【アキさん】蔵馬夢小説 | ナノ
蔵馬夢5


翌朝。通信機でコエンマに「承諾貰ったよーん」と報告すると「ぬぁにぃ!?」とまたクソ喧しい声が返ってきた。
もうちょっと大人しくしていられないのかこの統治者は、と思いつつ次の指示を聞く。

「私の受け入れ準備が整うまで『幻海』っておばーちゃんとこ行って来いってさー。」
「・・・幻海?」

学校に行く準備をしている蔵馬に背を向け、窓枠に腰かけて足をぷらぷらさせながら見るともなしに景色を眺めていた。
・・・ほら、お着替えとかもあるからね。子供とはいえ一応、ね。
因みに元々私が履いていた靴は蔵馬がちゃっかり自室に回収済みだったので、まだ叔母さん――志保利さんにはバレていない。
まったく用意周到な事で。流石流石。

「幻海おばーちゃん、知ってるの?」
「・・・まぁ、『その筋』では有名な人だよ。」

どの筋だーあ。
準備が終わったらしい蔵馬と一度バイバイしてから玄関先で再び落ち合う。すぐまたバイバイなんだけどね。
2階から飛び降りる事に抵抗が無かったのは、体がやたら軽い所為。昨日動けなかったのが嘘みたい。
重力が弱いのか、時空の狭間を生き抜いたご褒美か、『おかあさま』の気紛れか。
・・・なんか最後のっぽいよね。思いながら、蔵馬とはお互い逆方向に「いってらっしゃい」。
最後に付け加えられた、頑張って、という意味深な言葉と笑みの意味を知るのはそう遠くなかった。





「ちょっ、待っ、おばーちゃっどぅわッ!!」
「あたしに一発入れられたら待ったげるよ、ホレっ」
「無茶言うなぁぁぁぁぁぁっ!!」

軽い体を楽しみながら、幻海おばーちゃん家という名の神社っぽいとこに辿り着いたかと思えば「コエンマから聞いてるよ、来な」と即行道場に連れて行かれて今に至る。
動体視力も上がっているのか、飛んでくる拳や蹴りは見えるし何とかかわせる、けどっ。
ちょっとっ・・・スタミナとかが、ですねっ・・・!!
って、下がろうとした足が引っかかって体勢崩れておばーちゃんの拳がっっ

「ぅわわわわわウィンディ・シールドーーー!!」

思わず湧いてきた言葉を叫んだら、おばーちゃんの拳がギリギリで止まった。
かと思えば、ぼよんっとスライムにでもめり込んだかのように拳が弾かれる。
いっ・・・命拾いしたっ・・・!
しかし何だコレ。私の周りを半円状に空気が揺れている。
あ、あれか?風の結界ってやつ?便利機能ーーーっ!

ゼェハァ言いながら空気の歪みを感心して眺めていると―――

「―――喝ッ!!!」

 ブォワッ

「・・・ぇ?」

 風 の 結 界 吹 っ 飛 ば さ れ た 。

「アンタのその特殊な能力は後回しだ。まずは基礎の格闘技が出来んと何にもならん。行くよっ」
「やっぱりそーなるーーー!?」




**********




「あっははははははは!!」
「笑い事じゃないんだよ秀二クン。」

約一週間、みっちり幻海ばーちゃんのしごきを受けて心身共にズタボロになって南野家に帰って来た私を見た蔵馬は、あろう事か真っ先に吹き出し、土産話をしたら大爆笑までしやがったのだった。

「っ、くくっ、・・・あー・・・こんなに笑ったの何年ぶりだろう。転生して初めてかもしれない。」

そりゃー良かったね、笑うのは健康にも良いからね、このド畜生野郎。

「あ、ルナの部屋、隣に出来てるよ。母さんに会うのにその様じゃ心配かけるから、シャワーでも浴びてさっぱりしてきたら?」

そう、この後には、まだ帰宅していない志保利さんとの初対面という一大緊張イベントが待っているのだ。
もっとも、あちらさんは何年も前から私は家に居る、と記憶を改竄されているのだが。
―――お願いしといて何だけど、罪悪感感じるなぁ。

「って、心配どころか大爆笑しやがったヤツがそゆ事言う?」
「オレはちゃんと『頑張って』って先に心配しておいたよ?」
「その時も今も素敵な笑顔でね・・・」
「ありがとう。」

褒めてねぇッ!!

「シャワーしてくる・・・」
「いってらっしゃい」

なんかより一層疲れた。でもお陰で気負い無く――正確には気を使う余力も無く、自然に志保利さんとの初対面が出来るかなー・・・。

蔵馬の隣室は「ルナの部屋」と言われただけあって、ベッドからクローゼットから勉強机から何もかもが揃っていた。
下着まで揃ってたのには流石にちょっと複雑な気分になったけど、しごきの後に走って買いに行かされた幻海ばーちゃんとこよりは・・・・・・どっちもどっちかな。
因みに志保利さんの部屋は1階らしい。
とりあえず適当に着替えを見繕って風呂場に行って。ザッとシャワー浴びて出てきたら玄関から「ただいまー」と声が聞こえてきた。
「お帰り、母さん。」「ただいま、秀一。ルナは?」「風呂。」なんて会話も聞こえてくる。
わーぉ私の名前がナチュラルに出てきてる。これはこちらもナチュラルにいかねば、と着替えを済ませて脱衣所から出た。

「おっ、おばさんお帰りっ」

全然ナチュラルにいかなかった。「りっ」て語尾引っくり返ったし。
向こうで蔵馬が口元に手をやったのが見える。また笑ってやがるなアイツッ・・・!!
志保利さんは「ただいま、ルナ」と微笑んだ後、少し笑みを寂しげなものにして続けた。

「・・・ルナ、何度も言うようだけれど、貴女はこの家の家族なんだから。気を使う必要なんて無いのよ。」
「・・・かぞく・・・。」

どもった私を別種の緊張感と受け取ったのだろうが、志保利さんはにっこり微笑んだ。
記憶の操作は事実関係だけで、それによってその人間がどういう感情を持つかまでは干渉出来ない、とコエンマは言っていた。
最悪、疎まれる覚悟もしておけ、と。
でも、今の志保利さんの言葉は。
何度も聞いた事なんて、ない。けどきっと、志保利さんの中ではそのくらい当たり前の事で。

「貴女の本当のご両親の代わりになれるなんて思ってはいないけれど、少なくとも私は貴女を本当の娘だと思ってるんですからね。」

どこか切なげに微笑んで頭を撫でてくれる志保利さん。
困った。想定外もいいところだ。
ふと蔵馬を見やると、優しげな、けれどどこか苦いような微笑みで志保利さんを見つめていた。
うん。これは罪悪感半端無いね。
蔵馬が12年間、本当に大人しく過ごしていた事実と理由が、今初めてわかった気がした。

「・・・お、かあ、さん・・・・・・」

小さく口に出してみる。
志保利さんは―――母さんは、本当に優しく、嬉しそうに微笑んでくれた。
ぎゅ、と力強く抱きしめてくれた後、「さ、晩御飯の仕度しなくっちゃね」と台所に消えていく姿を見送る。
いつの間にか隣に来ていた蔵馬にも頭をぽんぽんっと撫でるように叩かれた。
目頭に溜まっていた水分をぐいっと腕で拭い、笑顔で蔵馬の方を向く。

「よろしくね、秀!」
「よろしく、ルナ」

―――私に、新しい家族が出来た日。

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