02 注文


住所で言えば等活地獄の三丁目。百貨店などにも品を卸す老舗店の外見は意外にも小さくほのぼのとした雰囲気のお店だ。
言うなればケーキ屋でもやっていそうな佇まい。それは店主である名前が面白がって外装を改装するからである。
あるときは花屋風に、あるときは高級レストラン風に。
間違えて入ってきた客に武器を売り込むというトラップに、鬼補佐官は「亡者に使えそうですね」と呟いたこともある。
しかししっかり看板には「blacksmith」というポップ調の文字が掲げられているのだ。

「字体が個性的過ぎてもはや何て書かれてるかわかりません」
「横文字の特権ですね!それっぽく書けばケーキ屋さんにも高級レストランにも見えるんです」
「鍛冶屋という名の鍛冶屋…」
「わかりやすくていいでしょう?」

楽しそうに笑う名前に、鬼灯はため息を吐くばかりだ。


02 注文


ふぁ、と欠伸を零す名前の前に不穏な影。名前は瞬時に店の隅まで後ずされば、やって来たのは鬼補佐官様だ。

「怖いですよ…音も立てずに入ってこないでください」
「失礼」

からんとドアベルが鳴るはずなのだが、どうも鬼灯は鳴らさずに入るテクニックを持っているらしい。
名前は驚いた心を落ち着かせるように息を吐いた。今日はまた注文だろうか。

「金棒をお願いしたいのですが」
「金棒…あの、納期は長くしてくれると嬉しいです。最近忙しくて」
「ああ、この間の騒動の件ですか」

あの騒動から新たな客が増えたらしい。最近はもっぱらその人専用の道具を作っている。
一応大量生産用の機械はあるが名前はあまり使わない。それにオーダーメイドとなれほとんどが手作業だ。
一つ一つ手作りするのは時間がかかるが、それでも早いものなら一週間も掛からず作り上げてしまうのだから、名前はたいしたものだ。

「最近は色んな機械があるんでしょう?」
「うちには一昔前のしかないですけどね。やっぱり自分で作るほうが楽しいですし、なんといっても達成感がありますよ」
「作る人の思いが込められるのですよね。私はあなたが作った武器、好きですよ」

店に並ぶ金棒を手に取りながら、鬼灯は珍しくそんな言葉を口にした。
名前は目を丸くして嬉しそうに笑う。

「珍しいですね、鬼灯様が褒めてくれるなんて」
「ですので納期はいつもと変わりません」
「ええー…」

そのために言ったんですか、と残念がる名前に非情にも鬼灯は書類を押し付けるのである。
それに渋々サインをしながら、名前は材料などを確認する。その間に鬼灯は店内を見て回っていた。
拷問器具を扱う店ではあるが、包丁や鋏などの刃物も豊富だ。
よく切れそうだと眺める鬼灯に名前は書類を差し出した。

「小刀なんてどうです?懐に忍ばせておけばもしものときに使えますよ。金棒を持って歩けないときとかあるでしょう?」
「そうですねぇ…あっても困らない気がしますが」
「お安くしますよ」

鬼灯は名前にとって最高の客。優秀な第一補佐官様は給料も弾むはずだ。名前は鬼灯が来るたび商品を勧めるがいつもいまひとつ。
これはどうです?なんて無邪気にはしゃいでいる姿を見ると、本当に道具が好きなのだとわかる。
鬼灯はため息を吐くと見ていた小刀を手に取った。

「では、これと同じのをオーダーメイドで頼みます。もちろん、機械など使わずすべて名前さんの手作りで」
「え、え!いいんですか!?」
「はい。オマケはしてくれるんでしょう?」
「今ならこちらの日本刀とセットで……冗談ですよ、刀持ってそんな顔しないでください。扱い方が素人じゃないです!」

今にも人を殺せるような殺気を込める鬼灯から、名前はその刀を受け取った。
そして鬼灯が武器を持っているときに変なことは言わない方がいいと学習する。
新たな注文書に情報を書き込みながら、名前はそれを机の一番見えるところに貼り付けた。

「注文書はそっちのファイルじゃないんですか」
「鬼灯様のは特別です。時間をかけて作りたいので、少しお時間ください」
「まぁ、いいですけど」

今すぐ必要なものではない。特別という言葉がどういう意味を含んでいるのか、ファイルをめくりながら険しい顔をする名前に他意はないだろう。
貼り付けられた注文書には名前の丁寧な字が書き連ねられていた。

「はぁ…鬼灯様が持ってくる仕事は最優先でしなくちゃならないので、他のお客様に渡すのが少しずつ遅れてしまう」
「少しくらいいいではありませんか」
「なるべく早く良いものを差し上げたいんです。お客様の喜ぶ顔が見たい」
「仕事熱心ですね」

まったく悪びれずに鬼灯は店のドアを開ける。地獄の生暖かい空気が店に入り、注文書が風に揺れた。
「では、お願いします」と出て行くホオズキの模様を眺めながら、名前はくすりと笑った。

「仕事熱心なのは鬼灯様でしょうに」

ちらちらと時計を確認していたのを見逃さなかった名前は、閻魔殿で机に向かう鬼灯を思い浮かべる。
徹夜のときに納品するのは怖いんだよな、と身を震わせ早速武器作りを始めた。


***


地獄の中心にずっしりと厳かな雰囲気をまとって構える閻魔殿。遠くからでもその威厳は見て取れるが、目の前に来ると余計に感じることが出来る。
ここに怖い閻魔様がいるかと思うが実際怖いのはその補佐官で、今から彼に会うのだと思うと徹夜の頭も多少は改善されるのだ。

「間違いありません。確かに受け取りました」
「はぁ〜……」

確認作業を終えてようやく納品。名前は金棒の入った箱に寄りかかりながら盛大にため息を吐いた。
納品すると安心するのか、気の抜けたように息を吐く。
いつも納品しては繰り返すこの行動に、鬼灯も「また徹夜か」なんて思う。徹夜させるようなスケジュールで頼んでいるのは鬼灯なのだが。
疲れた様子の名前に礼を言えば、名前は顔を上げて楽しそうに笑う。
そこへ獄卒たちがやってきた。

「名前さんだ、こんにちは!」
「名前さん、これ使ってるよ。すっごい使いやすい」
「あ、どうも。メンテナンスは無料でしてますので気になることがあったらぜひ来てくださいね」

ぴしゃりと営業スマイル。先ほどとは違い背筋をしゃんと伸ばして営業する姿は、実態を知っている鬼灯にとってはあまりにも滑稽だ。
次々と名前に会いにやってくる獄卒たちは皆彼女に武器を作ってもらったらしく、使い心地や感謝を込めて親しげに話す。

あれ以来獄卒の中で名前の名前は有名になった。あれだけ暴れれば当たり前だろう。前までは「業者さんに挨拶」だった獄卒も今では「名前さんに挨拶」と、納品日がいつか聞いてくる者までいる。

「ああ、今回のは特に耐熱に優れているんです。阿鼻地獄なんかだと武器が溶けてしまうことがあるので」
「へぇ〜、確かに聞いたことあるな」
「俺も阿鼻で一本ダメにしたしなぁ」

武器に興味を持つ獄卒を眺めながら鬼灯はパンと手を打った。いつの間にか増えている獄卒たちと名前の視線が集まる。
鬼灯は彼らを睨みつけながら「さっさと仕事に戻りなさい」と言い放った。
その重低音に身を震わせながら、獄卒たちは各々来た道を引き返していった。

「興味があればお店に来てくださいね〜!」

名前はそんな彼らに最後まで営業文句を言ってのけた。

「まったく…研修のときにいろいろ説明したはずですが」
「いいじゃないですか。道具を知ることで扱い方も変わるんですよ。そうすればだんだんと持つ者の手に馴染んで、自分だけの道具になるんです。最後の仕上げはお客様なのです」
「すばらしい営業トークありがとうございます」
「いえいえ」

冗談言いながら名前は肩の力を抜く。ふあ、と欠伸をするのは彼女の癖なのか、ただ単に眠いだけか。
うーん、と伸びをする名前に鬼灯は時間を確認した。

「少し早いですがお昼はどうですか。閻魔殿の食堂ですが」
「行きます行きます!」
「奢りませんけどね」

パッと顔を上げた名前が、次の瞬間口を尖らせたのを鬼灯は見逃さなかった。
ケチな補佐官様ですね、と悪態吐くその頭に拳骨を落とせば、それでも嬉しそうに名前は見慣れた閻魔殿の廊下を歩く。
その間にも武器の説明をする名前に、今度は鬼灯がため息を吐いた。

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