きらめく聖夜

どこからどう見ても和室な一期一振の私室のど真ん中に、明らかに不釣り合いなクリスマスツリーがそびえ立っている。
おそらく、今日がクリスマス当日だからだ。とってもシュールな光景だけれど、生真面目な刀剣が一生懸命に用意したのだと思うと微笑ましい。
大きなクリスマスツリーにぶら下がっているたくさんのオーナメントの隙間でカラフルな電飾が点滅する様子が、部屋全体のシュールさに拍車をかけている。
天井が高くはない和室では、クリスマスツリーが大きすぎて、てっぺんが少し曲がらざるを得ない状況に陥っているようだ。部屋の主がいかにクリスマスに不慣れか見てとれるクリスマスツリーの様子に、頬が弛む。
わたしの恋人は、本当に健気でかわいい。

さて、その恋人だが、せっかくクリスマス仕様に飾りつけたこの部屋に不在などということはなく……

「お手をどうぞ、お姫さま」

わたしの目の前で跪いて、白い手袋に包まれた片手をこちらに差し出している。
いつにもまして王子さま然としている彼の様子にときめかないわけじゃない。
だけど、その…………どうして自分の体まで光らせようと思ったのだろうか。
彼の体に巻き付けられた電飾がクリスマスツリーの電飾と同じタイミングでついたり消えたりするのを見て、思わず頬が引きつる。
どうしよう。絶対に笑ってはいけないクリスマスみたいになってきた……。笑わない自信は、正直全然ない。

「ねえ一期さん、わたしとあなたのクリスマスの認識が異なる気がしてなりません」

「はて……どこかおかしかったでしょうか」

「どこもかしこも」

「ど、どこもかしこも……。クリスマスというのは、恋人同士が一緒に過ごすものなのですよね?」

「たぶん厳密には違うけどわたしの中ではそう」

「そして主は、晴れて恋人同士になった私と過ごしたいのですよね?」

「そんなにはっきり言われると恥ずかしいけどそう……だね」

「お手本通りやったつもりなのですが、何が間違っていたのでしょうか……」

「待って、お手本って何?」

わたしに差し出していない方の手を口元に当てて考え込む一期一振かっこいい……などと若干見惚れていたが、聞き捨てならない言葉が耳に飛び込んできた。
えっ、なん……お手本……?
何を参考にしたら自分の体に電飾を巻きつける事故が起きるのか……。彼が参考にしたものによっては、主であるわたしの教育ミスだ。なんだか緊張してきた。

そんなわたしの気持ちなど少しも知らない一期一振は、ふわふわと微笑んで答えを述べた。かわいい。

「おとぎ話です」

「えっ」

体に電飾を巻きつけるおとぎ話なんて聞いたことがない。わたしは彼に一体何を読ませてしまったのだろうか。ごめんね一期一振。主のせいでシュールに輝くことになってしまって……。

「主が以前、憧れるとおっしゃっていたので」

「そんなこと言ったっけ……」

仮に体に電飾を巻きつけるおとぎ話を、わたしが自ら彼に読み聞かせていたとして、果たしてそんなシュールな登場人物に憧れるだろうか。いや、憧れない。
やはり彼とわたしとの間で大幅に認識がずれているようだ。

「はい。私のことを王子さまみたいだと褒めてくださいましたよ」

一期一振は、少し照れたように笑って言った。どことなく嬉しそうな様子が大変かわいらしい。

「それは〜〜〜〜言った。言いました」

そっちか。ちょっと安心した。
でも電飾の謎は迷宮入りした。

「なので、王子さまになりきってみたのです」

一期一振は、えっへん!とでも言いたげに得意そうな様子で少し胸を張って見せた。かわいい。

「わたしの一期一振がこんなにかわいい……結婚しよ……」

「はい?」

「ありがとう、主うれしいよ。大好き……」

「本当ですか!喜んでいただけたようで私もうれしいです!」

うっかりこぼしてしまったわたしの心の声に、一期一振はきょとんと首を傾げた。(かわいい)
嬉しいと伝えて、差し出されたままだった彼の手を取ると、彼ははちみつ色の瞳をとろけそうに細めた。それからゆっくり立ち上がって、空いている手でわたしのもう片方の手も握ってしまった。
一期一振は、わたしの両手をやわらかく握って満足そうににこにこしている。かわいい。すごくかわいい。
こんなに大きななりをして、やることなすことすべてがいじらしくてかわいらしい。
一期一振の心が清い……愛しい……。

その状態でしばし微笑み合ったのちに、頭に浮かんだ疑問を投げかける。

「でもいいの?今夜はせっかくのクリスマスなのに粟田口のみんなと過ごさなくても……」

クリスマスを一緒に過ごしたいって、わがまま言ったのはわたしなんだけど……。

「はい。粟田口のクリスマスパーティーは昨夜済ませましたので」

「そっか、よかった」

「サンタさんからも無事プレゼントをいただけましたし、安心して主と過ごせます!」

「そうだね……」

サンタさんは主なんですけどね……。
これが本当の、恋人がサンタクロースってかハハハやかましいわ

「主はサンタさんにお会いしたことがありますか?」

一期一振はきらきらとわたしの目を覗き込む。
くっ……なんてきれいな目をしてやがるんだ……!
一期一振の心の清さがこわい……!

「ないな〜〜!いつもサンタさんに会う前に寝ちゃうんだよね〜〜!」

適当なわたしの言葉に、一期一振はぱあっと顔を輝かせた。かわいいけど何!?今の話のどこにそんな顔する要素があった!?

「主もですか!実は私も起きていられないのです……太刀だからでしょうか……」

いくら夜目がきかないからってお前……寝つきのよさと刀種とは関係がないと思うよ。とりあえず肯定しておくか。

「……そうかもね。太刀は夜、苦手だもんね」

「どうやら弟たちはサンタさんの正体を知っているようなのです。なのになぜか、兄には教えてくれなくて……」

「あ、ああ……そうなんだ……」

弟たちから仲間外れにされているとでも思っているのか、一期一振は寂しげに呟く。そんな彼には悪いけれど、ものすごく複雑な気持ちになる。
この長兄、弟たちに気遣われてる……。

「弟たちに見えて私に見えないなんて……兄として情けない……」

それは偵察値の差〜〜!気にしないで〜〜!

「サンタさんとは、一体どのようなお方なのでしょうか……いい子にさえしていれば刀剣にもプレゼントをくださるなんて、きっと素晴らしい方に違いありません。ああ、一目でいいからお会いしたい……」

一期一振はうっとりと虚空を見つめた。
彼の脳裏にはきっと、"私の考えた最強のサンタさん"像が浮かんでいることだろう。
ごめんね一期一振、君のサンタさんは今君の目の前にいます。

「はっ……!いけません!今日の私は王子さまなんでした!」

あっ、そうだったんですか。てっきり最初だけ王子さま仕様の演出かと……。
主の心臓、もつかなあ……。

「では気を取り直して」

一期一振は少し下手なウィンクを飛ばして、最初に握った方のわたしの手の甲に口付けた。
き、気障〜〜〜〜!なのになんでかっこいいの〜〜!
芝居がかった仕草も様になるんだから美形はずるい。
一期一振の、王子さま然とした容姿に似合いすぎる仕草を見せつけられて、はやくもわたしの心臓は早鐘を打っていた。もしかしたら今日がわたしの命日になるのかもしれない。心臓が破裂しそうだ。
どきどきしているわたしに気付いているのかいないのか、一期一振は深刻な面持ちで口を開く。

「……主、大変お恥ずかしいのですが」

「えっなに、どした」

「恋人同士のクリスマスがどういうものなのかわからないのです」

「な、なあんだ……そんなこと……」

「こっちは大真面目ですよ!」

「あっ、ごめん……」

「いえ……」

一期一振は気まずそうに俯いた。大きな声を出したことを気にしているのかもしれない。彼の気に障るような言い方をしたわたしが悪いのに、律儀な刀だ。
ただ、その……一期一振が俯いてもわたしの方が背が低いので表情が丸見えである。むしろ普段よりよく見えるくらいだ。そのことに、彼は気付いていないのだろうか。
じっと見つめてみても、彼は見られていることに気付いていないようだ。
とても神妙な顔をしている。何を思い詰めているのかわからないが、どうにかしてやらなくては。

「恋人同士のクリスマスねえ……本丸でそれらしいデートをするのは無理かな」

「そんな……!ではどうやってあなたに喜んでいただけばよいのですか!」

一期一振は、絶望しています!という表情で嘆いた。本当に健気でかわいい刀剣だなあ。

「この世の終わりのような顔をしている一期一振に朗報です」

「……?」

一期一振は不思議そうに首を傾げて、わたしの言葉を待つ。この状況を打開することができるとは思っていなかったような様子である。少しだけ期待しているような色に輝く瞳がかわいい。
これから言うことに、彼はどんな反応をするだろう。わくわくしてきた。

「あなたの恋人は、とってもちょろいので、一期一振のハグひとつでものすご〜〜く幸せになれちゃいます」

「……!」

「どうする?」

そっと一期一振の手のひらから両手を抜き取って、腕を広げてみる。
一瞬だけきょとんとした一期一振(かわいい)は、勢いよくわたしにしがみついた。自分の打撃値を考えてほしい。吉光の名は伊達じゃない。

「主……!」

「苦しいよ」

そして電飾が当たりまくって痛いよ。
ついでに恋人らしい雰囲気に似合わない電飾の点滅を意識してしまって、今すごく笑いそうだよ。

「すみません、でも……」

「……?」

でも、何?
ものすごく気になったけれど、一期一振はそれきり続きを口にしてはくれなかった。
わたしをきつく抱きしめる一期一振と二人きりの部屋に音はなく、本丸内はいつも賑やかなはずなのに微かな喧騒さえも届かない。わたしが遠くの喧騒も聞こえないほど緊張しているだけかもしれないけれど。

問題はこの部屋が静寂に包まれていることではない。
静寂の中で静かに明滅を繰り返す、クリスマスツリーと一期一振の体に巻かれた電飾がかなりじわじわくることだ。腹筋がぷるぷるしてきた。
一期一振がそんなわたしの様子に気付く気配はない。ただじっとわたしを抱きしめている。
一期一振の意外と逞しい体に抱きしめられていると、嫌でも体格の違いというものがわかってどきどきする。でも電飾のシュールさに笑いそうにもなる。精神的にとても忙しい。

「あの、主」

「なあに」

一期一振の腕の中に閉じ込められてから一体どれだけの時間が経ったのだろうか。
たっぷり沈黙していた一期一振が、控えめに声をかけてくる。遅いです。主はあなたが声をかけてくるまでに何度も大笑いしてやろうかと思っては思い止まりました。はやくなんとかしてください。
……思いの外、近くで声が聞こえてきてどきどきしたのは秘密だ。

「口付けても、よろしいでしょうか」

「えっと、」

電飾が視界に入りまくっているこの状況で、電飾とは不釣り合いなロマンチックな空気の中、わたしは笑わずにいられるだろうか。少し自信がない。すでにちょっと口角が震えている。

「あ……嫌なら、無理には……」

一期一振のしょんぼりとした声が降ってきて、はっとする。
大切な恋人がこんなに寂しそうにしているのに、電飾なんか気にしている場合ではない。
女は度胸!気合いでなんとかしよう!

「嫌なんかじゃないよ。はいどうぞ」

意思表示のつもりで目を閉じる。
あっ、目閉じたら意外といけるかも!

「……っ、では」

一期一振は、微かに震える指先でわたしの頬に触れた。そのまま輪郭を確かめるように何度か優しく撫でて、それからそっと顎を持ち上げられる。

「……っふ、」

「主?」

や、やばい。笑ってしまった。目を閉じていても電飾が点滅しているのが感じられて無理だった。

「な、なんでもないの……ごめん、ちょっと緊張しちゃった」

「あなたという人は……!」

一期一振は、わたしの言葉を聞いて目を見開いた。
まずい。バレたか……?
何か言い訳をしようと考えるより先に、強く抱き寄せられる。
えっ、な、何……

「どうしたの……」

「あまりにも愛おしくて抱き締めずにはいられませんでした」

「……」

な、なんて恥ずかしい男だろうか!こんなことを自然に言ってのけるなんて!
彼の言葉一つで頬が燃えるように熱くなる。耳まで赤い自覚はあるけれど、どうすることもできずに俯く。

「主?もしかして照れてますか?かわいいですね」

「う、うるさい……」

自分が思っていたより弱々しい声が出て、ぎょっとした。
一期一振はそんなわたしの様子を見て明るく笑うと、真剣な目付きでわたしの顔を覗き込む。

「……もう一度、よろしいですか?」

「……ん」

射抜くような視線から逃れたくて目を閉じる。
今度こそ、大丈夫。だと思う。

「主……」

すぐ近くで一期一振が囁く声が聞こえて、それから――

「ン゙……ッフフ……」

「主……?」

「ごめんやっぱり無理」

「む、無理!?やはりご不快な思いを……?」

「あっ、違……ええっと、」

言うか……?電飾がどうしても気になると、言ってしまうか……?
もし今言わなければ、彼はきっと来年も電飾を体に巻きつけるだろう。見た目がシュールすぎるのはもちろんだけれど、安全性もあまりよろしくない。
よし、言…………

「ごめんね、嬉しかったから笑っちゃったの」

言えなかった!言えるわけなかった!
悲しそうに揺れる瞳を見てしまったらもうだめだった。

「主……っ」

痛い痛い痛い痛い!さっきから一期一振がわたしの頭を強く抱き寄せるたびに、顔面に電飾が食い込んでいる。けっこう熱いし、なにこれ、一期一振はこんなものを体に巻きつけていて熱くはないの!?
もしかして、一度燃えているから熱さに対して鈍感になっているのだろうか……。彼はこの電飾の温度を熱いと思えないのかもしれない。
今度それとなく聞いてみよう。

それより、今解決すべき問題は、どうやって彼の腕から解放されるかだ。
……あ、いいこと思いついた。

「…………ねえ一期さん」

「はい?」

「あのね、」

「はい」

「……やっぱりいいや」

「ええっ」

一期一振が困惑したように声を上げる。わたしだって困惑している。勢いに任せて言ってしまおうとした言葉が結局口に出せなかったのだから。
どうしよう、この空気。えーっと、とりあえず弁解でもしておくべき?目は合わせられない。

「恥ずかしくなっちゃった」

「…………な、何を言おうとしたんですか……」

「うーん…………あのね、」

「はい」

「あの……」

「…………」

一期一振が唾を飲み込む音が聞こえた。
わたしの緊張が伝わっているのか、彼はわたしを抱きしめる腕に力を込める。
だから!あっついってば!電飾が!熱いってば!顔に跡つきそう!
ええいもうなるようになれ!電飾から離れられればなんでもいいや!

「キスして!」

「えっ」

「は、はやく」

「いいんですか」

「してって言ってるんだからいいに決まってる……!」

確認されると恥ずかしくなるから早くして!

「…………」

「…………」

腕の力を緩めた一期一振は、まぶたを色っぽく伏せてわたしをじっと見下ろした。彼の色気にあてられてくらくらする。
整った顔立ちがゆっくり近付いてくることに耐えられなくて、目を閉じる。
全身が心臓になったみたいに鼓動がうるさい。今何か言われても、聞き取れないかもしれない。

一期一振は、わたしが目を閉じたのを合図にしたみたいに、顔中に口付けを落としてくる。

「……あの、ちょっと……」

「黙ってください」

文句を言おうとすると、耳元で低く囁かれてしまった。この男、わたしが自分の声に弱いことを知っているに違いない。
黙るしかなくなってしまったわたしの耳元で、彼はもう一度口を開いた。

「よかった。一度では足りなかったんです」

「だからってこん……」

だからってこんなにたくさんキスしなくてもいいでしょ。
そう言うはずだった唇は彼の唇に塞がれてしまった。
まだ心の準備できてなかったんですけど……!
触れたところから伝わってしまいそうなほど暴れまわる心臓が気になって仕方がない。逃げ出したいほど恥ずかしいのに、いつの間にか腰に手を回されていて一ミリも後退できなかった。そんなことどこで覚えてきたの……。サンタさんを信じるかわいい一期一振はどこへ行ってしまったのか。なんだかもう頭を抱えたい気持ちでいっぱいである。
ああもうこれ絶対一期一振の育て方間違えた……!!

20161224

ちはるちゃんのアドベントカレンダー企画参加したかったな〜〜!!!
悔しいのでこっそりクリスマスいちさに書きました。
クリスマス要素ほとんどないけど!クリスマスです!

はっぴーなお話にしましょう!とのことだったので……甘め(当社比)になるようにがんばりました。本当に甘めかどうかは知りません。
勢い余って書いた一期目線

あとから気付いたんですけど、右手を差し出されていたら右手、左手を差し出されていたら左手を重ねるので両手を繋ぐと腕がクロスしてしまうのでは?
もう細かいこと考えたくないからなんかいい感じに脳内補完しておいてください。


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