目隠しと油断


と思ったんだけど……意外にも目が見えないというのはつらい。
感覚を頼りに歩いても全然わからなくて、もう何回か壁にぶつかっている。
手を伸ばしながら壁沿いに歩いてみても、どこを歩いているのかさっぱりだ。
ついに足を止めて壁に寄りかかる。誰か来たら連れて行ってもらおう。
そうすればタイミングよく獄卒が通りかかった。

「名前さん、何してるんですか?」
「ちょっとね…目が開けられなくて」

どこの誰だか知らないけどナイス!男の獄卒だったのが少し心配(鬼灯さんの被害者的な意味で)だけど、バレなきゃ大丈夫だ。
さすがに見知らぬ人に自分の部屋は案内できないからと、食堂にとお願いする。
獄卒は快く引き受けてくれた。私の手を取り隣を歩いてくれる。
これ鬼灯さんに見られたら死ぬな…この獄卒が。そう思うと少し申し訳ない気もする。

先導されながらそんなことを考えていれば、さっきからこの獄卒は妙に近い。
手を握られているのもあるけど、なんだかそれだけじゃないような気がした。

「名前さんって、鬼灯様と付き合ってるんですよね?」
「え?まぁ…はい」
「ずっと嫌いって言ってたのに、どうしてですか?」

どうしてって言われても…私にもわからないんだけどそれは。
返答に困っていれば、獄卒はぴたりと足を止めた。よくわからなくて私も足を止める。
いつの間にか私の後ろには壁があった。

「鬼灯様に酷いことされてるんでしょう?なんで付き合ってるんですか?やっぱり顔ですか?」
「いや、別に顔は…でも、うーん…」

あの整った顔で見つめられてやられた気もする。
いやいや、あんな般若みたいな顔のどこがいいのか…。
あやふやに誤魔化していたら獄卒はさらに食いかかる。

「じゃあ僕はどうなんですか!?」

そんなこと言われても見えないんだけど…。というかこの獄卒は急にどうしたんだろう。
全然状況がわからない。やっぱり視覚は重要なんだね。
苦笑していれば獄卒が近づいた気がする。

「僕なら名前さんにあんなことしません。ねぇ、鬼灯様なんてやめて僕にしませんか?僕はずっと名前さんのことが好きなんです」

呼吸がかかりそうな距離に思わず押し返した。何言ってるんだこの人。もしかして変な人に助けを求めてしまった?
拒絶するような私の行動に獄卒は私の手を掴んだ。
これはただの冗談…にしては獄卒の行動がおかしい。興奮したように息を上げて私の腕を思い切り引いて歩き出す。
その手を振り払おうとすれば、獄卒は私を投げ飛ばした。
衝撃に受身を取ろうとすれば投げ飛ばされた先はダンボールか何かが積まれていてそこまで痛くはなかった。
けれどピンチには変わりない。これはまさかの襲われてるってやつですか!?

がちゃりと鍵の閉まるような音が聞こえてさらにその不安が心を占めた。
どうしよう。軽く状況を分析している場合じゃない。
少しくらい、と目を開けてみてもまだ痛くて無理で、近づいてくる獄卒は私の頬に触れた。

背筋に悪寒が広がる。嫌だ、すごく気持ち悪い。
いつものように抵抗しようとしても、なぜだか体が動かなかった。
こんなの鬼灯さんから受ける嫌がらせに比べたら簡単に抜け出せるのに。
殴ってしまえばいいとわかっていても体が固まってしまってどうしようもない。
私、こんなのに恐怖を感じてるの?目が見えないのがこんなに怖いの?

「名前さん…」
「っ…い、いやっ!」

かろうじて反応した手で近づいてくる獄卒を牽制する。それでも男性相手にそれでは不十分だ。
ぎゅっと抱きしめられてさらに嫌悪感が広がった。

「いつも鬼灯様と喧嘩してるのに僕には手を上げないんですね。期待してもいいんですか?」
「違います、離れてください…!」
「そういえば名前さんは照れ屋でしたね」

違う。本当に嫌だ。こんな奴ぶっ飛ばしてやらなきゃ。
ぐぐ、と拳に力を入れたのと、部屋のドアが蹴破られたのは同時だった。
私から獄卒が引き離され、獄卒の苦しそうな声が聞こえたと思うと、どさりと床に落とされたようだ。
私はその人に駆け寄るようにして立ち上がると思い切り抱きついた。

「鬼灯さん…!」

思わず安堵の声が出ればぎゅっと抱きしめる。別にからかわれてもいい。
少しだけ安心できる場所にほっとしていれば、鬼灯さんも抱きしめ返してくれた。
でも何も言ってくれない。怒ってるんだろうな。急に飛び出してこんなことになってて。

だんだん頭も冷静になってきて落ち着いていれば、少しだけ違和感を感じた。
鬼灯さんにしては少し細いような…。それにこの独特な香りを纏う人物はまさか…。

「…鬼灯さんじゃないですよね?」
「あれ、バレた?」
「やっぱり白澤さん…!」

なんていう人に抱きついてしまったんだ。確認しなかった私も私だけど、いや、確認なんてしようもないけど!
離れようとしても抱きしめられていて無理だ。白澤さんも背高いし閉じ込められたら身動きが…。

「なんで気づいたの?抱きしめただけでわかるとか、何だかんだ言って名前ちゃんアイツと結構こういうことしてるんだ」
「してません!鬼灯さんはもっとガタイがいいんです!」
「ほら、わかってる」

それはよくからかわれて抱きつかれるから…って、白澤さん絶対聞いてない。というか離せ…!
力を入れていれば白澤さんは「まぁまぁ」と笑った。頭撫でるなって!

「大丈夫?見たところ襲われてるようだったから助けたんだけど」
「あ…ありがとうございます」
「アイツもなんで目の見えない名前ちゃんを一人で歩かせるかな」
「それは私が勝手に…」

どうやら鬼灯さんが白澤さんに薬を頼んでいたようだ。心配だからとわざわざ届けに来たらしい。
すけこましだけど心配してくれたことは嬉しいしお礼くらい言っておこう。その手がなければ本当に感謝したのに。
抱きしめつつ頭を撫でくりまわす白澤さんをそろそろ殴りたくなってきた。

そしてそこに丁度いいタイミングで現れるのが私の上司です。本当に見計らったように来るよね。
私の名前を呼んだ鬼灯さんの声色がどこか不安げで、もしかしたら私のこと心配して探してたのかな…なんて。
そう思っているうちに白澤さんはコテンパンにやられていた。

「名前大丈夫ですか?この淫獣に何かされませんでしたか?」
「まぁ…大丈夫です。抱きしめられただけです」
「万死に値する…!」
「ま、待てよ!僕は」

床に転がっている獄卒について事情を説明しようとする白澤さんに私は思わず首を振った。
白澤さんはそれに気がついて一瞬口を閉じる。その間に鬼灯さんからの制裁を受けた。
あぁ…可哀想に。私を抱きしめたのが運の尽きだね。
やがてすっきりしたのか息を吐く鬼灯さんは、もう一人転がってることに気がついた。

「これはなんですか」
「さあ…サボりじゃないですか?」
「たるんでますね…」

鬼灯さんは獄卒を金棒で殴れば、獄卒は目を覚まして起き上がる。そして鬼灯さんがいることに驚いて一目散に逃げていった。
バタバタと足音が遠ざかっていくのを聞きながらとりあえずこれで一件落着。
鬼灯さんは白澤さんから薬を奪い取ると私の手を引いた。
私はそれをさらりとかわすと白澤さんの元へ駆け寄った。

「白澤さんすみません。なんか色々」
「いや、いいけどさ…いいの?」
「鬼灯さんに心配かけたくないから…」

鬼灯さんはああ見えて私のことを考えてるし、余計な心配はかけたくない。
さっきのは私の勘違いかもしれないけど、もしそうだったら私の身勝手でこうなっていて申し訳ない。
それにあんなのに遅れを取ったことなんて知られたくない。
白澤さんはどんな表情をしてるんだろう。そっか、といつものように呟くのを聞きながら、後ろから手を引かれる。

「何話してるんですか。行きますよ」
「薬のお礼を」
「律儀ですねぇ…」

鬼灯さんの手を握り締めながらその部屋をあとにした。それにしても白澤さんが不憫だ。

2/3
[ prev | next ]
[main][top]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -