「おーい、ゆりっぺ!人員勧誘の手筈はどうなってんだ?人手が足りねぇ今はどんな汚い手を使ってでも…あ…あれ?」

勢いで飛び出した頭の中は真っ白だったはずなのに、口から出たのは台本通りのセリフ。多少のアレンジが入ったかもしれないけど、セリフは間違ってはいなかったようで撮影は続けられている。
激しい鼓動を繰り返す心臓に気づかれないように、ゆりと視線を交わす。アホを見るような目が、果たして演技なのか疑いたくなるほどゆりの演技は上手かった。案外、本当にアホだと思っているのかもしれない。彼女の性格を考えてみると、あり得なくはない。


「うわぁぁぁあ!勧誘に失敗したぁ!!」

地団駄を踏むゆりに、笑いが込み上げる。あぁ、彼女らしいな。そんな場違いなことを考えてしまう。そして、離れた位置に彼がいる。

(こいつが…音無)

ゆりと演技を交わし天使の方へ歩いていった"音無"は、イメージしていたのとは少し違った気がした。
想像していたよりもずっと華奢な体は、あまり主人公らしくない。テンパっていたせいで、よくは見れなかったが中性的な顔立ちは柔和で、日向は素直に綺麗だと思えた。守るよりも守られるほうが似合うタイプ。そんな印象が浮かんだ。なにより目に焼き付いて消えることのないのは、艶やか橙色。
天使と並び、月明かりに照らされる二人は美しかった。

銀と緋。

まるで淑やかな月と朗らかな太陽のようで。

(なんか…遠い)

手を伸ばしても、届きそうな気がしない。むしろ近づくことさえ叶わないような。夢の存在。


「日向君…」

撮影の邪魔にならないように、ゆりが小声で話しかけてきた。

「あなた、さっき頭ん中ぶっ飛んでたでしょ」

「う…流石だな。なんでわかったんだよ」

セリフは合ってたはずだよな。リーダー侮りがたしだ。

「だって演技の顔じゃなかったもの。完全に素だったわよ」

「マジかよ…」

子役時代から十年と俳優をやってきたが、そんな失態を晒したことは一度もなかった。何時だって、自分は見せずに役になりきってきた。それを、まさか撮影の初っぱなから。ましてや初めて会った奴らの前で崩すなんて。

「でも…」

ゆりがどこか嬉しそうな顔で、日向の頭を軽く小突いた。

「その方があなたらしいと、私は思うわ」

どうしてかしらね。
本当にどうしてだろう。そんな考えは、音無のセリフに打ち消されてしまった。


『じゃあ証明してくれよ!!おれは死んでるから…もう、死なないって…!!』


長年演技を続けてきた日向でさえ驚くほど、音無の演技は自然だった。撮影ということを忘れさせられるような臨場感。ざわりと鳥肌が立つことさえ日向の気を奮い立たせ、同時に一言一言が心に降り積もっていく。

確かに音無がそこにいた。






君の隣に立ちたい。







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