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8

次の日、今度は俺が新垣君を呼び出した。俺の出した答えを伝えるためだ。じろりと睨まれて震えそうになる体を必死に抑え込む。

「僕に犬の座を譲る決心がついた?」

腕を組んで勝ち誇ったように見下す彼を、負けじとぐっと睨み返す。俺は大きく息を吸い込んで深呼吸して、ぐっと拳を握りしめた。

「…譲るものなんて、初めからない。だって、俺は草壁ちゃんの犬じゃない。恋人だもん。」
「だから、ユキ様にとって恋人と犬は同じなんだって何回言えばわかるの?」
「違う」

鼻で笑う新垣君の言葉に被せる様にしてきっぱりと言い放つ。新垣君はそれにものすごく怪訝な顔をした。

「草壁ちゃんは、恋人と犬は同じじゃないって言った。俺のこと、大事な恋人だって言ってくれたんだ。だから、君の言葉は信じない。俺は、俺を好きだって言ってくれる草壁ちゃんの言葉を信じる。」

視線をそらさず、まっすぐに新垣君を見つめて言う。

「それに、犬の座は空いてても、そこに座らせてなんてあげない。草壁ちゃんにとって恋人と犬は別物でも、草壁ちゃんは一人だもん。草壁ちゃんの全部は、俺の物だもん。だから、どんな草壁ちゃんも誰にもあげない。」

俺の言葉に、新垣君はじっと黙って見つめるだけだった。

どれくらいそうしていただろうか。答えを待っていた俺に、新垣君は突然一歩踏み出したかと思うと俺の手を両手でぎゅっと握りしめて、にっこりと笑った。



「―――――――合格です。」

「は…?」



何が合格?どういうこと?

ぽかんとしている俺の手を離し、今度は腰を90度に曲げて深々と頭を下げた。


「きつい言葉を投げかけてすみませんでした。」


あなたを試しました、と謝罪する新垣君は、先ほどまでの挑戦的でふてぶてしい彼じゃなかった。



「私が過去にユキ様と主人と犬と言う関係にあったのは事実です。ユキ様はまさに理想のご主人様でした。ですが、私はある日出会ってしまったのです。生涯かけてお仕えしたい、犬になりたいと思うほど愛しいご主人様が。」

少し頬を赤く染めて笑う新垣君は、昨日まで冷たかったその目に優しい色を浮かべていた。

「ユキ様はご主人様に私をお譲りになりました。快く送り出してくださったのです。おかげさまで私は新しいご主人様に愛されて幸せな日々を過ごしておりました。ですが、私はユキ様が心配でした。ユキ様によってくるものは皆ユキ様の見た目に惹かれるものばかりで、ユキ様を抱こうとするものばかりでした。そして、好きだと告白したはずなのにユキ様の真実の姿を知ると、離れるものばかりでした。ユキ様は人を信じられず、愛なんていらない。この欲が満たされるならばそれでいい、とおっしゃられておりました。」


俺は新垣君の言葉に何も答えることができなかった。だって、俺だって初めは草壁ちゃんを抱こうとしてた。


「ユキ様とご主人様はご友人ですので、時々ご主人様の屋敷に遊びに来られるユキ様を見てご主人様も大層心配をされておりました。
ですが…つい最近、屋敷にいらしたユキ様が、今まで見たことがないほどにこやかに楽しそうにご報告くださったのです。『恋人ができた』と。」


自分の全てを丸ごと受け入れてくれた、優しさだけでできたようなまるで春の日溜まりのような大事な人。



じん、と胸が甘く疼く。新垣くんから聞かされる、草壁ちゃんの真実の言葉。
でも同時に、嫉妬とはいえ草壁ちゃんの気持ちをきちんと信じられなかった自分が情けなくてしゅんとなる。

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