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「ごめん」
滝を胸に抱いたまま、謝罪の言葉を口にすると滝がひく、と嗚咽を飲む。背中に回した手で死刑宣告を受けるがごとく俺の服をぎゅっとつかんで震えている滝に、俺はまたごめんと口にした。
「ひ、ひぐ…っ、ご、め…、ごめ、なさ…」
「違う、滝。違うよ」
俺の謝罪を、お断りの返事だと受け止めたのだろう。先ほどよりもひどくしゃくりあげ始めた滝の背中をゆっくりとさすってやる。
シャツの上からでも、所々腫れているのがわかる。俺よりも背が高く少し体格のよかったはずの体が、折れてしまいそうなほどにひどく線が細くなっていた。
こんな姿になってまで、俺のそばにいたかったのか。罰ゲームでここにきて、人をさんざんネタにして遊びにしていたこんな俺のそばに。
自分の鬱憤晴らしのためにお前を利用した俺なんかに、なんの価値があったんだろうか。
たった一度。
たった一度の偶然のために、自分の全てを差し出していた滝。罪悪感よりももっと大きな想いが胸を締め付ける。
滝。滝。ごめん。優しくしてやれなくてごめん。ひどいことばかりしてごめん。助けてやらなくてごめん。
「…好きだ…」
小さく小さく、だけどはっきりと口にした言葉は滝の耳にもしっかり届いたようで、先ほどまでしゃくりあげるほどだった涙が一瞬ぴたりと止まった。
「…う、」
「嘘じゃない」
信じられないだろう。信じられるわけがない。今まで散々罵って、毛嫌いしてきたんだ。
口を開けば滝に対する嫌みしか言わなかった。顔を見ればしかめっ面しか見せなかった。
いつだって滝を見ればいらいらしかしなかった。俺の言葉に対して何も自分の意志を伝えない滝が憎かった。
いくら初めの出来事があったからといって、気に入らない奴をそこまでして自分のそばに置いたりしない。むしろあんなことをされたなら、俺ならぶん殴って二度と話しかけないし一緒になんて行動しないだろう。
嫌いだ、うっとおしいと言いながら俺がなぜ滝を離さなかったか。
自由と意志を奪っておきながら、本心を見せてくれるのを待っていたんだ。
キスしてきたくらいなんだから、滝は俺を好きなんだろう。好きだから、何をしても逃げることはないだろう。
なんてばからしい、ガキの理屈。
今まで、人を好きになった事なんてなかった。誰かを思う気持ちを知らなかったんだ。
ずいぶん遠回りした、最低な気づき方だったけど。
「許してくれなんて言わない。俺がお前にしてきた事や、俺のせいでされたことを考えたらこうしていることさえ許されない行為だろうな。
…だけど、」
「ちがう!」
今だけ許してくれ。そう続けようとして、滝が大声で叫んだ。先ほどまで両手でかくしていた泣き顔をあげ、俺に非難の視線をむける。
自業自得とはいえ、滝に初めてそんな目を向けられた事実にぎしりと心臓が痛む。
…ああ、滝。お前は今までずっとこんな思いをしてきたのか。
「ごめ…」
「ゆ、柚木君はわかってない!お、俺は、君を嫌ったりなんて絶対にしない!さっき言ったじゃないか!君にとってはただの偶然の出来事でも、俺にとっては奇跡だった!あの瞬間に君は俺の全てになったんだ!
そんな、そんな簡単に諦める思いなら…、初めからそばになんていやしない!どうしてわかってくれないの!」
泣きながら叫ぶ滝の心を絞るような告白に、俺は全身が総毛立つのがわかった。
心臓を貫かれる、とはこのことだろう。文字通り、滝の言葉は俺の心にズドンと突き刺さった。
後悔、反省、罪悪感、自己嫌悪。
滝、ごめん。
そんなものなんかではなく、俺の全身は、歓喜に総毛立った。
「滝…っ、滝…!」
好きだ、ごめん。
そんな言葉なんかで言い表せないほど言葉にできない想いが体中を駆け巡る。
「好きだ。好きだ、好きだ!好き…っ、ごめ…、ごめんな…!もう、二度と間違えないから…!」
細くなってしまった滝の体を、傷つけないように痛めないように抱きしめた。
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