週末が終わり、ついに撮影が始まった。スタッフへの挨拶もそこそこに日向は手渡された制服に腕を通す。あえてノリを落とされた制服は直ぐに馴染み、"日向秀樹"を作り上げていく。中には普段から着ている赤のシャツを持参し、制服の前はだらしなく開ける。

「…うしっ!」

控え室で出番を待つ日向より一足先にゆりは"音無"と顔を会わせているはずだ。日はとっくに沈み雲もない夜。予定より月が明るいため照明器具を減らすのにスタッフ達が走り回っている。

「日向さん、スタンバイお願いします」

「はい」

最後にもう一度鏡を見直して、控え室をあとにする。珍しく緊張する自分を驚きつつ、なにとも知れぬ興奮に身を震わせた。今から自分は"日向秀樹"となる。

市から借りきったグラウンドを使いオープニングフィルムを撮る。小説の舞台となる学園は規模が大きすぎるためCGで作られることになった。

"音無"がこの世界に迷いこんだことにより、この物語が始まる。

「日向くーん、こっちよ」

日向と同じようにSSSの制服に身を包んだゆりが手を振っている。
日向もよっと片手を上げて挨拶を返す。

「はい、これ持って」

挨拶も終わらぬ間に押しやるようにモデルガンを渡される。勿論偽物だ。素人でも持てるように軽めに作られている。

「サンキュー」

「いよいよね…」

どこか遠くを見つめるゆりに、どきりと胸をが高なる。けっしてときめきとは違う感情。

「お、ゆりっぺ緊張してるのか?」

「それなりにね。でも、なんだか武者震いするのよ。ようやく自分の立ち位置に戻ったみたいで。不思議よね」

日向は目を見開いた。それは、まさに日向が思っていることだったから。
たしかに、この制服を着てから変な安心感があった。迷いに迷ったあと、ようやく家にたどり着いたような。

「ねぇ…」

「え…あ、何だよ」

「この映画、なにか裏があると思わない」

どこか楽しそうなゆりが、同意を求めてくる。いや。ゆりはわかっているのだ。日向も、そのことに気づいているのだということ。そして、同じことを考えていることに。

「撮影一分前!」


監督の声が夜のグラウンドに響き渡る。
撮影に合わしたかのように、風が止んだ。静かな空気が身を引き締める。

「40…30…20…10…3、2、1!」

撮影が始まった。
ここからでは見えないが、すぐそこに"音無"とがいる。
結局撮影前には音無と奏ちゃんには会えなかった。
どんな奴が"音無"と"天使"に選ばれたのか。


「じゃあ、お先に」

小声と共にゆりが飛び出した。耳をすましてゆりの台詞を聞く。タイミングを間違えないように、神経を研ぎ澄まして集中する。

ゆりの高らかな声のあとに別の声が聞こえてくる。"音無"の声だ。男にしては少し高めでいて、綺麗な声。濁りのなり清廉なイメージを与えてくるような。
しかし日向が一番驚いたのは、それに喜んでいる自分がいるということだった。

(なんで…なんで、こんな嬉しいんだよ…)

歯を噛み締めないと涙が出てきそうだった。

『順応性を高めなさい』


(…と、やっべっ)

涙を止めることにむきになりすぎていて、ゆりの台詞が今どこなのかわからなくなってしまった。
焦って思い出そうとするが、一度真っ白になってしまった頭では思い出せない。

けれど繰り返し聞こえてくる「死んでたまるか戦線」と「順応性を高めなさい」のフレーズに、気づけば日向はその場を飛び出していた。






そして、もう一度、







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