夜攫う腕 ■ 「銀魂深夜の即興小説45分一本勝負」:2014/9/24



夜攫う腕(よるさらうかいな)








足取りは重かった。
やらかしたわけではない。至っていつも通りの仕事だった。

手に持った黒い塊を、同じく黒い海へと放り投げる。
証拠は残すなと言う依頼だった。なので髪の毛ひとつも残していない。
依頼主の希望通り、後から調べた所で恐らく何も出てこないだろう。

仕掛けられた目撃情報に踊らされ、真実はこの夜に埋もれたままだ。

― 臭ェ、

血の匂いは嫌いだった。
意図せず汚してしまった左手を布で包み、そこではたと気がついた。

巻いてしまったのは、ズラ子が持たせてくれたハンカチだった。

「…あァ、やっちまった」

明日、新しいハンカチを買うことにする。
これをズラ子に戻すことはもう出来ない。

倉庫の外に出ると、何故か雨が降っていた。
頭痛が止まったから雨は降らないだろうと言っていたのに、万斉の天気予報は外れたらしい。

踏み出した足が水を弾く。

雨音に響かせる足音は孤独だ。
滴る雫が頬を伝い、生温い感情をすべて攫っていく。

― 腹ァ、減った、

血の匂いは空腹を連れてくる。いつからだったかは覚えていない。
ただいつも焦がれるように想うのは、ズラ子の手料理のことだけだった。

街灯も途切れる闇夜をひとり、黒に紛れてやり過ごす。
ふと見上げた視線の先に、酷い違和感があった。ズラ子だ。

「…ズラ子?」
「おかえり、晋助」

傘の中。
小雨と戯れるように笑うズラ子が、胸の中へと飛び込んできた。

「へェ、わざわざお迎えとは有り難いねェ、」
「待っているのも飽きたんでな」
「ハハ、酷ェの」
「それだけじゃないぞ」
「ふぅん?」

くすくすと笑うズラ子の首筋があかい。
滲む汗が気配を滲ませ、ズラ子の唇を甘く彩っていく。

「会いたかったんだ。…早く、晋助に」

潤んだ眸が訴えるのは、不在を妬む己の未熟さだった。

「明日」
「分かってる。水族館な」
「夕餉は魚にしよう」
「…お前さん、面白ェなァ、ほんとにさ」
「お褒めに預かり光栄です、万事屋さん」
「何だよそれ」
「まだ仕事モードだろう?」

目が怖いから。
困ったように笑うズラ子に、途端表情を見失った。
先ほどまで動いていたはずの頬の筋肉が、何故かどうしても動かない。

「…晋助、帰ろう」
「あァ、」
「腹が減っただろう?」
「あァ」
「デザートに無花果を買っておいたんだ。一緒に食べよう」
「ズラ子」
「うん?」

ふわり振り向いた躰を抱き締め、あかい首筋に顔を埋める。
吸い込んだ匂いで満たされた胚が、血の臭いを浄化していく。

「…ただいま」
「おかえり、晋助」

触れ合う唇が心を連れて、求める場所へと自分自身を連れ帰っていく。


― 帰りを待つだけだと思っていたのか?


そう言ってズラ子が俺を迎えに来るようになったのは、この仕事を始めて間もない頃。

弱った心を見抜かれている。他の誰にも分からせない己の心を。
そんな自分が恥ずかしいと感じたのは、それこそ最初のうちだけで。




翌日。
水族館で買った新しいハンカチを甚く気に入ったと喜ぶズラ子に、俺は悠々と笑ってみせた。

//終



お題:「帰りを待つだけと思ってた?」
提供元:「銀魂深夜の即興小説45分一本勝負」:2014/9/24 掲載分


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