髪洗う雨 ■ 「銀魂深夜の即興小説45分一本勝負」:2014/8/11


髪洗う雨








夏の終わりに雨が降った。
夕刻の雨は心地が良い。しとしとと世界を濡らす夏の雨は、遠くない秋の訪れを告げている。

「…ヅラ」

呼んでも返事はない。
高熱に魘され、みず、と最後に呟いたきり、桂は目を覚ましていなかった。


敵陣を殲滅させ、各々の道で本陣とした廃寺へ戻ってきた矢先に降った雨だった。
灼熱の昼間に滾った血は熱の行き場を失い、薄く乾いた膜となって手足に首に、酷くしつこく張り付いて離れない。
いつも以上に返り血を浴びるような始末だった。
暑さで頭がやられたのかと馬鹿に言葉をぶつけられ、苛立つ脚を腰に向かって投げつけた。
遠慮なく言い合いを始めた俺達に、桂は何も言わなかった。

否、言えなかったのだ。

降り出した雨を見上げていたかと思うと、桂は地面へと吸い込まれるようにしてその場に崩れてしまった。


どうしたと言葉が出るより先に、躰が前へと動いていた。
泥濘に座り込んだ桂の腕を引き、そのまま腰を抱き上げる。

ざあっと鳴き始めた雨声に貸す耳は持てず、腕の中、「しんすけ」と呟いた桂の言葉に、意識の全てを攫われるしかなかった。


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「頑張りすぎちゃったんじゃないの?暑かったしさ」

気だるげに水を運んできた白髪頭は、それ以上何も言わずに部屋を出て行った。
出て行けって言ってたよ、空気が。と後から言われたらしいが、そんなものはどうでもよかった。

閉じられた桂の瞼はぴくりとも動かず、規則正しく上下する胸だけが救いのようだった。
だがいつものように、凛とした視線で相手を見抜く双眸はその姿を隠している。


しとしと、しとしと。
ざざあ、ざざあ。
雨の音が激しくなる。明日の戦況に影響があるだろうか。
明日の判断は桂の役目だ。だがそれも、無事出来るかどうか分からない。

― 目、覚ませよ、

細い手首をじっと眺め、恭しく両手で持ち上げる。
薄い皮膚の下、青々とした脈に人差し指と中指を充てると、確かな鼓動が指先に伝わった。

― 生きてる。

乾いた血で汚れた頬を、水に濡らした手ぬぐいでそっとふき取る。
頬を、額を、口元を。
ひとつひとつと拭っている最中、首筋に張り付いた黒髪にごくりと喉が鳴った。

沸き踊った血を諌める術を、自分はまだ知らない。



「…小太郎」

幼いころの呼び名を溢すと、桂の瞼がぴくりと動いた。
咄嗟に身を出し、熱で燻られた頬に手を当てる。

だが薄く開いた口からは、唸るような声しか出てこない。

「…うぅ、」
「小太郎、」
「…う、…、、」

暗闇を切るように払われた手が、何かを求めるように空を彷徨う。
弱弱しく震えた指先を咄嗟に絡めとり、手の甲にゆっくりと唇を寄せる。

一瞬の静寂の後、ふうう、という細い息が、木目の軋む部屋の空気に馴染んで消えた。


― 雨のにおいがする。


冷えた桂の指先からも、雨に晒された黒髪からも。
先ほどまで纏っていた赤い匂いは、もう何処にも見当たらなかった。




「なあ、ヅラ、」

返事は返ってこない。
そうじゃない、といういつもの返事も、表情も、気迫も、なにも。


― また、いつもみたいに、


早くあの言葉を投げて来い。
いつものように、いつもの顔で、いつもの、…いつもの、小太郎のままで。

願う心に焦燥が満ち、顰めた眉を解けなくなる。
驟雨の気配に耳を傾け、細い首筋に手を添える。


その日の夜。
水の匂いがする黒髪を指先で掬い上げ、眠る桂の頬に唇を寄せることしか出来なかった。





お題:「髪洗う雨」
提供元:「銀魂深夜の即興小説45分一本勝負」:2014/8/11 掲載分


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