05
「さっきの奴、誰」
「クラスの…、男子で」
「なんかされたか」
「別に…」
先輩は、短く息をついた。
そんなに心配しなくてもいいのに。むしろ何故、そんなにも私を心配してくれるのだろう。
私が先輩に抱いているような強い気持ちは、彼の中には無くて。
だけど放って置かないのは、先輩にとって私が妹のような存在であるからなのだ。
きっとそう。
「先輩。私本当に、大丈夫ですから」
「迷惑?」
「いえ…迷惑ではないですけど…」
「守ってやる約束だろ」
先輩はそれだけ言うと押し黙った。
約束、か。
さすが、グループのトップなだけある。情にあついのだ。昔のヤクザみたい。
仁義に、人情に。
私には、関係のない世界だ。
先輩にはずっと守られていたい。
迷惑だなんてこれっぽっちも思わない。
だけど、私に少しも気持ちがないことが明白な人を、思い続けるのは辛い。
先輩の優しさは、私を痛め付けるのに。
先輩はそれに気付かない。
「八尋」
灰色のコンクリートに、先輩の声が響く。
ふと顔を見ると、わけられた前髪から覗く眉が少しだけ下がっていた。
「お前、俺のこと、どう思う」
先輩の突然の質問は、私の頭を余計に混乱させた。
彼の少しだけ切なげな表情が、何を言わんとしているのかは、全く読み取れない。
少しの沈黙のあとに、かろうじて「いい人だと思います」と言えた。
先輩はそのまま床に向かって目を伏せる。
「今日、夜時間ある?」
「…え」
「無理ならいい」
「や、ありますあります!」
「じゃあ12時にお前ん家まで迎えに行く」
「はっ?」
12時って…。
先輩それは夜中ですよ。
両親が厳しいから、夜中の外出なんて我が家ではご法度だ。
どうしよう、と一瞬考えた。
だけどこのチャンスを逃したら、先輩は一生私の前に姿を見せてくれなくなるような気がした。
「わかり、ました…」
「そうか。じゃあ、家の場所教えろ」
「…はい」
夜中なら、親にも気付かれずに外に出られるだろう。2階の自室から抜け出そう。
私は言われた通り、先輩に自分の家の場所を教えた。
2011/04/10
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