帰ってきた!イタリア一振

一期一振は、とても真面目で優しい良い刀である。
弟や仲間に慕われ、主への忠誠も厚い名刀……だと思っていたのに。

二人きりの執務室。なぜか近侍と本棚の前に向かい合って座り込んでいる。いつも通り、執務中のはずのこの部屋に訪れる刀剣はきっといないだろう。
どうしよう。どうしたら、この状況を打破できるだろうか。わたしはただ、資料を見たかっただけなのに。
少女漫画みたいに同じ本の背に手を伸ばして、指先が触れ合った。そこまではいい。そのまま何か言うより先に、忠臣の鑑のような近侍に手を握られた。時計は見ていないけれど、もう15分は経ったと思う。その間、黙って見つめるだけ……などといういじらしい姿は見せてもらえず、ひたすら口説かれている。そろそろ離してほしい。
それにしても、テレビドラマでも聞かないような気障な表現を、彼はいったいどこで覚えてきてしまったのだろうか。
主はもしかして君の育て方を間違えてしまったのでしょうか。日に日に不安が募ります。

しかしおそらく原因はわたしではない。
いや、元をただせばわたしが原因かもしれないのだけれど……。
つい先日、一期一振の様子がおかしくなったのは、ある刀が彼の生真面目さをからかい、面白半分に妙な知識を吹き込んだせいだった。一期一振自身がからかわれていたことに気付き、一件落着したのではなかったのか。どうしてまたこんなことになっているのだろうか。今度はいったい何を言われたのか。
とにかく、王子さま然とした優男の一期一振をこんな軟派な男にしてしまった犯人には重罰(一週間おやつ抜きの刑)を与えねばなるまい。

思わずため息をついたわたしの頬を、頭痛の種である目の前の男が優しく撫でる。
手袋越しのぬくもりの心地よさにごまかされかけたけれど、彼はまさに今、わたしにとって頭の痛い行動に出ている。優しく微笑む近侍様は、まだわたしの手を離すつもりはないらしい。
主そろそろ足がしびれてきたんだけどなー!その話まだ続くのかなー!今度じゃだめかなー!

「今日はいつもより疲れた顔をしていますね。いったい誰があなたをそんなに寝不足にさせているのですか?」

「そうね、一期一振の(様子がおかしい)せいかな」

「ええっ!私……ですか……」

「そう、一期一振だよ」

いったい何を驚いているのか。
あからさまに様子がおかしいただ一振りの太刀のくせに。
わたしの悩みは100%お前のことだよ。
わたしの言葉を聞いた一期一振は、美しい瞳を伏せて考え込む。黙っていればとても整った容姿をしているのに、本当に惜しい刀だ。

「…………それは、私のことで頭がいっぱいという意味で合っていますか?」

しばらく沈黙した一期一振は、視線を上げると、そう言って仄かに頬を染めた。ああ本当に、彼はどうしてこんなにぶっ飛んだ思考回路をしているのだろうか。主は胃が痛くなってきました。

「なんで合ってると思ったのかな?」

「しかし主が疲れていらっしゃるのも無理はありません」

主の質問に答えろよ。何なんだよ。

「わかっているならやめてくれないかな」

「毎日、私の頭の中を走り回っているのですからね」

ウィンクやめろ。話を聞け。
もう付き合いきれない。

「あのね一期さん、主そろそろお仕事に戻りたいのよね」

「すみません。主のかわいらしい手のひらがあまりにも私の手のひらにぴったりなので、運命を感じておりました。私の手のひらは主の手のひらを握るためにあるのだと思います」

違います。刀を握ってください。
にこにこと微笑む一期一振は、どこからどう見ても好青年に見える。間違っても主の頭痛の種になるような振る舞いはしそうにない笑顔だ。現在進行形で頭痛の種になっているのは紛れもない事実なのだけれど。

そっと持ち上げたわたしの手の甲に口づける様子は、容姿のせいかおとぎ話の王子さまにしか見えない。この容姿に騙されちゃいけないと頭では思っていても、うまくいかないことがある。
正直今のはちょっとどきっとした。
慌てて手を引っ込める。これ以上どきどきさせられちゃたまらない。

「そ、そういうのいいから」

「お仕事お手伝いいたします」

上擦った声に気付かれただろうか。
優秀な近侍の顔に戻った彼の表情からは何も読み取れない。これだから武人はいやだ。

「もし早く終わったら、あなたをこの腕に閉じ込めても構いませんか?かわいい人」

「ダメです」

「そ、そんな……!」

「この世の終わりのような顔してないではやく手伝って」





大変優秀な近侍の働きにより、仕事はすぐに片付いた。
仕事は、片付いた。の、だけれど。

「あのー……一期さん?」

「はい、何でしょう」

「この手はなあに?」

どうしてわたしはあなたに抱きしめられているのでしょうか?

「主が天国へ帰ってしまわれる気がしたので捕まえております」

「あの…………」

どこから説明すればいい?どこまで冗談なの?

「わたし、天使じゃないって言ったよね……?」

「嘘はいけません」

見上げた彼の双眸はいっそ恐ろしいほど真剣に、わたしの瞳を見つめていた。
生真面目なこの刀の本心を測りかねて途方に暮れる。瞳を見ていても冗談なのかそうでないのか、少しもわからない。

「嘘じゃないんだってば……」

言いながら腕から抜け出してみると、案外あっさり解放された。しつこくないところは評価できる。

「こんなにかわいらしい主が天使でなかったらいったい何なんですか?」

お前は真剣な顔で何を言っているんだ。

「人間だよ」

わたしの答えが気に入らないらしい一期一振は、渋い顔をしている。渋い顔をしていたって美形は美しさが損われないのだから本当にずるい。

「人間と付喪神は結ばれないのでダメです」

「天使なら結ばれるのかよ」

「わかりませんが……人外同士なんとかなるでしょう」

一期一振の、顔に似合わずおおらかで朗らかなところはとても好ましく思うけれど、くくりがあまりにも雑ではないか。人外って。

「付喪神ルールめっちゃアバウトだな」

「神なので」

一期一振は、その美貌を最大限に輝かせる優雅な笑みで言い放った。お前そういうところあるよね。

「こんな神はいやだ……」

「そういえば主、いつになったら私のものになってくださるのですか?」

「えっ?主誰のものにもならないけど」

そういえばって何?世間話のような気軽さで人を自分のものにしようとするのはやめろ。
まったく、神はこれだから……。

「ええっ!?私は主の心の準備が出来るのを待っていたというのに……そもそも誰かのものになる気がなかったとは……誤算が生じました」

「主にとってはお前の言動が全体的に大誤算だけどな」

「もしかして、主はストレートに言われる方がお好きですか?」

「嫌な予感がするけど一応お聞きしましょう。何をですか?」

「言わせるんですか?罪なお方……」

「いや言わなくていい」

まさか美形が頬を染める姿を見て苛立つ日が来ようとは……。

「愛している……と、ただそれだけを伝えた方が主のお心は動きますか?」

至近距離の美形は本当に心臓に悪い。冗談でも真剣な眼差しで愛を囁くのはやめてほしい。
主耐性ないんだから手加減して……。

「い、言い方の問題じゃないから」

「しかし、あまり言いすぎると軽くなってしまいますね。これまで通りにします」

「主の意思無視か」

「……もしかして、ですが」

「はい何でしょう」

「主は私の言葉を冗談だと思っていらっしゃいますか?」

「ええと、それは……」

正直なところ、冗談とも冗談じゃないとも思っている。わからないのだ。彼の本心が。
言葉を選びかねて言いあぐねていると、一期一振はがっくりと肩を落とした。今度は何!

「本気にしていただけていなかったとは不覚……!」

「そ、そんなに大袈裟に悔しがらなくても」

「いいえ。これは重大な問題です……どうすれば私を好きになってくださいますか?」

「好きになんかなりません!」

「そこをなんとか」

「そこをなんとかじゃない」

「この気持ちに偽りはありません。どうか信じて……」

「信じるとか信じないとかそういう問題じゃなくて……」

「愛しています、本当に……あなたに焦がれるこの胸が苦しくてならんのです。どうか私の想いを汲んでください。あなたのことが好きなのです」

なんて顔でわたしを見るの。切なそうに揺れる瞳から目を逸らせない。強く包まれた両手から伝わる熱が、わたしの頬を熱くさせる。今のわたしはきっとみっともなく赤くなってしまっているだろう。いつもの柔らかい声とは違う真剣な声色に目眩がする。これが本気でなかったら何なんだろう。

こんな風に真っ直ぐに言葉を紡がれても突っぱねられる人が、いったいどれだけいるだろうか。少なくともわたしには難しい。

本当はずっと前からわかっていた。誠実なこの刀が冗談などで愛を囁いたりしないことぐらい。
わかっていたけれど、彼の言葉に戸惑う心も本当だった。
きっとこのままじゃいられない。わかっている。
でもあともう少しだけ、猶予がほしい。

「も、もう口説くの禁止!」

「えっ……ではこの気持ちはどうすれば!」

「知りません!もう出ていって!」

「あ、主……!」

何か言いたそうな一期一振の背中を力任せに押して部屋から追い出した。これ以上は耐えられない。
わたしの態度が、優しい近侍の心を傷つけてしまっていたらどうしよう。でも、あのままではきっとわたしの心臓が破裂してしまっていた。
さっきから心臓がうるさくて、どうにも落ち着かせることができないのだ。それもこれもみんな、一期一振のせいだ。一期一振が、あんな顔であんなこと言うから。明日から、どんな顔して彼に会えばいいんだろう。
頬の熱を冷ますようにため息をついてみたけれど、いい案は浮かばなかった。


悲痛な様子で退室した一期一振だったが、翌日には再び元気にイタリア男していた。メンタル鋼かよ。
わたしの心配が杞憂に終わって安心したけれど、このままでは好きになってしまいそうなので口説くのはもうやめてほしい。


20161115

いいいちごの日なので。
嘘です。おだてられるとその気になるタイプなので書きました。
イタリア感あまり出せなかったのでかなしいです。
検索しても同じフレーズしか出てこんくてな〜〜!つらい!



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