きっと気のせい


「あ、二人とも仲直りしたの?よかったねぇ」
「これのどこを見てそう思ったんですか?そもそも仲直りするほど仲良くありません」
「名前ちゃんのその態度を見ると仲良いなって思うよ」

アホ大王は今日も今日とて脳みそが足りてないようです。
あ、私が失礼なこと思ったの感じたっぽい。でもへらへら笑ってる。
そして私は鬼灯さんの脇に抱えられているわけですが。
それもこの状態のまま閻魔殿の中ぐるっと一周したよ。ものすごい嫌がらせだよね。やっぱり怒らせるものじゃないよ。

はぁ…と心の奥底から溜めに溜めた息を吐けば、なんだかんだ言っていつも通りに接しているなとほっとする。
これでこそ上司と部下の日常のやり取り。あれ、なんか鬼灯さんに毒されてない?
そうだそうだ、転属願いを出して早々にこんなところおさらばしなくてはならないのだ。目的を見失ってはいけない。

とにかく、昨日までの気持ちは収まりつつある。やっぱり心が弱ってたんだ。
落ち着いて考えればどうってことはない。キスなんて今更だ。
だんだんと心に余裕が出てきた。鬼ごっこをしたのがよかったのかもしれない。
報告に来た獄卒と話すため、鬼灯さんは私を床に落とした。

「痛い…やると思ったけどさ」
「それの確認はこちらでやりますので、これをそちらでやっていただければ」
「無視だよね。わかってるよ」

わかってますとも。いちいちキレたりしませんよ。
そして大王は何でそんな微笑ましい様子でこちらを見ているんでしょう。私今痛い目に遭ったんですけど。
もうダメだな、どいつもこいつも…。

起き上がって埃を払っていれば、鬼灯さんは獄卒と法廷を出て行ってしまった。何かやり返してやろうと思ったのに。
その背中を睨みながら、アホ大王が変なこと言い出す前に私も退散しよう。
おっと、その前にこれ出しとかなきゃ。

「はい、大王」
「思うんだけどさ、これいつ書いてるの?毎回書き直してるんだよね?」
「仕事終わりとか寝る前に」

転属願いの封筒を渡せば、閻魔大王は慣れた様子でそれを懐に仕舞った。いつものこと、と済ませているのがなんともいえない。
その中に私の苦労が書かれているというのに。まさに日記のごとく。
出す度に破り捨てられるからこっちも意地になって出し続ける羽目に。
一体今までに何枚書いたのだろうか。「転属願」と書かれた封筒を量産したはずなのに、もうそろそろ底をつきそうだ。
考えれば考えるほどあの上司に殺意が湧いてくるからやめよう。

「大王が承認してしまえばいいんです。あなたそれでも鬼灯さんの上司でしょう?」
「それでもってどういうこと…。でもわしは転属してほしくないし」
「部下がパワハラやセクハラを受けているというのに、暢気なものですね」

現世なら大問題なのに。それに閻魔大王はそれを裁く立場だろうに。
言っても聞かないだろうからやめておこう。仕事しないと残業になっちゃう。

「でもなんだかんだ言って仕事はきっちりしてくれてるじゃない」
「仕方ないんです、仕事なんですから。ほら、サボってたらまた部下にいじめられますよ。怖〜い顔したドS鬼神に……」
「喋ってないで仕事なさい」
「……こんな風に」

執務室に戻ろうと振り返ったら目の前にいましたよ鬼神様。金棒で床に叩きつけられたよ。なんで私ばっかり。
閻魔大王は震え上がりながら筆を執るが逆さまだ。ご自慢の髭に墨がついてます。
そして鬼灯さんは何食わぬ顔で報告済ませてるよ。

「これから黒縄地獄に行ってきます。獄卒が一人やらかしたようなので」
「うん…行ってらっしゃい」

あ、大王も食らった。黒縄地獄の獄卒も何したのか知らないけどこれじゃあ済まないだろうな…。
鬼灯さんは閻魔大王にサボらないように釘を刺しながら、金棒を担ぎなおして身を翻した。
私は鬼灯さんがいない間に少しでも仕事を終わらせて早く帰るんだ。
またしても着物を払いながら起き上がれば、鬼灯さんは思い出したように振り返った。

「そうだ、名前に渡すものがあったんです」
「なんですかこれ」

謝りもせずに何かを差し出してきた。これは封筒。
受け取ってからまずいと思う。また面倒な仕事を押し付けてきたのかもしれない。
だってこれ閻魔庁の正式な文書を入れる封筒だよ。他の庁とやり取りしたり、辞令や機密文書のときに使うもの。
絶対ろくなことないよ。

「やっぱり返します」
「いいんですか?あなたが欲しがっていたものですよ?」
「そんなこと言われても騙されません」

どうせそう言って押し付ける気だ。
いりませんと突き返しても、鬼灯さんはさらりとかわして無理やり私にそれを預けて行ってしまった。
遠ざかっていく後姿を見つめながら思わずため息が漏れた。仕事が増える…。

「何それ?」
「さぁ。でもろくなことじゃないですよ」

関わりたくないのか興味なさそうに聞いてきた大王に返答しながら封筒を開ける。
中には一枚の紙が入っていた。

「……なにこれ」

それに書かれた文字を見て、私は鬼灯さんの元へ駆け出した。

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