03 休息


従業員はただ一人。大衆向けの安価な武器は機械を使うことも多いが、最後はその手で作り上げる。
一から鍛錬し作り上げる彼女の武器は多少値は張るが価値は高い。
地獄には拷問器具メーカーが多く存在するが、それとは一線を画した上等な鍛冶師として、名前の名前は広まっている。
どちらかといえばオーダーメイドの専門店。百貨店に卸すものも一級品。
ましてや納期かつかつの無理な注文など請ける店ではない。
今日も今日とて鬼補佐官からありがたくいただいた注文をこなす名前の姿があった。


03 休息


「だいたい、普通は大きなメーカーと契約を結んで定期的に補充するものじゃないんですか?どうして一個人の店から上等な武器を仕入れるんですか!」

徹夜も三日続けばイライラしてくるのだろう。名前は鬼灯を前に机を叩きながら餡蜜を食す。
文句を言いながら「おいしいおいしい」と頬張る姿は矛盾していて、眺める方としては愉快だ。

「当然そういうところと契約は結んでますよ。しかしすぐにダメになるのも多いですし、使い手を考えると上等な武器があったほうが仕事の効率も上がるんです」
「私の仕事の効率はすっごく悪いんですけどね」
「みんな名前さんが作った武器を取り合ってますよ。おかげで就業前から出勤する獄卒が増えてそれはそれは勤勉なこと…」

自分の顔よりも大きいパフェをつつきながら鬼灯はしみじみと頷いている。名前はそれを見て盛大にため息を吐いた。
獄卒は仕事道具として自分の武器を持っているのが多数だ。しかし拷問によって道具は異なるわけで、閻魔殿から支給されるものを使うことも多い。
自分で買ったどこにでもある武器と、丁寧に作りこまれた上等な武器。どちらを使いたいかと聞けば多くは後者だろう。
備品は私物化できないため、使いたければ人より先に仕事場にやってくる必要がある。シフトを上手く活用して「次は私に」と約束を交わす人もいるらしい。

なんとなくだが鬼灯の策略のような気がしてくる。
名前は空になった器を端に寄せながら鬼灯のパフェにスプーンを伸ばした。

「まぁ…使い勝手の良さを知ってお店に来てくれる獄卒が多いので、こちらとしては助かってますが」
「ならいいじゃないですか」
「でも納期は短すぎると思います」

彼女の非難など聞き入れずに鬼灯は「そうだ」とまた何かを思いつく。伸ばした手を叩き落された名前は耳を塞ぎたいことだろう。
またどうせ仕事の話だ。今しがた文句を言ったはずなのに、やはり鬼補佐官である。

「閻魔庁の食堂で使っている包丁、要望が出ていたのでお願いできませんか。この際なのですべて取り替えようと思いまして」
「いいですけど…こんなに疲労困憊してる人を前によく次の注文ができますね」
「仕事でしょう?あるだけいいと思いなさい」
「鬼め……」

今度こそパフェを掬った名前は机に寝そべりながらいつも持ち歩いている簡易注文書にメモしていく。
金棒や他の拷問道具よりは楽なため今回は良心的だ。それが救いだと再びスプーンを伸ばす。
鬼灯は諦めてパフェを机の真ん中に置いた。

「ふぁ…眠いです…」
「眠いのに食い意地だけはあるんですね」
「食べないと力が出ませんから」

ケーキ、餡蜜と食べパフェにも食いつく。鍛冶には体力が必要だがよく食べるものだ。
毎回納品後に食事に行くのがいつの間にか定着している。労いの意味もあるが、この時間が楽しみだというのはお互い言わない。
名前は飽和する頭を糖分で補うようにパフェをつついていた。

「それにしても…この店恐ろしく鬼灯様に似合わないですね」
「はい?」
「見てくださいよ周り。女の子ばっかりです」

新しく出来たという甘味処。たい焼きや団子もあればパンケーキにジェラートまで。ここにくれば食べたい甘味が食べられると今話題の店らしい。
客層は甘味好きな女性たち。鬼補佐官が無表情でパフェを貪っている光景は奇妙だ。
店内も女性が好むような明るい内装で、男性を探してみてもカップルで来てるのがほとんど。
改めて店内を見渡す名前は、そのあまりの場違いな目の前の鬼に噴出すのだ。

「ダメだ、お腹痛い。その凶相でこんなポップな店にいるなんて…ふふ…」
「酷いですね。あなたがここがいいって言ったんじゃないですか」
「そうですけど……」

震えながら笑いを堪える名前に鬼灯も店内をちらりと流し見てみる。
確かに入る店を間違った感じはする。しかし鬼灯なら一人でも堂々と入る自信はあるだろう。人目を気にしていても仕方ない。
視線を戻すと名前はまだ小さく笑っている。徹夜だというのにその表情は見てて癒されるものだ。
大きなパフェを二人でつつき、楽しそうに笑い声を上げる。周りから見ればきっといい感じのカップルだ。

「はぁ…落ち着いた」
「徹夜続きで頭がおかしくなってますよ」
「誰のせいですか。あ、すみませーん、三色ジェラートください」

通りかかる店員に声をかける。きっと裏では「またあの席…」とヒソヒソされていることだろう。

「まだ食べるんですか」
「だって鬼灯様の奢りでしょう?一口あげますから」
「当然割り勘ですけど」

ストローでジュースを啜りながら鬼灯は当然のように言う。名前は「え」と顔を引きつらせるがもう頼んでしまっては遅い。
今まで何を食べたか思い浮かべると結構なもので、鬼灯も大きなパフェ以外にも二品は頼んでいた。
人のことを言いながら、それも男性が甘いものを頬張る様は少し異様だ。いや、やはりこの鬼にはどれも似合わない。
再び笑い出す名前は、鬼灯の言うように徹夜で少し疲れているのかもしれない。

「周りから変な目で見られてますよ」
「なんだか楽しいのでいいです」
「変人と一緒にいるのは嫌なんですけど」

お待たせしましたと色とりどりのジェラートにスプーンを用意する。
幸せそうに口に運ぶ姿に、鬼灯は少しだけ微笑んだ。


***


「お腹いっぱいです…」
「あれだけ食べれば当然です。ほら、帰って仕事なさい。太りますよ」
「私寝てないんですよ。今日はもう布団の中から出ません」

今日と言っても既に半日は過ぎているが。甘味処を出た二人は帰路に着いていた。
一円単位で割り勘したのはきっと鬼灯の嫌がらせだ。名前はまた「ケチ」と文句を言うと殴られていた。
欠伸を漏らす名前は不意に鬼灯の袖を掴んだ。視線を向ける鬼灯は眉根を寄せる。

「歩くのが面倒になってきました…眠いので引っ張ってください」
「…自分で歩きなさい。置いていきますよ」

まさか甘えてきたのかと米粒のような期待はやはり裏切られる。鬼灯はぶっきらぼうに振り払うと構わず歩いていく。
名前は「えー」と文句を言いながら駆け寄ると渋々隣を歩いた。
お腹もいっぱいになり楽しい時間を過ごせばあとは眠るだけだ。名前は懲りずに袖を掴むと、うとうとしだした。

「歩きながら寝るとは奇妙な特技ですね」
「寝てません…」
「ほら、しゃきっとしなさい!」

再び手を振り払い活を入れるように背中を叩く。
名前は肺から空気を漏らすとそのまま地面へと倒れた。面倒だと舌打ちを零す鬼灯は呆れたようにしゃがみ込む。
地面の上で寝息を立てる名前は「もう食べられない」と呟いた。

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