蔵馬夢7
「待たんかーーーいッ、このっ・・・!!」
今日も今日とて青春とは程遠い日常を過ごしておりますルナでございます。・・・ぐっすん。
そろそろ寝たい時間なんだけどな!さっさと片付けたいんだけどな!
邪鬼の一種らしい、私の背丈の半分程しかない妖怪は、ずんぐりむっくりの癖にやたらすばしっこい。
コンクリートの壁を、民家の庭木を、ひょいひょい跳んで逃げていく。
飛び道具系の術には頼るなと幻海ばーちゃんからも蔵馬からも言われているけれど―――あの二人、説教がそっくりなんだよね。じゃなくて。
スピードアップと相手の足止めくらいは許して欲しいッ!
「ウィンディ!!」
ふわ、と風が靡き、私の足は軽く、邪鬼の足は重くなる。
私は風との相性が良いらしく、呼び掛けるだけで結構意のままに動いてくれる。
ある程度の意思疎通なんかも出来るから、情報収集もお手の物だ。
さて、邪鬼が射程に入りましたよ、っと!
―――全ての心の源よ 尽きる事なき蒼き炎よ
我が魂の内に眠りしその力
我が身となりて 深淵なる闇を撃ち払え―――
「ヴィス・ファランク!」
拳に魔力を溜めて一足飛びで邪鬼に近付き―――食らえ怒りの鉄拳!
ごがぃぃいいんッ!!
中々イイ音を立てて脳天にヒットしてくれた。
あ。白目剥いて泡吹いてる。
「あやめーーー!回収ーーー!」
ぜぇぜぇ呼吸を整えながら霊界案内人を呼ぶと、いつもの涼しい顔で櫂に乗ったあやめがスィーっと空を滑ってきた。
「あまり大声を出すとご近所の迷惑に・・・」
「じゃあこんな時間に、ゲホッ、面倒な案件持ってくるんじゃないわよッ・・・!!」
「それもそうですね。すみません、霊界には昼夜の概念が無いもので。」
「そーなの・・・!?」
いつ寝てるんだ霊界人!霊体だから寝なくても大丈夫、とか?
何それ超便利!いやでも幽霊にならないとダメだから、そうでもない?
悶々と考え出した私を他所に「それではお疲れ様でした。」とあっさり邪鬼ぶら下げて帰っていったあやめ。
「・・・くらまーおんぶー・・・」
あやめの気配が完全に消えたのを見計らって、塀の上でしゃがみ込みながら眼下の茂みに声をかける。
ふ、と何も無かった筈のそこに唐突に気配が現れた。
「・・・この程度で息を切らせてるようじゃ、使い物にならないな。」
修行メニュー増やすか・・・?等と不穏な事を呟いている蔵馬は、同じだけの距離を走ってきた筈なのに息切れの「い」の字も無い。
ちくしょー。。。私だって万全の体調だったらっ!
下腹部に手を当てながら不貞腐れる。
「この体力の無さにはね!ちょっとした、その・・・理由って言うか、心当たりって言うかっ・・・」
内容が内容なだけに、語尾が段々もごもご小さくなっていく。
たぶん、もう2,3日で始まるんだ―――オンナノコ週間が。
こればっかりは慣れた感覚が教えてくれる。
「そういえば術の威力も弱かったね。何?」
「・・・察して下さい。」
「え?」
「さ、帰ろ帰ろ!」
息も整った事だし、と問答無用で民家の屋根に跳び上がって走り出す。
「弱点、オレには話しておくって話じゃなかった?」
すぐに横に並んだ蔵馬が性懲りも無く聞いてくる。
「・・・たぶん、あと2,3日でわかる事だから・・・」
「ふぅ、ん・・・・・・」
あ。何か気付いた・・・ぽい?
いや、どうせ話さなきゃなんない事なんだから、気付いてくれてるに超した事は無いんだけど・・・ああでも複雑ッ!!
―――そして3日後、日曜の朝。
「いたいーだるいーきもちわるいぃぃぃ・・・母さんバヘリンー・・・!」
私はベッドでゾンビになっていた。
「あら、始まったの?相変わらずルナのは酷いのねぇ・・・えっと、バヘリンバヘリン・・・」
1階で母さんが薬を探してくれている気配を横目に、何事かと部屋を覗きに来た蔵馬が「なるほどね」なんて呟いている。
思い知ったかこの野郎!!いや、痛いのは私だから蔵馬が思い知る事は何も無いのか。
・・・痛いの痛いの、そこの蔵馬に飛んでけーっ!
「で、その間は体力も呪力も落ちる、と?」
目の前でのたうつ私なぞ目にも入ってないように冷静な蔵馬に、流石の温厚な私もカッチンきた。突っ込みは受け付けない。
パンッと手を合わせて呪文を唱えながら両手を左右に開いていく。
―――全ての力の源よ 輝き燃える赤き炎よ―――
「ちょっルナ、その呪文は・・・!!」
呪文とか覚えんのも早いんだよね、蔵馬って。その頭の良さも何もかも今は腹が立つ。けど悲しきかな、今の私は・・・
―――我が手に集いて力となれ―――
「ファイヤー・ボール!」
・・・ぷすんっ
「・・・完全に戦力外じゃないか。」
微かに煙が出ただけの私の両手の間の空間を見つめた蔵馬が呆れきったように呟く。
気持ちだけでもぶつけてやろうと思ったのに、虚しくなっただけだった。。。
「完全に使えないのは1,2日で、あとはまた徐々に回復してくる・・・筈。」
腹を立てるのも疲れた私は、オンナノコって大変なんだぞー・・・と再度ベッドに伸びた。
それをじーーーっと見つめてくる視線を感じる。
なんだ、ちょっとは大変さを理解する気にでもなったのか。と思いきや。
「この弱点は致命的だな・・・これこそ完全に隠し通さないと。」
アンタの頭の中には戦闘しかないのか。
確かにこの数週間で、何事にも備えておかなければならない現実は把握したけれども。
ちょっとくらい労ってくれてもバチは当たらないと思うんだー。。。
もう何も言う気になれない私と何やら考え込んでいる蔵馬の間に沈黙が落ちた時、タイミング良く1階から母さんの声がした。
「秀一ー!悪いのだけれどバヘリン買ってきてくれないかしらー!」
あ。無かったんだ。
「母さんそろそろ行かないといけないし・・・ごめんなさいねルナー!お粥は作っておいたからー!」
「だいじょーぶー!ありがとー!」
あんまし大丈夫じゃないけど。精一杯声を張り上げて御礼を言う。
いや朝の忙しい時にほんと申し訳ない。
「ほら、アンタもさっさと行ってきなさいよ。」
未だ部屋のドアに寄りかかってる蔵馬にシッシッと手をやると、物凄く嫌そうな顔をされた。
「誰の薬を買いに行かされるのかわかってる?」
「私の。だからさっさと行って来いって言ってるの。」
「・・・・・・・・・。」
諦めたように溜息を吐いた蔵馬がやっと1階に下りていく。
「秀一、『レニ』の方買ってきてあげてね。青じゃなくてピンクのパッケージの方。」
「青も無いなら両方買っといた方がいいんじゃないの?」
「他のメーカーの痛み止めがまだあるのよ。」
「・・・わかった。いってらっしゃい、母さん。」
今「ならそれ飲んどけよ」って思っただろう蔵馬。「バヘリン レニ」を舐めるなよ・・・!!
何にしても待つしかないので、とりあえずお粥を食べるべく、ずりずり這いずりながら私も1階へ下りることにした。