05 見学


ピピピという電子音に目を覚ます。まだ寝ていたい名前は布団を被りながらその音を遮断した。
しばらくすればその音は気にならなくなりまた深い眠りへとつく。

それを何度か繰り返しようやく起き上がったとき、時計の針はお昼近くを指していた。
昨日は今日のために納期の短い仕事を詰め込んでいた。例によってあの鬼補佐官様からのご依頼だ。
疲れてたんだろうなと欠伸をして、ふと思い出す。
顔を真っ青にした名前は部屋から飛び出した。


05 見学


地獄全体をどんよりと覆う霧が晴れ、天気の良い地獄に獄卒や住人たちの心も晴れやかだ。
一方、大通りを全速力で走る名前の心はとてもじゃないが晴れやかにはなれない。
急いで目的の場所に向かえば、探している人の姿はなかった。
ショックというよりも怒らせてしまったという恐怖が心を埋め尽くす名前の表情は泣きそうなものだ。
閻魔は慰めるように声をかけた。

「鬼灯君なら部屋にいるんじゃないかな。行ってみたら?」
「うう……」
「デートに遅れたくらいで怒らないって。ね?」

閻魔に背中を押され名前はゆっくりと歩き出す。
デートではないと説明することも出来ないくらい、名前の頭の中にあるのは「どうすれば死なずに済むか」だ。
金棒で殴るだけじゃ終わらないかもしれない。商品を試したいと言って拷問が始まるかもしれない。
忙しいのに休みを取ってくれた鬼灯に、名前の心はキンキンに冷えていた。
教えてもらった鬼灯の部屋の扉が、とてつもなく不気味だった。

「どうしよう…誰かに技術を伝承するまで死ねないのに…」

ぶつぶつとこんなときでも鍛冶のことを思い浮かべる。
ノックしようと意を決したとき、そのドアが勢いよく開いた。

「痛いっ…!!」
「……おや」

それは顔面に直撃し、名前がいることなど知らない鬼灯は驚いたようにうずくまった彼女を見下ろした。
大丈夫ですか?なんて言って見せるが手を差し出すことはしない。ゆっくりと顔を上げた名前は涙目で「酷いです!」と抗議した。

「知りませんよ。まさかあなたがいるとは思いません」
「そうですけど…こんなに勢いよくドア開けないでしょう?」
「ああ、予定をすっぽかした名前さんに少し腹を立てていまして」
「絶対わざとですね!」

鼻が折れていないか確認する名前は立ち上がると鬼灯を見上げた。
彼の言ったとおり予定をすっぽかしてしまったのを謝らなくては。
目を見たのが最後だったか、その不機嫌な色に動揺が隠し切れない。

「あの…すみませんでした」
「言い訳は?」
「寝坊です…昨日深夜まで仕事してて……」

そこで気がつく。深夜までやっていた仕事はなんだっただろうかと。今まさに目の前にいる鬼補佐官からの、慈悲のない注文をこなしていたのだと。
気がつく名前は下げていた頭を勢いよく上げた。

「そうですよ、鬼灯様の注文をやっていたらあんな時間に!私は悪くないですよ、鬼灯様が悪いんです」
「それを見越して仕事するのがプロってものでしょう?」
「今日は丸一日開けたかったんです!だから今日の分も一生懸命やってたんです」

断固として自分のせいじゃないと言い張るつもりの名前の意思は固い。
キッと鬼灯を睨み返す威勢のよさに鬼灯は目を細めて頷く。
その仕草だけで「言い過ぎたかな」とたじろぐ名前を見ながら、鬼灯は顎に手を置いた。

「つまり、今日を楽しみにしていたわけですか」
「そうですよ!」

簡単に頷いた名前に鬼灯は少しだけ言葉に詰まる。
こんなにもキラキラした表情で言われれば、多少なりとも期待してしまうものだ。
しかし名前はそれに続ける。

「だって獄卒じゃない私が刑場に入れるなんて滅多にないことですよ!それも案内してくれるなんて、私の作った武器がどう使われているのか見られますし!」
「……なるほど」

ね?ね?と両手で拳を握りながらまくし立てる。
目を輝かすのは仕事に関してばかり。彼女も相当な仕事馬鹿だったのを思い出して鬼灯は怒る気も失せたようだ。
同意を求める名前を鬱陶しそうに払いながら廊下を歩き出した。

「今からでも案内しますが、どうします?」
「行きます!午前中を無駄にしたのがショックですが…」
「仕事熱心なのはいいことですが、約束に間に合うのも仕事のうちですよ」
「はい…ごめんなさい」

名前は反省しながらも、なんとか怒られなかったことに安堵した。
この間裁判を手伝ったお礼として、今日は地獄の見学だ。


***


今まで刑場に入るのは武器の仕上がりを確認するときだけ。特別に許可を貰って比較的安全な等活地獄で鬼灯と武器を試していた。
前に一度騒動で立ち入ったのも等活地獄。他の地獄は一般人同様入ったことがない。
色んな場所へ案内すると言われていた名前は、鬼灯の後ろを歩きながら武器の響く音に耳を傾けた。

「いい音ですね」
「亡者の頭が粉砕し肉が潰れる音ですけど」
「まぁ、それも私の作った道具で織り成されているわけですから」

密度が高く丁寧に作られたものは亡者を殴ったときの音も違うらしい。
名前にはその違いがわかるらしく、耳を傾けその目で見て、「殴りやすいと思うのです」や「切れ味抜群でしょう?」と言ってのける。

様々な地獄に行き拷問道具を見て回り、名前は楽しそう見学していた。
たまに何かをメモしたり、「この形はいいですね」と他の武器も観察する。
獄卒に使い勝手を聞いてみたり、レクチャーしたり、名前はまさに仕事をやっているわけだ。

「あ、このアイアンメイデン私が作ったものですよね」
「ああそれ、結構使ってますけど威力が変わらないって獄卒が言ってました」
「へぇ〜なんだか嬉しいです」
「にやにやしっぱなしですね」

中に亡者が入っているのかすごい声が聞こえるが、名前はお構いなしに観察する。
呆れるように言う鬼灯に顔を上げれば、名前はその笑顔を向けた。

「だって、自分が作った武器がどう使われているかは気になるじゃないですか。埃を被って飾られるよりも、たくさん使い込んでほしいんです。ボロボロになってまた作り直して、愛情を持って使い続けてほしいんです」

そう言って微笑む名前の笑顔に鬼灯は言葉を失った。
仕事馬鹿だと心の中で馬鹿にして、仕事ばかりの彼女に呆れた。
しかしこれほどまでに誇りを持って、愛情を持って真摯に仕事をする彼女はとても輝いて見える。
そういう無邪気なところに「そうだったのか」と納得する鬼灯は、表情に出てしまわないように行き先に顔を向けた。

「次に行きましょうか」
「はい!」

飛び跳ねるように歩く名前は時間を忘れたように夢中になっていた。


***


最後に、と言って連れてきた地獄は衆合地獄。
獄卒の八割が女性という特殊な地獄は煌びやかで艶かしく、他の地獄とは違い名前も興味津々だ。

「どうしてここに?」
「ここでは女性は誘惑係です。しかし近年女性が拷問する機会も増えてきたので、ぜひあなたに協力してほしいと思いまして」
「うーん……あ、私の得意なあれですね!」
「あなたはそれしか出来ないでしょう?」
「えー…頑張れば誘惑だって出来そうです」

くすくすと笑いながらちらりと衿を肌蹴させれば、鬼灯は「はしたない」と一蹴した。
肩を竦めながら元に戻せば名前はうんうんと頷く。
先日のお礼ではあるが、タダで地獄の見学をさせるなど甘い鬼灯ではない。
女性が簡単に扱えるような武器を作って欲しい。鬼灯はそう言っているのだ。

「女性が扱いやすいよう重量を抑え、それでもってか弱い女性でも威力を出せるような……」
「さっそくですか」
「鬼灯様のご依頼とあらば誠心誠意お応えしますよ。それと新しいものを作るときはいつもわくわくです!」

再び笑う名前はメモを取りながら衆合地獄を見て回る。
女獄卒たちの妖艶な誘惑に釘付けになってみたり、亡者の凄まじい精力に圧倒させられたり。
地獄を楽しんでいる姿は獄卒に欲しいくらいだ。



一通り見て歩いた二人は刑場の門をくぐり外へ出た。
辺りはすっかり暗くなり、衆合の花街は活気に溢れどこからか笛の音や太鼓の音が聞こえてくる。
煌びやかな夜の街に名前はふうと息を吐いた。

「楽しかったです。本当にお昼まで寝てたことが悔やまれます」
「そうですね。少し駆け足でしたし」
「でもよかったです。帰ったら考えますね」

メモをちらちらと振って懐へ仕舞う。鬼灯は「お願いします」と呟いた。
名前は頷きながら鬼灯を見上げる。
半日だが鬼灯と並んで地獄めぐりをするのは楽しかった。仕事のこともそうだが、忙しい補佐官様を独り占めしたと思うと気分はどことなく特別感に溢れ嬉しい気持ちになる。
自分だけに相談してくれた武器のこと。頼りにされているんだと考えるとやる気も出る。
ご機嫌な名前は鬼灯に頭を下げた。

「ありがとうございます、鬼灯様」
「いえ、この間無理に手伝わせてしまったので。しかし良かったんですか?高級呉服店に行きたいと言っていれば上手く買わせることも出来たかもしれませんよ」
「何言ってるんですか。確かにそれも魅力的ですが…それなら新しい道具が欲しいですね。あ、すごい使いやすい大槌があるらしいですよ。なんでも…」

鬼灯のひねくれた提案に笑いながら、それならと考える。
どうやら名前は着物より仕事道具の方がいいらしい。名前らしい答えである。
そこからまた説明し出すと話は長くなるため、鬼灯は適当に頷き遮った。

「本当に仕事が好きですね」
「はい、大好きです!」

今日何度目かの砕けた笑顔。それに言葉まで付けば違うことも考える。
それを向けられた鬼灯の眉間にはいっそう皺が寄り、名前の笑顔は引き攣っていく。なにやら怒らせてしまったかもしれない。
「帰りますよ」と歩き出す鬼灯に名前は「待ってください」と隣に並んだ。

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