きっと気のせい


「おはよう…って何してるの?名前ちゃん」
「しっ!鬼灯さんいないですよね?」

あのあと結局残業をしてなんとか仕事を終わらせた。睡眠時間が削られて眠いです。でもいつものことだから大丈夫。いつもと違うとすれば、私の煮え切らない心だけ。
こそこそと柱を伝って閻魔大王の下に向かえば、閻魔大王はやっぱり首を傾げた。
うん、今の私は完全に怪しい。不審者だ。

「いないよ」という言葉に周りを確認する。まだ鬼灯さんは来ていないようだ。
とりあえず安堵しながら「確認してくださいね」と書類を渡せば早く行こう。
あ、ダメだこの気配。廊下の向こうからなんだか嫌な空気が漂ってくる。まだバレてない。どこか隠れるところは…。

「名前ちゃん?」
「黙って!」
「は、はい」

閻魔大王は体が大きいから隠れるにはもってこいだ。それに鬼灯さんが机の前にいたら絶対見えない。
しばらくここで鬼灯さんがいなくなるのを待とう。
予想通り法廷に入ってきた鬼灯さんは、ワゴンをガラガラと押して閻魔大王に挨拶をする。
と思いきや、第一声に発したのは

「名前知りませんか?」

だった。
なぜ上司への挨拶よりも先にそれが出るんだ。そしてなぜ私を探している。
久しぶりに聞いたような鬼灯さんの声に、思わず胸が高鳴った。私の心臓は耐久性がないと思う。
またストレスだ。きっとそうだ。こんなことなら貰った薬飲めばよかった。

「名前ちゃんに何か用なの?」
「えぇ。部屋にも食堂にも、執務室にもいない。あとはここくらいなんですけどねぇ」

探し回ってる。私をあちこち探し回ってるよ。一体何だって言うんだ。
なんだかソワソワしてきて落ち着かない。どうしよう、バレたらとんでもないことになりそう。

「大王、後ろを気にしてどうしました?」

そんな声にハッとする。ちょっと、何であなたまで動揺するんですか。堂々として私を隠してくださいよ!
背中をつついてやれば、閻魔大王は「何でもないよ」と取り繕ってくれた。
けれど鬼灯さんがそれを見破れないわけがない。足音が近づいてきた。
私はそれに合わせて同じ方向に回る。机も大きいしこのまま回っていれば見つかるまい。

息を潜め、足音を殺していれば、鬼灯さんは立ち止まった。
バレてないバレてない。まだ大丈夫……この音はなに?
ガタ、と机の動く音がしたと思ったら、鬼灯さんはそれを持ち上げた。
持ち上げた!?意味わからないんだけど!どんな怪力。いや、この間家を持ち上げたとか獄卒が言ってた気がする。
それよりもその…私の姿が見つかってしまったわけですけど。

「かくれんぼは終わりですね」

絶対最初からわかってた。だってそんな顔してるもん。
私が鬼灯さんの接近に気がついたんだから、鬼灯さんが私がここにいることを察知できないはずがない。
それに閻魔大王の声って大きいし、名前なんて呼ばれたら居場所を教えているようなものだ。また大王のせいか…。

机は元通りに置かれ、私は鬼灯さんに捕まった。
昨日の後遺症で顔が見れないんですけど。さっきちらっと見ただけで、なんだかすごいモヤモヤした気持ちがですね…。
いや、ここはいつも通りに行けばきっと何とかなる。変なことを考えるから恥ずかしくなるんだ。食らえ!

「挨拶もなしに目潰しとはいい度胸ですね」
「痛い痛い痛い!指が折れる…!!」

そっち曲がらない方向だから!で、でもいける…!このままいつもの攻防に発展すれば誤魔化せる。
…何を誤魔化すんだ。別に隠したいことなんて何もない。ないけど…。

「腹立つ!!」
「おっと、正面から向かってきては無用心ですよ」
「はっ……」

思いっきり殴ろうと思ったのに、鳩尾抉る覚悟で行ったのに、抱きしめられた。
そこは反撃するにしてももっとこうさ、投げ飛ばすとか返り討ちにするような…。いや、まぁ、返り討ちには遭ってるんだけど。
腕の中に閉じ込められて動けない。本当に動けない。ちょっと、苦しいんですけど。
閻魔大王、じっと見てないで助けてください。セクハラの現行犯です。
無意識に顔は熱くなって、きっと真っ赤なんだろうな…ただ抱きしめられただけなのに。

「そうそう…」

離せ!と抗議していれば、鬼灯さんは何かを思い出したようにその腕を緩めた。けれど離してくれない。
顔も上げずに耳を傾けていれば、鬼灯さんの手が私の顔を掬い上げた。またそうやって…思い出すから止めて欲しい。

「昨日のはどうでしたか?感想聞くのを忘れてました」

やっぱり…!やっぱりそうやって遊んでるんじゃないか!
もう恥ずかしい。恥ずかしくて死んでしまいたい。勝手に何を期待してたのか。何もしてないけどさ!
久しぶりに合った視線に私の顔がさらに紅潮していく。鬼灯さんはそんな私の反応に愉快に笑うのだ。無表情だけど。

「さ…」
「さ?」
「最悪です!触らないでください見ないでください!!」

バッと手を振り払ってその場から逃げる。これ以上からかわれたら耐えられない。
喉の奥まで出掛かっている正直な気持ちを、ごくんと飲み込んだ。

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