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5

バスルームに入れられ、無理やり訳の分からないままに草壁ちゃんを椅子に座らせてその目の前に俺が正座をする。全てがいきなりの行為で、頭がついて行かないのだろう。草壁ちゃんは不審そうに眉を寄せて首を傾げている。

俺は黙ってボディソープを掌に出して、じっと自分の胸を見た。ごくり、とつばを飲み込んで、震える掌全体をぴたりと自分の胸につける。

「う、うえむらせんぱ…!?」


驚愕する草壁ちゃんをよそに、俺は指先で自分の乳首をいじり始めた。

「…っ、ぅ…」

くりくりと、円を描くように自分の乳首を弄ぶ。くすぐったいようなじれったいような切ない快感が胸に走る。

けど、同時に嫌悪感が湧いてきて素直に感じることができない。



はやく、はやくしなくちゃ。



俺は今度は片方の手を自分の後ろに回して、指先をアナルに当てた。

「先輩。」

けど、その先を止めたのは目の前にいる草壁ちゃんだった。俺の両手を掴んで、ものすごく悲痛な顔をしている。
そんな顔じゃないよ。草壁ちゃん、そんな顔しないでよ。


「…もう、やめてください。どうしたんですか?どうしてこんな…、先輩らしくないですよ」


そう言われた途端に俺は、さあっと自分の全身から血の気が引いた。

「う…!」
「せんぱ…!?」

だめだ。もうだめだ。

ボロボロと突然泣き出した俺を優しく抱きしめ、先輩、と心配そうに声をかけながら背中を優しく撫でてくれる。



草壁ちゃん。草壁ちゃん。その手は、本物?



ひっくひっくとただしゃくりあげ嗚咽を漏らす俺を、草壁ちゃんはずっと抱きしめてくれていた。でも、今の俺にはそのぬくもりさえも辛い。疲れてしまった俺は、絶対に言うつもりのなかった一言を吐き出した。

「…くさ、かべ、ちゃん…。俺、…犬に、なれない…」

ごめんなさい。

そう小さな声でつぶやくと、俺を抱きしめていた草壁ちゃんががばりと両肩を掴んで向かい合い、ひどく驚いた表情をしていた。



『ろくに体も使わせない、主人の望みも満足させられない犬なんて犬の意味ないじゃない』


あの子の言葉が頭の中でずっとずっと繰り返される。彼は、その後に言ったんだ。


『だからさ。あなたが、ユキ様の犬になりきれないなら、僕に犬の座を譲りなよ。』


俺はその言葉に何も返すことができなかった。だって、俺は草壁ちゃんの犬じゃない。恋人のはずだ。だけど、あの子が言うには草壁ちゃんにとって恋人とは犬のことなんだって。犬だなんて、思いたくない。あの子と対峙した時の草壁ちゃんのあの目と、その目で見つめられてうっとりとしているあの子がどうしても頭から離れない。
そんな目で見られたとしたら、愛されているだなんて俺にはどうしても実感できない。それが恋人に向ける目なんだとしたら、俺は耐えられない。

でも、一つだけはっきりしてることがある。それは、俺が草壁ちゃんを好きなんだっていうこと。犬だ、とははっきりいってまだ自分からは言えないし思えない。でも、俺のエゴで草壁ちゃんを満足させることができていなかったんだとしたら。そのせいで、『別れる』と言われたら。

俺は、間違いなく立ち直れないし生きていく自信がない。それくらいなら、俺は体をさしだそうって。こんな俺の体で満足してくれるように、自分の事じゃなくて草壁ちゃんの為だけに。犬になろうって、そう思ったんだ。

そう思って、逃げようする心を叱咤して草壁ちゃんを部屋に招いた。


結果、呆れられてしまったけど。



「どういうことですか…!?どうして、…っ!」

草壁ちゃんが俺の両肩を掴みながら悲痛に叫ぶ。どうしてそんなに焦っているんだろうか。あの子の言うとおりに、草壁ちゃんにとっての恋人=犬なら、そんなに苦しそうにしなくてもいいのに。

…ああ、そうか。俺が、『犬になれない』って言っちゃったから。

下を向いたままゆるゆると頭を振る俺の肩を草壁ちゃんはゆっくりと離し、立ち上がる。そして、そのまま無言でバスルームから出て行く草壁ちゃんを俺は振り返ることも追いかけることもできなかった。

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