09 講義


陽気な足取りで閻魔殿にやってきた鍛冶屋さんに獄卒たちはざわざしだす。
納品にやってきたわけではない彼女は出来上がった武器を自慢しに来たのだ。
肩に担ぐ柄は身長ほどの長さがあり、刃部は湾曲した大きな三日月を描いている。
死神のような大鎌を持つ彼女に、鬼補佐官はしばし顎に手をやりながら首を捻る。
やがて

「…採用」

と頷くのであった。


09 講義


特別講演として閻魔殿では名前が拷問器具について講義を行っていた。
基本的なことからちょっとした裏技まで。熱心に語る姿に獄卒たちも興味津々に頷き、獄卒たちにとって無駄な時間ではなかっただろう。
新たな道具の方向性や、これからどういうものが使えるか。そんな構想を語りつつ、試作品だと持参した武器の中には男獄卒の心を揺さぶるようなものもあったとか。
鍛冶屋もとい武器職人の話を聞き、獄卒たちはレポートの提出を義務付けられた。

そのレポートを眺めながら、名前はにやにやと頬を緩めていた。

「感想をもらえるのは嬉しいです!」
「わかりましたからそのだらしない顔を引き締めなさい。気が散る」
「だって……あ、この人はよく聞いてますよ。そうなんですよねぇ、個人店だと生産効率は悪く、機械化したメーカーの作るものはどうしても質が下がる…。どちらも善し悪しがあって買い手としては悩むところで、毎日使うものだと消耗も激しく、獄卒としては高価な一点ものを使うより大量生産で出回っているものを使ったほうがいいかもしれない。コストパフォーマンスを考えるとまた悩みに悩んで……」

つらつらと思案にふけり、それはもう傍から見れば常人ではない。
横でいつもの業務をこなす鬼灯は、その耳障りなお経に金棒を放り投げた。
考えに集中している名前は気づかずその餌食となり、ようやく我に返って「ごめんなさい」と照れたように頭を下げた。

「考察は帰ってからしてください。そのレポート貸しますから」
「本当ですか!?なかなか鋭い意見があったりして、ぜひ個人的に話を伺いたいくらいです!」
「評価を上げるために当たり障りのないことを書く者もいるんです。名前さんのように熱心な獄卒がいれば、直接店にやってきますよ」
「そっか…そうですよねぇ。来てくれないかな〜」

再び頬を緩めれば鬼灯はため息をついた。

「レポートが出揃ったので見に来ますか?」
仕事で手一杯の鬼灯は名前を閻魔殿に呼び出した。
てっきりさっと目を通していなくなるかと思えば、ひとつひとつ丁寧に読んで感想までする始末。
名前の名前は知られており、講義に参加した獄卒は少なくなかった。そのレポートを一枚一枚読むとなると時間はかかり、必然的に名前は鬼灯の執務室に長時間滞在していた。

初めは一緒になって話を聞いていたが、それが何時間も続けば辟易してくる。
鬼灯が返事をしなくとも一人で感想を呟き、鬼灯の仕事効率はいつもより悪い。
二人きりの空間で彼女がニコニコと笑っているのが大きな原因かもしれない。
鬼灯のため息にようやく自分の迷惑行為に気がつく名前は、机に積みあがっている書類を一瞥して申し訳なさそうにした。

「すみません、鬼灯様はお仕事中でした…」
「わかったならとっとと帰りなさい。おかげで今日は定時に間に合うかどうか」
「ごめんなさい…!」

そんなに迷惑だったのか…と萎縮する名前だが、定時に終わらないのはいつものことだ。
鬼灯は確認済みの印を押しながら書類を捌いていく。それを見ながら名前もレポートをひとつにまとめた。
とんとん、と机の上で整えてそれを抱えて帰る。そう思った名前だが、鬼灯の仕事姿にもう少しだけいたいと思う。
再び椅子に腰掛けた名前に鬼灯は眉を顰めた。

「静かにしてるのでここで読んでいてもいいですか?」

ぽつりと呟けばレポートの束をぎゅっと握り締める。いつもと同じ振る舞いをしなければ、と笑って見せれば、鬼灯は書類に視線を戻しつつ無言で頷いた。
名前は視線が自分に向いていないのを確認すると照れたように頬を染める。
顔をレポートで隠しながら読んでいるそぶりをする。ちらりと盗み見た鬼灯の横顔は真剣で、しかし難しい書類なのか表情は強張っていた。
帰るのが面倒なのか、それとも別の意味があるのか。鬼灯は余計に集中力を切らすと少しずつ書類を片付けた。


「この人の着眼点素晴らしい…!!」
「出て行け」

やがて大声を上げた名前が執務室から放り出されたのは、それから三十分も経たない頃だった。


***


閻魔殿での講義がまたまた功を奏したのか、名前の店は忙しかった。
衆合地獄での拷問研修も落ち着いてきて、この間は新しい武器を作り上げた。
ようやく余裕も出来てきて忙しさにも慣れた頃、それでも鬼補佐官からの注文は一番の悩みどころだ。

納期が短いと言ってるのに聞く耳を持たない。けれど頑張った暁には一緒に食事が出来るというお金以外の報酬がある。
いつからかその報酬のために納期を守る名前の姿があった。名前は自分がそれを楽しみにしていると自覚しないまま今日もまた武器作りに励む。
鬼補佐官からの注文がない今のうちに、他のものを作らなくては。

そんな名前の耳に来店の音が聞こえた。受け取りの人かなと顔を出せば、獄卒だという男性がやってきた。

「俺…あの講義聞いて感動しちゃって!武器のこともっと知りたいなって思って来たんですけど…」
「本当ですか!?あ、どうぞお座りください!」

あれ以来道具について聞きに来る客はぽつりぽつりといた。鬼灯の言ったように、熱心な獄卒が直接店にやってくるのだ。
名前は嬉しそうに歓迎し、獄卒から話を聞きだす。どうやら新卒らしく、自分にあった仕事道具を探しているみたいだ。

「やっぱり金棒がいいなと思うんですけど、金棒にもいろいろ種類があるらしいですし」
「そうですねぇ…一番いいのは自分にあったものをオーダーメイドすることしょうか。でも最初は勝手がわからないと思うので、こういうスタンダードなものを使ってみて、自分が欲しいと思う重さや使い心地を知っていくんです」

店の商品を手に取りながら説明する。獄卒は熱心に頷く。
名前の店に来れば個人講義を開いてくれるのだ。武器の良さを知ってもらいたい名前にとっては嬉しいことで、つい張り切ってしまう。
数種類の金棒を見本に出しながら説明し、獄卒はうーんと首を捻った。

「オーダーメイド……高いですよね…」
「まぁ…それなりに値段は付くと思います。でも長く持ちますよ。道具も体の一部なので、良いものを選んであげれば負担も減りますし」

新卒でまだ給料も少ないのだろう。オーダーメイドで欲しいと思っても、なかなか手を出せないのが現実である。
特に名前の店は専門店でも多少高価な部類に入る。それほど質の良く腕が認められているということなのだ。
悩む獄卒に名前はにっこりと微笑む。話を聞いたから買えという話ではない。
名前の言葉に獄卒は頷きながら立ち上がった。合わせるように名前も立ち上がれば、獄卒は名前の手を掴んでぶんぶんと振った。

「ありがとうございます!また相談に来てもいいですか?」
「ええ、もちろん」

楽しそうに手を振る獄卒に、名前も頭を下げて見送った。武器について知ってもらうのがこんなに嬉しいのだ。

[ prev | next ]
[main][top]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -