03
清香の歩くスピードは、カメ並みに遅い。
俺なら20分で着くところに、こいつに合わせると倍はかかる。
「あの、由和くん!」
「はー?」
「由和くんのお家行くの、初めてなんだけど!」
「だからなに?」
「っえ!なにって…」
なに赤くなってんだろ。
別にうちくらい、いつでも来ればいいのに。
わけのわからない清香を無視して歩みを進める。
「安心しろ。親いないから」
「……え!え!」
「うっせーぞごちゃごちゃ」
「でも、」
「文句あるなら帰れ」
清香は、俺とメシを食いにでも行きたかったのかもしれない。
そういえばこの前どこぞの店のパスタが食いたいって言ってたな。
俺が、じゃあ次はそこな。って言ったんだった。それ根に持ってんのか。
「お前…食い意地張ってんな」
「なんの話!?」
「あ、ここ」
そうこうしているうちに、家の前に着いた。
おふくろがピンクのペンキで塗った門を開ける。
玄関の前まで来ると、清香はぴったりと立ち止った。
「なんていうか…心の準備が」
「はぁ?」
「今日、ちょっといろいろ準備不足っていうか…」
「……、」
こいつ何言ってんだ、ほんとに。
俺ん家に来るのに準備がいるのか?そんな奴知らないけど。
俺が清香を凝視している間にも、彼女はずっと「家に来るなら来るで、先に言ってもらってないと、やっぱりその…」とぐだぐだ言っていた。
「そんなに嫌ならもういい」
「…へ」
「帰れ」
「……………っ」
「せっかく一緒に映画見ようと思ったのに」
「映画!?」
「悪い?」
「……悪くない、です」
清香は、付き合っていてもわからないことだらけだ。
なんに泣いてるのか戸惑ってるのか、いつもいまいち理解できない。
でも、こいつが笑った顔は大好きだから。とりあえず、にこにこしてもらえるような努力はしていこうと思ってる。
だから今日だって、清香がずっと見たい見たいって言ってたのにぐずぐずしている間に上映が終わった映画のDVD借りてきてやったのに。
「とっとと入れ」
清香の後頭部をてのひらで抱えて、そのまま玄関の中へ引っ張り入れた。
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