04 補佐


体を揺さぶられて目を覚ました名前は、もう少し寝ていたいと子供のように駄々を捏ねる。
しかし聞こえてくるのは自分を心配するような声。重い瞼を開ければ地獄の住人たちが集まっていた。
飛び起きる名前は周りを見渡し、地べたの上で寝ていたと知る。そして一緒にいたはずの鬼がいない。

「大丈夫かい?具合が悪いなら病院に…」
「あの鬼補佐官め……」

どうやら名前を放置して去ったらしい。


04 補佐


鳴り響く電子音に彼女かと電話を取れば、相手は声も聞きたくない取引相手で、昼間からますます鬼灯の眉間には皺が深く刷り込まれていた。
それもこれも閻魔が昨晩飲みすぎてはしゃいだせいで腰をやってしまったことから始まる。
医者から「安静に」と言われたと、申し訳なさそうに話す閻魔の腰を思い切り殴ったのは言うまでもない。

「ショック療法です」

鬼灯は真面目な顔で言って見せた。しかしそんなもので直るはずもなく、裁判は鬼灯が代役を務めることとなった。
裁判を一人でするのは思ったよりも効率が悪く、刑を一旦即決できるのはいいとして、亡者の人生を綴った巻物に目を通すのも一苦労。
凝縮した一生を読み上げ、浄玻璃鏡で裏を取る。暴れる亡者がいればその分手を焼くことになる。
なかなか上手くいかない仕事に助っ人を頼みたいが、あいにく他の庁も忙しく、亡者の暴動があってから獄卒たちも研修などで忙しい。

午前の業務を終えた鬼灯は、人を寄り付かせない禍々しいオーラを放ちながら食堂で昼食を取っていた。
獄卒たちはその不機嫌な理由を知っている。だがあれを見て「手伝います」なんて言い出せる勇気を持った獄卒はいない。
そもそも自分たちの仕事で手一杯なのだから、安易に口に出すこともできない。

「こんなときに雑用を任せられる暇そうな人がいれば……」

鬼灯は呟きながらトレイを下げると、思いついたように携帯を取り出した。


***


法廷にやって来たのは裁かれる亡者ではなく、贔屓にしている鍛冶屋さん。
とにかく「やれ」という鬼灯に名前から笑顔がなくなった。

「研修に参加させてくれるんじゃないんですか?この子たちについて語らせてくれるんじゃなかったんですか…?私暇じゃないんですけど!」

この子と主張するのは名前が作った拷問道具たち。
「今新卒の再研修してるんですけど、時間があるなら講義やります?」
そう鬼灯に誘われのこのことやってくれば、第一声に「引っかかりましたね」だ。
それから自分のする業務を説明され、名前は口を開けたまま首を横に振っていた。鬼灯は知らん顔で名前に巻物を渡す。

「今度その機会は作ってあげますので、よろしくお願いします」

名前の意見など聞かずに亡者を呼んでくるよう獄卒に聞かせる。
午前の分の亡者がまだ裁ききれておらず、一刻も早く法廷を開かねばならなかった。
名前はその忙しさに納得はするが、なぜ自分が借り出されるのかは謎だろう。名前は獄卒ではないのだから。

うなだれる名前に「法廷ですよ」と活を入れられれば仕方なく背筋を伸ばす。
これから神聖な裁判。普段の雰囲気とは違うと理解する名前は息を吐くと巻物に視線を落とした。
そのぴしっとする佇まいに目が行くのは、普段のふざけた行動を見ているからだろう。
思わず声をかけようとして、亡者が法廷へやってきた。

「では始めましょう」

そう場を引き締めた声に名前は静かに頷いた。


名前の仕事は亡者の歩んできた人生を要約して読み上げること。
その間に鬼灯は裏取りをし、求刑する。意外にも名前は頑張りを見せ、午前よりも円滑に裁判は執り行われていた。
亡者を連れてくる獄卒も二人の息の合い様に感心するほどだ。
「次」と亡者が出て行くのを眺めながら、名前は一息吐いた。

「結構辛いですねこれ。私力仕事は得意ですけど、長文要約は苦手です」
「そんなことないですよ。十分出来てます」
「それに肩が凝ってきます…」
「次の亡者が終わったら休憩にしましょう」

名前はいつもの調子に戻りながら体を伸ばす。
やがて亡者が入ってくるとまた背筋を伸ばした。いつの間にか裁判の補佐が板についてきている。
次で休憩だと意気込む名前は読み始めた。その声は凛として心地良い。獄卒も聞き耳を立てながら大人しい亡者を取り押さえていた。

「なるほど…色んな罪を犯してきているわけですね」

読み上げが終わると今度は証拠映像を見せながら鬼灯が話す。
名前は次の巻物に手を伸ばし、休憩だったと開かずに鬼灯を見上げた。
鬼灯の仕事をしている姿はあまり見ることがない。いつもは書類に向かってばかり。
だからこうして法廷で雄弁に語る姿は貴重なもので、その真剣な横顔につい見とれてしまうのも仕方ない。

名前は視線を下げると頭を振った。そして視線を彷徨わせた先で亡者と目が合う。
大人しく聞いている亡者だが、その目はとてもギラギラとしていて違和感を覚えた。
何かの隙を狙っているような、大人しくしているつもりなどないような。
不思議に思う名前は鬼灯に伝えようとするが、鬼灯はたった今刑を告げるところだった。

「あなたは残念ながら阿鼻……」

阿鼻地獄行きです。その言葉が発せられる前に亡者が急に暴れだした。阿鼻地獄行きの亡者が大人しく求刑を聞くはずがない。
急な出来事に獄卒は振り払われてしまい、狙いは椅子に座っている鬼灯ではなく、横に立っているだけの名前だ。
おおかた人質にでもして地獄行きを逃れようと思っているのだろう。

「名前さん…!」

咄嗟に声を上げた鬼灯の目に、名前の口角が上がるのが見えた。
そして次の瞬間、名前は向かってくる亡者をすらりと抜いた真剣で切り捨てた。
亡者は為す術もなく地面へと倒れ込み、動かなくなった。

鬼灯はその立ち振る舞いにあることを思い出した。
彼女はあの暴動を止めた敏腕鍛冶師ではないか、と。

「…無事ですか?」
「その言葉は獄卒にかけてあげてください。それはそうとこの刀、何人斬っても刃こぼれしないんですよ!どうですか!」
「一瞬でも心配した私が馬鹿でした」

説明するために持ってきていた道具の一つ。名前の腰に下がっているのは現世なら妖刀といわれるもの。
何人斬っても刃こぼれしない。扱う者の技量と刀鍛冶の腕前でそれは変わってくるが、彼女が作ったものならそう簡単に切れ味が落ちることはないだろう。
どうです、どうです!と今の最高の切れ味を自慢するように、疲れていたはずの名前は大はしゃぎだ。

「とりあえず…そいつは阿鼻地獄です。連れて行ってください」
「はい…」

亡者が暴れたことよりも名前の振る舞いに驚いている獄卒は、すっかり大人しくなった亡者を連れて法廷を出た。
書類に仮の判子を押す鬼灯は、楽しそうな名前を落ち着かせ休憩にすることにした。


***


名前の助けによりこの日の裁判は無事に終わった。書類をまとめながら鬼灯は礼を言う。
途中で楽しいことがあった名前はそこまで不機嫌ではないが、慣れない仕事に疲れが窺える。
全然疲れている様子のない鬼灯を見ながら、名前は机に寄りかかった。

「鬼灯様って普段こんな仕事してるんですね」
「ええ」
「なんだか閻魔様をしばいて、獄卒に指示を出して、偉そうな鬼補佐官かと思ってました。ちゃんと補佐してるんですね…痛いっ!?」

失礼なことを言う名前に金棒がお見舞いされる。名前も鬼だとはいえその威力は絶大だ。
机につかまるようにして立ち上がる名前は鬼灯を睨んだ。

「だいたい、私は騙されて手伝ったんですよ。もっと感謝して優しくするべきです」
「これが私なりの優しさです」
「殴るのは優しさではありません。もう疲れたので帰ります」

ふん、といじけたように背を向ける名前は法廷を歩いていく。
長い間拘束して手伝ってもらったのに、少しばかりぞんざいに接しすぎただろうか。
楽しそうだったとはいえ危険な目にも遭わせ、忙しいからと礼もそこそこに帰らせてしまう。
今まさに法廷から出ようとする名前に、鬼灯は声をかけた。

「今日は忙しいので…今度どこかに行きましょう」

振り返って目を丸くした名前は何度か瞬きすると、ふにゃりと笑って頷いた。

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