目隠しと油断


今日は対上司用に特別顧問から秘伝の芥子味噌を教わってきた。
最近調子悪いからこれでいつもの感覚を取り戻そう。なんて、いつもの後姿にピースサインを作った。
その二本の指に芥子味噌をつければ、あとはこれをお見舞いしてあげるだけだ。

「鬼灯さん鬼灯さん!」
「どうしました……」

振り向いた鬼灯さんの顔に向かって二本の指を突き立てる。完全不意打ちだし少し外れても薄い皮膚には染みるだろう。
そう思ったのに、なぜか私がピンチになっている。

「ちょっと待って、一旦落ち着きましょう。ね?」
「あなたが仕掛けてきたんでしょう?これなんですか」
「これは…目に付けるといい薬で…」
「では自分に刺しなさい。そして痛みに苦しめばいい」

絶対何かわかってて聞いてきてるなこれ。自分の指が自分の目に向けられて、その距離数センチ。
嫌だ、絶対嫌だ。こんなの目に刺さったら痛いどころか、しばらくまともに目が開けられない…!
ぐぐぐ、とお互い力を入れ合い均衡状態のまま数秒。そろそろ私の腕がつらい。
これは本当にまずい気がする。

「あ、あの…鬼灯さん、かわいい彼女の目が見えなくなってもいいんですか?」
「すぐに回復しますよ」
「でもその間何も見えないんですよ!そうだ、鬼灯さんの顔が見れなくなるのは嫌です!」
「…そうですか」

どうにか回避しようと、思ってもいない言葉を並べれば、鬼灯さんは納得したように力を抜いてくれた。
誰があんたの顔なんか見たいか。ばーか。

「ちょっ…い、痛いっ…!何するんですか…!!」

私の考えばれてたのかな。それとも最初から油断させる気だったのかな。
この鬼本当に刺してきたよ。芥子味噌ついた指を目に刺してきたよ!
いや、本当に痛いから。これ失明とかしない?大丈夫?
あまりの痛みにしゃがみこんでいれば、鬼灯さんは冷たい視線で私を見下ろしている。絶対そうだよね。見えないけどそうだろ!
手も差し伸べてくれないんだもん。酷い奴だ。
声も上げずに悶え苦しんでいれば、さすがの鬼灯さんも心配になったのか私の肩に手を置いた。

「自業自得ですよ。とりあえず洗い流しなさい」

鬼灯さんは私を立ち上がらせると背中を押した。
両手で顔を押さえたまま私は鬼灯さんの言うことを聞いて大人しく手当てした。




「ということなんです」

ことの次第を閻魔大王に伝えれば乾いた笑い声が聞こえた。苦笑してるな絶対。

「鬼灯君もさ、なにも目潰ししなくても」
「そうですよね。酷いですよね!」
「名前が悪いんです」

痛いよ。今何かされても対処できない。足蹴飛ばしてくるなんて酷い。
あのあときれいに洗い流し目薬も打ったけど、しばらく目を開けるなと言われて目が見えない。
開けたところで痛いだけだしどうせ見えないし大人しく従っている。
包帯ぐるぐる巻きで何があったんだと、すれ違う獄卒に説明するのが少々めんどくさい。
そして今私の情報は聴覚と触覚にかかっている。嗅覚はまぁ…私犬じゃないし。
一番大事な視覚が失われて上司との攻防ができなくなった。これじゃあやられっぱなしだ。

「目が見えないと色々不便だね」
「鬼灯さんの嫌がらせに対応できない…」
「いや、それもそうかもしれないけど、仕事も出来ないし」
「忙しいのに迷惑な話ですよ、本当に」

悪かったな。でも今日の分はほとんど終わらせてるし。鬼灯さんに仕事を押し付けられたと思うと少しやり返せた気分。
そう思うことにしよう。

でも一応閻魔大王だけには謝っておこう。仕事増やしてごめんなさい、と。
私には、と言いたいのか手をギリギリと握ってくるのをどうにかかわしながら苦笑していれば、鬼灯さんは諦めて強引に手を引いた。
閻魔大王はその様子に「そうか」となにやら納得している。

「目が見えないから手を繋がなきゃいけないんだね」
「仕方なく。鬼灯さんを頼るのは屈辱的です」
「そんなこと言ってるとまた痛い目見ますよ。今名前の主導権を握っているのは私なんですから」

鬼灯さんが主導権とか言い出したらなんか怖い。
目が見えなくなってから歩くときは手を握られて、こんなに手を繋いだのは初めてかもと思うと恥ずかしくなる。
閻魔大王もわざわざそういうこと言わなくてもいいのに。そして鬼灯さんはそれをいいことに私をからかってくる。

「ですから簡単にこのようなことができる」

そんなことを言って私の唇に触れた。

「……ちょっと何するんですか!?」
「キスです」
「わかってますよ!」

からかってるのもわかってるよ!でも抗議しないわけにはいかない。
わざわざ閻魔大王の前でそうやって…!あぁもう、顔が熱くなってくる。不意打ちは苦手なんだよ…。
目が見えなくて余計に恥ずかしいというか、その感覚に集中してしまうというか。
殴ろうと思ったら抱きしめられてしまった。

「顔が真っ赤ですねぇ。いつものと違いましたか?」
「いつもというほどしてないだろ。離せ!」
「おや、毎朝行って来ますのちゅーを」
「してない!」

そうやって誤解を招くようなこと言うなよ!閻魔大王が信じちゃう。
ああもう、顔が見えないからどういう反応してるのかわからないし、こっちからも無言の圧力というものができない。
鬼灯さんに力で敵うはずもないし…どうすればいいんだ。

無駄な抵抗をしても疲れるだけだと大人しくなれば、鬼灯さんも手を緩めてくれた。
殴りたいけど手を出したら返り討ちだし…でもこのままじゃ抗議もできない。
せめて文句のひとつでも、と思ったら、また唇に温かいものが触れた。今度はそれが口の中に入ってくる。

「ん…んん!」

逃げるように舌を引っ込ませるがその前に絡め取られてしまった。
一体何をしているんだこの上司は。いくらなんでもこれは…仕事中なんですけど!
濃厚なキスを見せられた閻魔大王はきっと呆れてる。そこは小言のひとつでも言ってほしいんだけど、大王に期待するのは駄目か。

さっきと同じで視覚情報がない分、こっちの感覚が研ぎ澄まされている。
どうしよう、ちょっと気持ちよくなってきた…。久々にキスしたからかな。
つい私も受け入れ態勢になれば、ようやく閻魔大王がわざとらしく咳払いをした。
ナイス大王。もうちょっと早ければよかったけど。
仕方なくというようにゆっくりと離れていく鬼灯さんは小さく息を吐いた。いつの間にか私も息が上がっている。

「あのさ…そういうのはここではしないでよ」
「すみません。目隠ししている姿につい気持ちが昂ぶってしまいました」
「変態め」

私たち以外誰もいないからまだいいものの、閻魔大王も見せられてたまったものじゃない。
そして鬼灯さんはまた変なことを言ってる。もう嫌だ。こんな変態と付き合ってるとか認めたくない。
まだ手を握っているのを振り払えば身を翻す。
この調子でいたら心がもたない。

「もう知りません!」
「名前、一人でどこに行くんですか」

たっ、と駆け出せば鬼灯さんの声が背中に聞こえた。
目が見えなくても少しくらいは歩ける。柱にぶつかりながら法廷から出れば、部屋にでも篭ろう。

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