04:きみと一緒に。
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短編 きみと一緒に。■高桂(3Z):桂さん誕生日
きみと一緒に。
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1分、1秒、
もしくはそれ以下の時間、
バイト先の時計がじわじわ、時を刻んでいく。
帰りたいのに、帰れない。
25日の夜、シフトを交代する河上が遅刻するとかで俺は異常に苛ついていた。店に来る途中にバイクで転倒したらしい。
阿呆か、あいつ、
病院に行ったが別に大事なかったので今から行くと店長に電話があり、人が居ないと困るからと頼まれて帰るに帰れず、ずるずると時間だけが過ぎていった。
勿論、残業代は出すと云われたが。
― 今日に限って何なンだよ、
舌打ちしたくなる気持ちを抑えて、もうすぐ8時を過ぎようとしている時計に眼をやった。
― 9時までには、帰れる…か、
仮にも接客中なので、一応営業用の顔をしておく。無愛想だと評判らしいが、別に気にしていない。
店長にも特に指摘されねぇし、苦情とやらも来ていないので。
もっとも、指摘されても恐らく何も変わらないだろうけど。
「ブルー・マウンテン、100gを二つ、」
白髭を生やした愛想の良い店長が客からの注文を受けて、カウンター裏で豆を挽いている俺に声を掛けた。
ざっと値段を計算して、そこそこの値だとぼんやり考える。
― 高校生には、高嶺の花ってヤツか、
一度、こたが店に来たいと云ったことがあった。
普段家では自分しか珈琲を飲まないので適当にしか豆を挽かないが、店ではそうもいかないので、その日は特別気合を入れて豆を挽いた。
おいしい、
こたが綺麗に笑って、この味なら好きだと云った。
それ以来、家で挽く豆はその時使った豆にしている。時々、二人でゆっくりと珈琲を飲む時間が増えた。
高校に入って2年目に始めたこの店は、夕方から深夜まで営業している珈琲の専門店だ。
住宅街の一角にある小さな店で、店長が気ままにやっている処なので、店員も気ままな連中が多かった。
現に俺がいい例だ。
深夜までの営業なので面接で高校生だと云わないままだったが、店長は何処かしら俺の年齢に気づいている節がある。
注意されたら辞めようと思っていたが、1年が過ぎても特に何も云われないのでそのまま続けている。
ここにバイトを決めた理由は、家から近かったこと、時給が良かったこと、珈琲の豆が旨かったこと、
最大の理由は1番目だ。
夜12時まで開店しているのでシフトが深夜になることもあったが、家が近いので翌日にはあまり響くことも無かった。
何より、この店には恐らく同じ高校の連中は来ないと分かったことは大きい。
俺とこたが通っている高校の近く、主に行き帰りの道沿いには、既に別の喫茶店が多く立ち並んでいる。
住んでいるアパートからはこの店は近いが、高校からは遠い。
「200gで、5800円になります、」
レジから店長の声が響いた。
普段、俺とこたが飲んでいる珈琲のざっと8倍以上の値段、
「やっぱ高ぇ…、」
一度、店長が誕生日だからと飲ませてくれたことがある。
深い、という言葉では足りない位に濃密な味だった。
甘いのに苦い、酸味が強いのに甘い、
ブラックで飲むのが一番だと思った。ただ純粋に、物凄く旨かった。
「あ、今のってピーベリー、」
「いいや、ウォーレンフォードの方だよ。」
甘くない方の豆だ。
ここに来てから、豆の知識と、家での豆の挽き方の知識は無駄に多くなった。
会計を済ませてにこにこと笑いながらカウンター裏に回ってきた店長が、すまないね、と一言付け加えた。
「河上君、もうすぐ来ると思うから。転倒って、大丈夫なのかなあ、」
「さぁ、」
大方、いつものようにでかいヘッドフォンをして鼻歌でも歌いながら運転していたのだろう。
俺としては怪我だろうがなんだろうがどうでもいいので、とっとと交代してもらいたい。
― くそ、前日にシフト組むんじゃなかったな…、
去年も同じようなことになっていたような気がして、自分のミスに舌打ちをした。
26日、午前零時、
毎年、26日になると同時にこたを抱き締めるのが恒例となっている。
小さい頃から繰り返している、小さな決まりごとのようなものだった。
だが俺もこたも、義務感のようなものではなく、自然と互いの誕生日にはそうするようになっていた。
なのでその時間までには、絶対に何があっても家に帰らなければならない。
去年は確か急にシフトを代われと云われ、夕方から入って7時過ぎには店を出れたが、今年は既に8時を回っている。
無駄に苛つきが増す中、裏口から扉の開く音がした。
どた、
どさ、
ばたん、
「店長、申し訳ないでござる。」
慌てて店の制服に着替えた万斉がカウンター裏に入ってきた。
「遅ぇンだよ、」
頬に白いガーゼを張った万斉を一瞥して、俺は店長に目で帰ると意思を告げて、足早に裏口に向かう。
「ああ、高杉君、ちょっとちょっと、」
店員用の部屋に入った所で店長に呼ばれて、何事かと振り返った。
腰に巻いていた黒いエプロンをさっさと脱ぎ捨て、白いシャツのボタンを殆ど外した状態、
兎に角、早く帰りたかった。
「これ、今日の残業代の前金だと思って。」
茶色い包みにを渡されて、微かに香る豆の匂いに驚いた。
俺の嗅覚が狂っていなければ、これはさっき、普段飲んでいる珈琲の軽く8倍以上はする豆の匂いだ。
「え…、」
「今夜は悪かったねぇ、高杉君以外に誰も居なくて。ああ、因みにピーベリーの方だから。」
一緒に飲むなら、あの子はこっちの方が飲みやすいと思ってね、
「な、」
「気をつけてね。お疲れ様、」
お疲れ様です、と言葉を反芻して、じっと手の中の茶色い包みを見つめた。
「ああそれと、誕生日おめでとうって、僕からも。」
「…どうも、」
たった一度、それこそ1年前に来ただけのこたの好みを覚えていることにも驚いたが、誕生日まで知っている。
恐らく一緒に暮らしていることも気づいているんだろう。
もうこの店長なら何でも有りか、と変に納得した。
茶色い包みの重さを片手でさっと判断し、今夜の残業代としては不相応な値段になると気づいた。
「…もう少し高いケーキ、買っとけば良かったか、」
折角の珈琲に見合う、もう少し高嶺の花を。
□
店の裏口から外に出ると小雨が降り始めていた。
約束のように、傘を持ってきていない。
「ツいてねぇな、」
今度こそ本当に舌打ちをした。
歩いて来ていたので、このまま歩いて帰らなければならない。
こたに今から帰ると電話をしようとして携帯を開くと、こたからの着信が数件入っていた。
本来帰る時間を大幅に超えている。
― 心配してくれてたのか、
そう思うと、つい顔が緩んだ。
兎に角、折角の豆を雨に濡らさない為にもさっさと帰ろうとしたとき、
「晋助、」
雨音と共に、嬉しそうな声が耳に飛び込んできた。
一瞬携帯から流れてきたのかと勘違いしそうになったが、声の方向に振り返ると、傘を差したこたが細い道の曲がり角でひとり、立っていた。
丁度、店が見える位置で。
くしゅん、
小さいくしゃみをしたこたに、足早に近づいた。
「お前、こんな処で…、」
「帰りが遅くて心配していたんだ。会えて良かった、」
傘、持って行っていなかっただろう、
云いながら、俺を自分の持っていた傘に招き入れてくれた。
迎えに来てくれたのか、
わざわざ、こんな雨の中、
堪えきれなくなった気持ちと共に、こたを精一杯抱き締めた。
「し、しん…っ、、」
「無理、離せねぇから、」
人目を気にしているのだろうが、今はそんなことはどうでも良かった。
抱き締める腕の力が強くなる。
こたは最後の一言に苦笑するように溜息を吐いて、こつん、額を肩に乗せた。
「しん、帰ろう、」
「…、」
「夕飯、まだだろう、」
「あぁ、」
「晋助の好物を作ったんだ。帰って一緒に食べよう、」
明日は自分の誕生日だって云うのに、なんで俺に合わせてンだ、
そういう所がやっぱり、こたらしい。
ただ、ただ、
どうしようもなく、
愛しくてしょうがない。
「すっげ今更だけど、」
「何だ、」
二人、一つの傘に入って、家までの道を歩く。
繋いだ手が、
どうしようもなく、しあわせ、
「やっぱステファンなんとか、でいいのかよ、」
「うん、嬉しい。ありがとう、晋助、」
毎年のプレゼントは、もう決まったようなもので、
こたが小さい頃から好きな変な怪獣(こう云うと、こたはとても不機嫌になるのであまり云わない。)のぬいぐるみやら、ストラップやら、12年間、同じものをプレゼントしてきた。
5歳の頃からの繰り返し、
流石にそろそろ他のものを、と思うのだが、12年間の積み重ねは恐ろしいもので、中々他に思いつかない。
「…誕生日くらい、こたの好きなモン、作ればいいだろ、」
さっき、俺の好物を作ったと云っていた。
こうしてバイトが遅くなったり、俺が疲れて帰ってきたときは、いつもそうやって気遣ってくれる。
「好きな、もの、」
「蕎麦とか好きだろ、」
「好きは好きだが…、」
ふと真面目な表情になって、俺の眼をじぃ、と見つめる。
「晋助が美味しいと云ってくれるから、その方が俺も美味しくなるんだ、」
不思議だな、
くす、
花が静かに開くような微笑みに、堪らず唇を合わせた。
□
午前零時、
6月26日、
互いの温度を確かめるように、ゆっくりと抱き締めあった。
小さい頃と違うのは、体温を直に感じるように抱き締めあうようになったこと、
「生まれてきてくれて、ありがとう、」
一年に一度の奇跡に、
心からの感謝と祝福を。
互いの肌と唇を何度も重ねて、二人一緒に眠りに落ちた。
目が覚めたら、とっておきの豆を挽いて、珈琲を入れて、ゆっくり飲もう。
きみと一緒に。
/了/
2008/6/26 掲載
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桂さん誕生日おめでとう!
高杉のバイト先は散々迷ったのですがなんか珈琲屋になりました。
珈琲好きらしいです。3Zの彼は。
ブルーマウンテンの相場を調べてびっくりした。
100gが2500円以上からって何!高いよ!店長太っ腹すぎる。
因みに管理人はコーヒーは飲めません。←
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[mokuji]
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