懐から取り出したのは名前が作った小刀。鞘を抜けば仕上がったときと同じように刀身が光を反射する。
あんなに刀を受け止めたのに傷ひとつすらない。
名前は「なるほど」と納得すると刀身を眺めた。

「相手の刀が折れたときは正直驚きました」
「へぇ〜さすが私の最高傑作」

にやにやと嬉しそうな名前は口元を隠しながらうんうんと頷く。
自分の作ったものを肌身離さず持っていてくれて、さらに彼のピンチを救ったと思うと嬉しくてしょうがない。
満足げな名前をよそに、鬼灯は「すごいね」と呟く閻魔に刀身を向ける。

「よく切れましたよ?大王も切れ味を試してみますか?」
「い、いや!わしで試さなくていいから!」
「きっと苦しまずに死ねますよ。スパッと!」
「君ら怖いよ!!」

普段サボる閻魔を脅す鬼灯と、純粋に武器の説明をする名前。
最高の武器を作る鍛冶師と、最高の腕で使いこなす鬼神が組み合わさったら最強かもしれない。
ぶんぶんと首を振る閻魔に名前は楽しそうに笑い、鬼灯は不敵に微笑んだ。
今度こそ地獄にいつもの時間が流れ始めた。

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