03:きみの中指にキスをして。
きみの中指にキスをして。
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こたの躰が、熱い、
泣き腫らした目許が、紅い、
雨に打たれて帰ってきたこたと二人、ベッドの中で躰を寄せ合って眠った。
目が覚めると、普段家を出る時間をとっくに過ぎていた。
こたの携帯のアラームが、浮上しかけていた意識の中で鳴っては止まり、途中で途切れた。
抱きしめていた躰の熱さに眉を顰めて、そっと額に手を寄せた。
− 熱、あンじゃねぇか、
馬鹿、と心の中で呟いて、苦しそうな呼吸をするこたの頬を撫でた。
− 薬、あったよな、
楽な体勢にしてやろうと躰を動かした。
同時に、充電が切れそうな自分の携帯を開いて数回コールを鳴らした。
『もしもし、』
「よぉ、」
『朝から珍しいな、何でござるか。』
「今日、夕方のシフト代われ、」
『…人にモノを頼む言葉ではないと思うが、』
「埋め合わせはそのうち。じゃぁな、」
有無を云わさず電話を切って、充電器に携帯を繋いだ。
苦しさからか、閉じたままの瞳から涙が溢れているこたの目許に唇を落とした。
□
こたが目を覚ましたのは昼前だった。
汗をかいていた躰を拭いて、寝巻きも替えた。
「…し…ん、」
状況がよく分かっていないらしく、無理に躰を起こそうとするのを咄嗟に止めた。
「無理に起きンな、」
「…ぇ、」
額に張った冷えピタをこたが片手で触れて、ようやく己の状況を理解したらしい。
途端、こたの眸から涙がぽろ、ぽろ、溢れ出した。
「ふ、ぇ、…っ、、」
昨日あれ程泣いたと思っていたのに、こたの涙は枯れることを知らないらしい。
それほど、ショックだったということ、なんだろうけど。
ぎし、
ベッドに腰掛けて、こたの涙をぺろり、掬った。
甘い味がしたのは、気のせいだろうか、
「しん…、しん、」
苦しそうに息をしながら、必死に腕を伸ばしてくる。
震えているように見えたのは、気のせいじゃない。多分、きっと。
「こた、」
縋るように抱きついてきたこたを包むように抱きしめて、目許に、頬に、唇に、何度もキスをした。
泣きたいなら、泣けばいい。
それで少しでも、哀しみが少なくなるのなら。
互いの指先を絡めて、触れるだけのキスを繰り返した。
「なンか、食えそう、」
頬を手で包んで、額を合わせて尋ねた。
こくり、
小さく、頷く。
もっと、もっと、甘えればいい。
お互いしか居ないこの部屋で、もっとぐちゃぐちゃになるように、
甘えて、甘やかして、甘やかされて、二人しか居なくなればいい。
どろどろになるまで、繋がっていたい、
「何か買ってくる。」
するり、
絡めていた指先を解いて、ベッドから立ち上がろうとした途端、
「や…、行か、ないで、」
泣きそうな声で、袖を掴まれた。
止まったと思っていた涙が、またこたの綺麗な眸から溢れ出した。
「ひとり、に、しないで…、」
ひとりぼっちは、こわい、
まるで子供が泣くように、顔をぐしゃぐしゃにして、
「…粥ぐれぇしか、作れねぇぞ、」
「しんの作るのが、食べたい、」
えぐ、
ぐす、
ひっく、
何かの糸が切れたように、甘えてくる。
不謹慎だと思いつつも、それは想像以上に、心地のいいものだった。
□
白出汁で適当に水に味を付ける。
薄めのほうが食べやすいだろうかと思ったが、普段料理はこたがしているので、分量がまったく分からない。
不味くはない程度に適当に味付けして、冷凍庫に小分けしてあった米を取り出しそのまま鍋に入れた。
卵は二、三度溶いて、沸騰した鍋にさっと入れ、ついでに冷凍してあった刻みネギを適当に入れる。
一口味見をして、食えないモンじゃないと確認してから、鍋を盆に乗せてこたのいる部屋に持って向かった。
「まだキツい、」
ベッドの横のテーブルに盆を置いて、そっと頬に触れる。
随分と汗をかいたのが幸いしたのか、熱は少し下がったようだった。
「すこし、楽になった、」
ぎこちない笑みを浮かべながら云う姿が、痛々しかった。
ベッドに横になったままの躰がまた汗ばんでいて、眸は潤んだまま、
頬に触れたまま顔を近づけて、今度は深く口付けた。
「ん…、ぁ、しん…だめ…っ、」
「なにが、」
「風邪…、ん、んぅ…、」
「別にうつったって、構やしねぇよ、」
馬鹿は、風邪、ひかねぇンだろ、
ぽろ、
溢れ出た小さな一雫が、頬に触れた手を濡らした。
惜しむように唇を啄ばんで、そっとこたから離れた。
さっき作った粥が、丁度冷め始めた頃だ。
「起き上がれそう、」
「ん…、」
素直に頷いて、ゆっくりと躰を起こした。
汗ばんだ首筋に、細い髪が張り付いている。
咄嗟に、情事の最中を思い出して、思わず顔を片手で覆った。
「しん…、」
「…っ、なンでもねぇ、くち開けろ、」
レンゲで粥を掬って、唇で温度を確かめる。
少し息を吹きかけて、そのままこたの口に流し込んだ。
もぐ、
数回口を動かして、ごくん、飲み込んだ。
「…おいしい、」
とても嬉しいと云うように、綺麗な笑顔で答えた。
その笑顔に心底安堵して、思わず心の中で息を吐いた。
その後、鍋の半分まで食べ終わり、解熱剤を口移しで飲ませて、ベッドに寝かせた。
こたが眠りに落ちる際、袖を掴まれたままだったことに気がついた。
「…細っせぇ指、」
まだ小さい頃、からかう意味で云った言葉とは違う、
守りたい、
大切にしたい、
甘やかしたい、
甘えたい、
何度でも抱いて、ぐしゃぐしゃにしたい、
他の誰にも、渡したくない、
どうしようもない独占欲が心を支配する。
こたは解熱剤が効いて楽になったのか、すぅ、と寝息を立てている。
「お互い様だろ、ひとりぼっち、なんて、」
掴まれた袖から指をそっと離し、細い中指にキスをした。
今の自分達には、丁度いい場所、
いつ、薬指にキス、してやろうか、
「…すき、」
寝入った筈のこたの指がぴくり、動いた。
− きみが、ほんとに、だいすきだよ、
何度云っても、云い足りない、
もう一度、手を握り締めて、
涙の痕が残る頬に、
触れるだけのキスをする。
触れた唇から、少し苦く、
けれどやはり、甘い味がした。
/了/
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「きみのとなりで。」の続きになってしまった。
これを書いているときに「海の/時間」by谷山/浩子を聞いていたので甘々モード全開です。
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[mokuji]
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