12 復帰


お店の修復に合わせて外装も一新された。今度はポップでも高級でもなく、鍛冶屋として相応しい外観となった。
資金提供者が金魚草愛好家なだけに、ところどころに金魚草が見え隠れするのは仕方ない。
内装も女性が入りやすいような落ち着いた雰囲気で、やはり金魚草の鉢があるのは仕方ないことだ。
工房にも鍛冶に必要な道具が集められ、材料も豊富に取り揃った。
店内に商品はないが、これから少しずつ増やしていけばいい。
店の真ん中で欠伸を零す店主は「ようやく開店だ」と大きく伸びをした。


12 復帰


開店と言ってもまずは商品を増やさなくてはならない。加えてお客様からのたくさんの注文もこなしていかなくてはいけない。
そして何より悩ましいのは、鬼補佐官からの注文だ。

「えー…復帰早々これはきついですよ…」
「あなたは閻魔庁に金を借りてるんですよ。利子をつけないだけマシと思いなさい」
「まぁ…そうですけど…」

まずは商品を増やすよりもこちらが先だったようだ。注文書を受け取りながら苦い顔をする名前に鬼灯は問答無用。
久しぶりの感覚に名前は一人楽しそうに笑った。

「…で、取り揃えた道具は使えそうですか。使い勝手は悪いでしょう?」
「いいえ、十分ですよ。ものは使っていくうちに馴染んでいきますから。あ、試しに包丁を作ったんです」

ほら、と製品として出来てはいないが、その刃はさすが名前が作るものだと感じる。
製品にすれば普通に売れるだろう。名前は全然と言っているが、市販されているものより高価なのは間違いない。
さっそく試しているんだな、と工房を覗けばいろんな道具を使ったあとがあった。

「もう本当に鬼灯様には感謝してもしきれません。ありがとうございます!鬼補佐官とか言ってごめんなさい!」
「まぁせいぜい、借金返すまでは身を粉にして働くことですね。最初は収入もないでしょうが何とかやりくりしてください」
「鍛冶師を続けられるだけで十分です。あとでちゃんと閻魔様にもご挨拶しなきゃ」

先ほどから頬が緩みっぱなしのところを見ると、本当に嬉しいのだろう。
一時は絶望の淵に立たされ何もかも失った。こうして仕事を続けられるのは鬼灯の計らいもあるが、名前の復帰を望んだのは彼だけではない。
閻魔庁で働く獄卒や、衆合に阿鼻。他の部署でも彼女の作る道具を使う獄卒は多く、地獄に住む一般人だって生活の中で使っている。
少なくとも彼女の道具を知って大切に扱っている者たちはそう願っていただろう。鬼灯はその一人に過ぎないのだ。

名前は鬼灯の言葉を大切に受け取りながら、ふと疑問を思い浮かべる。借金といえば、鬼灯にもしているはずだ。

「あの、鬼灯様から借りた分はどう返せばいいんでしょうか。毎月振込みですか?それとも…まさかトイチですか!?どんどん借金が膨れ上がって大変なことに…!」
「どこの闇金ですか」

すっかり忘れていたように頷く鬼灯はとりあえず名前の頭に手刀を落とした。
そのあまりの衝撃に涙目になりながら答えを聞き出す。

「私の分は返さなくて結構です。どうせ貯めていても使わないですし」
「え、そんな…それはちょっと申し訳ないです」
「いいんですよ、私がそうしたいだけですから」
「どうしてそこまで…」

そこまでする理由はなんなのだろうか。名前は鬼灯を見つめながら恐る恐る聞いた。
その答えはなんとなくわかっている。けれどそれが間違いだとしたらとんだ自惚れだ。
何もない店内はしんと静かで、このときばかりは金魚草も空気を読んでいるのか震えもしない。
二人の視線が交わり、鬼灯はすうっと目を細めた。

「惚れた女に理由もなく手を差し出すのはいけないことですか?」

耳に響く低音。鬼灯の真剣な眼差しが名前の心を射止めた。
名前は顔を真っ赤に染めると瞬きもせずに釘付けになる。
何かを言おうと言葉を探し、見つからなくていつも通りだ。

「補佐官様はおべっかが上手ですねぇ…ちょっとドキッとしました……」

あからさまに視線を逸らし、額に浮かぶのは冷や汗。一瞬にして眉間の皺が増えた鬼灯を見て、名前はまずいと思っただろう。
鬼灯が普段そんなことを言わないのは知っている。せっかく口にした想いを茶化されては機嫌も悪くなる。
ここは素直に受け取ろう、と再び目を合わせればそれは異様に近かった。

「あなたわかってて茶化してるでしょう。馬鹿にしてるんですか?いいですよ、それならこちらも強硬手段に出るだけです」
「ご、ごめんなさい!恥ずかしくてつい!私も鬼灯様のこと好きです!」

慌てて発した言葉に今度は鬼灯の方が固まる。まさか勢いに任せてストレートな言葉がやってくるとは思うまい。
好きという言葉に年甲斐もなく心臓が跳ねたのがわかり、鬼灯は盛大に舌打ちを零すと少しだけ離れた。
名前は「助かった」と安心しながら自分の言ったことを思い出して鬼灯に背を向けた。
互いに照れ合い甘い沈黙が広がる。先に口を開いたのは鬼灯だった。

「だいたい、なんとなくわかっていたことでしょう。なぜそんなに照れるんですか」
「だって、鬼灯様ですよ。極悪非道のドS補佐官ですけど、女性が憧れる……」
「その口塞いであげましょうか?」
「申し訳ありませんでした」

顎を掬い取られて鼻がぶつかり合う距離にこの凶相。
ときめきよりも食いちぎられるのではないかという恐怖に平謝りするが許してもらえないようだ。
鬼灯は慌てる名前に触れるだけのキスを落とした。
まだ近い距離に顔を染める名前は、鬼灯の振る舞いに少しばかり驚いていた。それを感じた鬼灯はその距離のまま問いただす。

「いや…なんとなくですけど、鬼灯様って激しいのかなーって……意外と優しくてびっくりしました」
「…そうですか」

このあと数分に渡って唇を貪られたのは言うまでもない。


***


復帰した名前は前と同じようにとはいかないが、再び忙しい毎日に追われている。
店に並ぶ商品はまだ少ないが、注文はひとつずつこなしていた。もちろん閻魔庁からの慈悲のない注文もだ。

「名前ちゃん、頑張ってるみたいだね」
「頑張ってますよ!頑張ってますとも……」

そう言いながら品の入った箱に体を預ける。閻魔はその疲れた様子に苦笑しながら「完全復帰だ」と呟いた。あの事件が起きたときはもうこの様子が見れないかと心配したものだ。
鬼灯が提案した閻魔庁からの資金提供も、閻魔は詳しい事情も聞かずに頷いた。地獄を影で支える鍛冶屋さんを心から応援しているから。
閻魔の優しさにほろりと泣いて見せたのは、復帰直後挨拶に行ったとき。名前はそれはもう何度も頭を下げて感謝したという。

「閻魔様は優しいですよ…この鬼補佐官はどうしてこんなにも厳しいのでしょう」
「さぁ…それはわしも聞きたいくらい…」
「また何をこそこそしてるんですか?」

書類を渡しながら睨みを利かせれば、二人は「いいえ」と萎縮した。
そんなやり取りが行われる法廷に、獄卒がやってきた。

「名前さんこんにちは!名前さんの武器楽しみに待ってますよ!」
「私も注文したいんですけど、いいですか?」
「事務で鋏とか使うんですけど…そういうのもありますかね」

名前はすっかり獄卒と仲を深めている。わいわいと囲まれても今は動じずにひとつひとつ言葉を返す。
ぜひお店に来てください、と営業スマイルを向ければ男獄卒の顔はだらしなく緩み、鬼灯に睨まれるのだ。

「おい、鬼灯様怒ってないか…?」
「俺めっちゃ見られてる…!?」

鬼補佐官にガン飛ばされれば怖くなって逃げ出してしまうのも仕方ない。
お礼を言いながら逃げていく獄卒に名前は首を傾げ、その原因を見て察する。

「みなさん、聞きたいことがあればお店にどうぞ。ここは仕事場ですしお店でゆっくり」

名前は獄卒の背中にそう言うと、最後まで営業スマイルを浮かべたまま手を振った。
そして見えなくなった瞬間脱力する。こう見えても二徹はしている。
その変わりように閻魔は楽しそうに笑い、鬼灯はいつものように食事に誘うのだ。

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