きっと気のせい


「名前、これなんですけど」
「あ、お香さん!」

後ろからなんか嫌な声が聞こえたけど無視無視。
お香さん今日も綺麗だな。お昼ごはん誘っちゃおう。




「そうだ名前」
「大王に呼ばれてるんだった」

そうそう、この書類の束持っていかないと。
暢気に上司と話してる暇なんてないよね。




「名前」
「まずい…」

退路が塞がれた。いつも以上に不機嫌な顔をしている鬼灯さんに追い詰められて逃げ道がない。
怒っている理由はあれですよね。今日一日ずっと避けてるからですよね。
いや、当たり前だと思うけどね。あんなことあったしね。顔も合わせたくないよね!

「こっちを見なさい」
「ほっへはふははらいれくらはい!(ほっぺた掴まないでください!)」

両頬潰されてたこみたいな口になってるよ。それも片手でやられたら親指が頬に刺さって痛い。
嫌でも顔を合わせることなって、なんだか久しぶりの顔だなぁ…としみじみ思う。すごい怒ってるなぁ…。
とりあえず離してくれたからいいものの、完全に逃がさないって顔してる。

「…なんですか」
「あなたのあからさまな態度について」
「嫌いな人を避けて何が悪いんですか?」
「仕事に支障が出ては困るでしょう?」
「出てないので困りません」

全然出てない。むしろ仕事に精を出しすぎて今日はきっと残業なしだよ。
鬼灯さんは私に避けられてるのが気に食わないのだろう。
そうだよね。声をかけては無視されて避けられたら腹立つよね。

「だいたい鬼灯さんが悪いんです」
「まぁ、あれは私もやりすぎた感は否めませんが、そもそもあなたが隙だらけなのがいけないんです」
「人のせいにしないでください!」

悪いのは完全に鬼灯さんじゃないか。勝手に怒って勝手に主張してさ。
あれがいつものからかいだったと知って殺意が湧いた。
しばらくどうすればこの鬼を痛めつけられるか考て、全部返り討ちにされるところまで想像してやめたよ。

鬼灯さんはやっぱりおかしい。私をいじめてからかって遊ぶだけのためにあんなことする。
変な感情を抱いているんじゃないかって悩んでたのが馬鹿馬鹿しい。あれは気のせいに違いない。
このクソ上司は私をいじめることに全力を尽くしているんだ。真面目に考えただけ無駄。
あ、久々だクソ上司って表現。いつの間にか「鬼灯さん」だ。心境の変化って恐ろしい。そして納得がいかない。
顔見てたら角折りたくなってきた。

「近いです」
「今日はしっかり名前のことを見られなかったので嬉しくて」
「あんたの表情から一ミリも嬉しさが読み取れないんだけど」

離れろこの鬼。鬱陶しい顔を手のひらで押し返せば、いつものような反撃は来なかった。
代わりに鬼灯さんはその手を握って言うのだ。

「でもすみませんでした。つい感情的になってしまって、名前の気持ちを考えていませんでした」
「は…なに急に。気持ち悪い」

なぜ謝る。急にそんな申し訳なさそうにして。やっぱり読めない、この人の行動。
そしてよく考えてみればこんな似た状況どこかであった気がする。優しい言葉をかけたと思ったらいつも通りに戻るんだ。
えーと、この場合あとに続く台詞は…。

「名前に避けられるのはつらいです。許してくれませんか?」
「そう言ってからの?」
「逃げられると思うなよ」
「バリトンボイス!」

怖い。超怖いんだけど。完全に悪役の台詞だよ。
というかやっぱりオチあるんだね。わかってたよチクショウ。いちいちドキッとするようなこと言ってくるから…。
とにかく逃げないといけない気がする。無理ですね、ハイ。

「私は名前と仲直りしたいだけなんですけどねぇ」

仲直りなんてかわいらしい言葉。私今力でねじ伏せられてる気がするんだけど。
金棒片手にそんな凶悪顔で何言ってるんでしょう。
怖いから従っておこう。痛い目見たくないもん。私まだ死にたくないもん。
わかりました!と全力の笑顔で応えてあげれば金棒は置いてくれた。

「仲直りのキスでもします?」
「さっきまでの申し訳なさどうした」

とりあえず腹立つけど手出したら捕まえられるの知ってるから止めておこう。もう学習済みですよ!
だからここは大人しく逃げるか、仕事に戻るか…。

鬼灯さんは顎に手を添えながら私を見つめている。またろくでもないこと考えてるなこれは。
じっと見つめられて居心地が悪い。やっぱりまだ目を見るのは心臓に悪いから止めておこう。
睨み合いから視線を外せば、鬼灯さんはこてんと首を傾げて私の顔を覗き込んだ。
大の大人がそんな仕草したってかわいくないんだよ。

「もう少しなんですけどね」
「何がですか。いいから退いてください」

ぶつぶつと…でも退けてくれたからいいや。今のうちに逃げよう。

「そういえば名前」
「まだあるんですか?」
「昨日までの書類が提出されてないんですけど」

そら逃げろ!そんなの全然覚えてない!正直昨日は心ここにあらずだからね。しょうがないね。原因は鬼灯さんだもんね!
しばらく仕事も忘れて本気の鬼ごっこを楽しみました。

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