10 事件


テレビをつければあの世のニュースが流れる。地獄で起きた出来事やアイドルの明るい話題。
地獄の法改正についてのニュースでは、あの鬼補佐官がいつもの仏頂面で映っていた。
名前は朝食の手を止めてつい見入ってしまう。

「テレビに映るなんて、すごい補佐官様なんだなぁ…」

暢気に呟いて味噌汁を啜れば、ニュースキャスターは今地獄で被害の出ている事件について話していた。


10 事件


「間に合った。間に合いましたよね!?」

納期ギリギリの今日、終業時刻をとっくに過ぎた閻魔殿にやってきた鍛冶屋さん。
それでもまだ働いている人はおり、刑場は24時間稼働中なため閻魔殿が完全に暗くなることはない。
住み込みで働いている獄卒も多く、食堂や図書室などは遅くまで開いていたりして、夕食時を過ぎた時間でも鬼たちはいた。
この時間に来ることが初めてな名前はきょろきょろとしながら鬼灯の前に注文の品を届けた。

「今日はもう来ないと思ってましたよ。初めて納期を過ぎるのかと」
「ついうたた寝して…でも完璧に仕上げてますのでご心配なく!」
「まぁ、そこは信頼してますが」

書類のやり取りを交わしながら名前は例によって商品の箱にもたれかかる。
名前は盛大にため息をつくと欠伸を漏らした。

「本当に間に合わないかと思いました…もう疲れた……」
「ほら立ちなさい。運びますから」
「もう少し休ませてください」

寄りかかっている箱を抜けば名前は床に寝そべる形になる。
起き上がろうとしないのは疲れている証拠。商品を抱えて走ってきたのは言うまでもない。業界専用の朧車に乗せてきたため名前が抱えていたわけではないが。
疲労困憊な姿は何度目だろうか。鬼灯は立ち上がらせるとふらふらする名前の手を引いた。

「夕食はまだですよね」
「……はい!」

急に元気になる名前は眠気を吹き飛ばしながら微笑んだ。



向かうは閻魔庁の食堂ではなく、名前行きつけの大衆食堂。鍛冶屋のある同じ等活地獄の三丁目。
タクシーで行くかという質問に名前は「歩きましょう」と答えた。
先ほど疲れていると言っていたが、タクシーではすぐに着いてしまう。少しでも一緒にいたいと思うのは、どういう感情なのだろうか。
暗い地獄の道を歩きながら、二人はたわいもない話をしながら目的地を目指していた。

「それで、鬼灯様って偉い人なんだって改めて思いました」
「名前さんは私を何だと思ってるんですか」
「えっと…極悪非道なドS鬼補佐官…?」

今朝のニュースを見て思った感想を話してみれば、鬼灯の金棒が名前に炸裂する。
「徹夜で頑張った女の子に!」と冗談言う元気があるなら大丈夫だと、鬼灯は何食わぬ顔で金棒を担ぎなおした。
名前はむう、と頬を膨らませながら隣に並ぶ。その清々しい表情はまさか人を殴ったとは思えない。
酷いな、と思いながらもそれに見とれてしまい、ぶんぶんと頭を振った。

挙動不審な彼女に鬼灯は「いつものことか」と納得し、ようやく見えてきた店にお腹がぐうと鳴る。
くすっと笑った名前がまた殴られたのは言うまでもない。

「もう…別にいいじゃないですか、お腹が鳴るくらい」
「笑うからでしょう。ほら、今日は奢ってあげますから」
「やった、鬼灯様が優しい!…あれ?殴るのは優しくないような…」

わいわいと言いながら食堂のドアを開ける。先に入った鬼灯に続いて入ろうとした名前は、ふと自分の店を見た。
「いらっしゃい」と親しみのある店主に迎えられ、鬼灯はいつも名前が座るテーブルに向かう。
そこで名前がいないと気がつくと、店の入り口から走り出す彼女を見止めた。

「名前さん?」

慌てるような名前の姿に、鬼灯も店を飛び出した。

自分の店から出てくる黒い影に咄嗟に走り出した名前は、不安を抱えながら店に着いた。
こじ開けられたようなドアから店に入れば中は酷く荒らされており、並んでいたはずの商品は姿を消していた。
立ち尽くす名前に追いついた鬼灯もその光景に言葉を失くす。

おそらく窃盗だろう。名前のいない時間を狙った空き巣でもある。
よく店内を見回してみればレジに入っていたお金も盗まれ、工房にあった製作途中の武器や試作品までなくなっている。嫌がらせのつもりもあるのか、窓ガラスまで割られていて悲惨な光景だ。
さらに悪い予感に倉庫に走る名前は、扉が壊されているのを見て中に入る気にはなれなかった。
確認する鬼灯の静かに首を振る姿に、名前は力なくその場に座り込んだ。

「どうしてこんなこと……」
「とにかく警察に連絡します。まだ近くに犯人がいるかもしれません」

携帯を手に取る鬼灯に名前は思い出す。なんとなく見た自分の店から出てくる黒い影。
朧車に物を詰めて飛び去っていた人物の一人に見覚えがあった。
通報を終えた鬼灯の手を掴めば、名前は鬼灯に伝える。

「犯人の中に一人、獄卒と名乗る男がいました。最近よくうちに通っていたお客様です」
「確かですか?」
「はい」

震える声で、けれど確信を持って頷いた。


***


思い出せる限りの情報を警察に話し、対応する彼らに立ち会った後に開放されたのは、夜がさらに深くなった頃だった。
騒ぎに近所の人たちも名前を心配し、それでも明るく振舞う彼女はずっと鬼灯の手を握り締めていた。
店を荒らし丹精込めて作ったものを無断で持ち去っていく。悔しさに名前の心境は穏やかではない。


やがて静かになる等活で、二人はいつもの食堂にいた。営業時間は過ぎているが、気の利かせた店主が「落ち着くまでいたらいい」と言ってくれたのだ。
名前はずっと握ってもらっていた手を眺めながら静かに呟いた。

「なんだか自分の無力さに腹が立ちます。あの子たちのこと…守れませんでした」

名前にとっては子供のように大切なもの。実際に使われているのを見て喜んで、使い古されて返ってきたものをまた精製する。
あんなにも作ったものを大切にしていた名前からそれを奪い、彼女の笑顔まで消し去ってしまう。鬼灯はそれに激しく怒りを覚えた。
「あなたは悪くないですよ」。そう言えばいいのだろうか。かけてやる言葉も見つからないまま、テーブルに投げ出された手を握る。
名前はピクリと反応して静かに握り返した。
そんなところへ烏天狗警察の義経がやってきた。

「あ、鬼灯様。こちらは鍛冶師の名前さん…?」
「はい」

頭を下げてやってきた義経は名前を確認するともう一度頭を下げた。

「この度はご協力感謝いたします。無事犯人は捕まりましたのでご安心ください」

感謝を述べる義経に名前は無言で頷いた。
黙ったままの名前に代わり鬼灯が口を開く。詳細を聞けば「被害者の前では…」と名前をチラリと見て、鬼灯は彼女から同意を得て「構いません」と首を振る。
普通一般人に犯人の詳細は伝えないが、犯人に獄卒が混じっているため鬼灯に報告する義務はあるだろうし、鬼灯も気になることだ。
義経は頷くと詳細を話した。

「今回の事件は最近被害の出ている拷問器具を扱う店を狙った犯罪でして…ニュースなどで見たことはありませんか?」
「ああ…大きなメーカーでも機械が壊されたり、在庫を盗まれるといった被害が出ていましたね」
「はい。名前さんのお店を狙ったのも彼らの仕業です」

そういえばテレビで見たな、と名前は思い浮かべる。まさかこんな個人店を…と思うだろう。
それも前から店に通ってリサーチする計画力。してやられた、と悔しさが込み上げ、零れないように抑えた。

「通報が早かったので目撃証言などを頼りに一部が捕まりました。仲間が捕まるのも時間の問題でしょう。動機などはまだわかっていませんが、事情聴取が終わり次第鬼灯様には報告をしますので」
「わかりました。しかし獄卒が絡んでいるとは……盗まれたものは?」

鬼灯の疑問に義経は苦い表情を浮かべる。犯人を捕まえたがいいが、既に盗んだものはなくなっていた。
捕らえたときに尋ねた際、犯人たちは今まで盗んできたものは「すべて処分した」と言っているらしい。

「阿鼻地獄の業火に投げ捨てたと…」

獄卒ならばそれが可能だろう。巡回を理由に空を飛び回り、業火にそれをばら撒くことは容易だ。
いくら高級な武器でも阿鼻の業火には負ける。探し出すのは不可能で、見つかったとしても元の姿はないだろう。

報告を済ませた義経は深々と頭を下げたあと、烏天狗たちと共に店を出た。
再び静かになる店内で、名前は深くため息を吐いた。

「してやられましたね…ここまでされると逆に清々しいです。鍛冶仲間で言ってたんです、気をつけないとって。どうして防げなかったんだろう」

自分の店は大丈夫だと思い込んでいたのだろうか。日々の充実感に、近づいていた危機に気がつけなかった。
後悔や悲しみを吹き飛ばすように笑った名前の表情は、涙に濡れて上手く笑えていなかった。
抑えようと思っていたものが溢れ出しとどまることを知らない。しゃくり声を上げながら静かに泣く名前を、鬼灯は胸に抱いて見守った。

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