今見えるものすべて ■ 「銀魂深夜の即興小説45分一本勝負」:2014/8/12



今見えるものすべて







人には役割があるのだという。
この世に生まれ、地を踏み歩いていく最中で、ひとつひとつ役割があると、綺麗な髪をしたあの人が言っていた。
だとしたら、己のこの「役割」は、一体いつ決まった「もの」だというのだろうか。


― 決まったンじゃねェ、手前ェで決めたモンだろう。


あのとき。
何より護りたかった存在を世界に打ち消された日。
それだげを志だと妄信していた魂は、呆気なく世界に裏切られた。

心身を貫いた痛みは灼熱となって喉を焼き、頬を伝う熱は赤い地に破壊という根を降ろす。

積みあがった仲間の死体。
折れた刀。晒された心の無残な骸。
あの人が教えてくれたもの全てを、この世界は裏切った。


「だったら俺達は、この世界に喧嘩を売るしかあるめェ」


喚く言葉が震えている。
己の声に温度を宿らせたのは何時ぶりだっただろうかと考えて、それは最後に、立札の前で逢った時だと思い出した。
上手くいかなかったと折角笑ってやったのに、桂は相変わらず無愛想だった。


「この国が気に食わぬなら壊せばいい。だがここに住まう人々ごと破壊しかねん貴様のやり方は、黙って見てられぬ」


背から射抜かれる視線に心が震える。
懐かしい気配に、喜ぶ本音は隠せなかった。

ああ、そうだ。
お前はなにも変わらない。変わって欲しいと思ったことなど一度もない。
いびつに捩れたこの世界の全てから、なにひとつ壊されることのないひとつの魂。

皮肉に歪めた口元で振り向けば、潤んだ眸と、刹那だけの逢瀬があった。



「おかげでうまくことが運びそうだ」

翻された刀に一瞬の郷愁が宿る。
ああ、恐ろしい、愛おしい、憎らしい。
あのころから何も変わらない眸も、心も、その姿も。
何もかもが美しく、佇む気配に己の全てを攫われる。


― だが仲間だと思っている。昔も今もだ。


嫌いだと言い放ち、戸惑い揺れた眸をもう何度愛おしいと思ったか知れない。
夢中で掻き抱いた華奢な背も、戦慄く腕も、細い涙で濡れた頬も。

あの人が居なくなったこの世界で、唯一望んだ己の居場所だった。

いま見える世界のすべて。
その世界を共に見届ける夢はもう叶わない。叶える理由は何処にもない。


― お前しか居ない。もう、お前しか。


「高杉!」
「言ったはずだ」

破壊の先に見える未来のすべてを、お前だけに託して逝けるといい。
そんな戯言を願うには、色んなものが過ぎ去ってしまったあとだった。



「俺ァただ壊すだけだ。この腐った世界を」



いまみえるものすべて。
共に歩んできた道を、踏み越えた仲間の屍を、転がったまま振り返ることのなかった命の欠片を。
その全てをかけて、この世界をお前にくれてやる。
向けられた刀に恐悦を込めて微笑むと、凛とした口元が一瞬だけ歪んで見えた。






お題:「今見えるものすべて」
提供元:「銀魂深夜の即興小説45分一本勝負」:2014/8/12 掲載分


[ 77/79 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -