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6

二人のいなくなった準備室で一人、松方は椅子に座り項垂れていた。頭に浮かぶのは、先ほどの裕輔のまっすぐな瞳。

「…あいつは、気付いてたんだな…」

そうつぶやくと、己の口に自嘲的な笑みがもれる。
本当は、自分でもわかっていた。藤井が、田上にばかり頼るのをなぜこんなにも悔しく思っていたのか。なぜ田上から藤井を引き離し、自分だけを頼るように仕向けたのか。

えらそうに、『藤井の為にならない』などと言っておきながら、自分は田上に藤井を取られたくなかったのだ。

自分のしたことで、藤井が泣くほど追いつめられているとは思わなかった。自分は田上の代わりになれていると思っていたのだ。
だが、そうではなかった。藤井の中で初めから田上の代わりなどありはしない。ただ一人。藤井にとって田上は唯一の存在だった。自分のしたことは、ただ愛し合う恋人たちを引き裂いただけ。それは『藤井のため』ではなく、『自分のため』だったのだ。

田上は、自分のしたことの真意を広大の前で言わなかった。あいつは、俺を責めながらも藤井の前で教師である俺のプライドを守ってくれたのだ。

「完全なる敗北、ってやつか」

ぎしり、と腰掛ける椅子の背もたれに頭を預けて天井を仰ぎ、裕輔が『大丈夫』と言った時の広大の心底安心したような泣き顔を思い出し、松方は自分の気持ちに蓋をした。



準備室から広大の部屋に戻った裕輔は、泣き続ける広大をソファに座らせて温かい飲み物を入れるために立ち上がる。その場を離れようとする裕輔の服を、広大が慌ててつかみ泣きぬれた瞳で裕輔を見上げた。

『離れないで』

不安に揺れる広大の瞳に、裕輔はにこりといつものように広大の一番安心する笑顔を浮かべ、そのまぶたにそっとキスをする。すると広大は少し安心したようにおずおずと掴んでいた服を離し、こくりと頷いた。
了承の意を取った裕輔は、広大の頭をひと撫でするとキッチンに行ってミルクを温める。五分もしないうちにその手に温かい蜂蜜ホットミルクを持って戻り、大人しくソファに座っている広大にそっと手渡した。
マグカップを受け取った広大は、ふうふうとカップに息を吹きかけこくりと一口飲みこむ。

ほんのり、蜂蜜の甘さが広がる。

じわり、と暖かいものが喉を通ると同時に、その目からまた広大ははらはらと涙をこぼした。声も出さず、嗚咽を上げるわけでもなく、ただただ静かに涙をこぼしながらゆっくりと全て飲み干していく。空になったコップをテーブルに置くと、広大は隣に座る裕輔の向き直りその首に腕を回した。

「よしよし」

しがみつく広大の背中を、あやすようにゆっくりとぽんぽんとリズム良く叩く。


ああ、ゆうすけだ。


そう思うと、広大はただそれだけで今まで張りつめていた自分の心がほどけ、裕輔に柔らかく包まれているような不思議な感覚が全身を覆った。

「ゆう…、ゆう、ゆう…っ」
「うん。ここにいるよ。よく頑張ったな。広大、これからも、ずっと一緒だから。」
「でも…っ、ぼく、ぼくのせ、で…っ、ゆうが、やりたいこと、できな…っ、そ、それに、ぼく、だめになる、て…っ、」

しがみつくながら不安を口にする広大のおでこを軽くピン、と弾き、こつんと自分のおでこを合わせる。

「なあ、前も言っただろう?俺は、かわいい広大の手助けをできるのが幸せなの。これは、俺がやりたいことなの。俺は、広大をダメにしたいわけじゃない。広大が、頑張れるように一緒に歩いて行きたいんだよ。」

自分を見つめる裕輔の言葉に、広大はじわり、と胸が熱くなる。

…一緒に。

「僕…」
「ん?」
「僕も、ゆうと、一緒に歩いて行きたい、です」


歩けるだろうか。躓いてばかりだけど。立ち止まることも多くて、間違った道もたくさん歩いてしまうけれど。この人と、歩いて行きたい。同じ道を、ゆっくりと、一歩ずつ。お互いに手を取り合って、進んでいきたい。

裕輔は、きっと先に進んだとしても立ち止まって手を差し伸べてくれるだろう。自分が迷わない様に、曲がり角で指さしてくれるだろう。今はまだ、後ろをついて行くだけだけど。いつか、隣に並べますように。並んで、歩けますように。


自分をまっすぐに見つめそう言った広大に、満面の笑顔を返して裕輔は俺も、と言うとそっとキスをした。

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