【アキさん】蔵馬夢小説 | ナノ
蔵馬夢19



『喜べルナ!』
「無理。」
『へっ??』

母さんが救急車で運ばれてそのまま入院してから2日目の夕方。自室のベッドに寝っ転がっていると、コエンマから通信があった。
蔵馬は母さんの見舞いに行っていて、その神経の図太さには感心するしかない。
本人に病状は伝えない方針となった今、顔を合わせたら泣き出してしまいそうで、恐くて蔵馬には同行出来なかった。
でも1日でも長く傍に居たい。1秒でも長く話をしていたい。そんな感情も事実だから、明日には気持ちを切り替えて見舞いに行こうと思っている。
泣きそうになったら蔵馬に足でも踏んで貰って、痛みと蔵馬の所為にしよう。
因みに畑中さんは、救急車で運ばれたその日のうちに駆けつけてくれて、車で私と蔵馬を家まで送ってくれた。
「奇跡を祈ろう」と精一杯励ましてくれた畑中さんの顔もまた、今にも泣き出しそうだった。

『・・・なるほどのぅ。』

簡潔に端折った説明しかしなかったが、それでも私の表情を見てか、コエンマも深刻な顔になる。

「・・・まさかとは思うけど、霊界の記憶操作って人体に影響のあるものとかじゃないでしょうね。」

あり得ない。霊界は人間界の平穏を守る所だ。その霊界が人間に仇なす事をするわけがない。

『そんなわけなかろう。』

わかってる。・・・わかってた。

「・・・ごめん、コエンマ。侮辱した。」

画面の向こうで、ふぅ、と息を吐いたコエンマが痛ましいような苦笑いを浮かべる。

『そう堅苦しくなるな。ルナらしくなさ過ぎてこちらの調子まで狂うわい。』

でも、もし私の所為だったら、とか。
記憶操作なんて因果の法則に反した事やらせなければ、もっと言えば私が南野家に厄介になんてならずに即刻霊界で処分されていれば・・・なんてのは傲慢か。
助けて、受け入れてくれた蔵馬に対しても失礼だ。
思わず自嘲の笑みを浮かべていたらコエンマが口を開いた。

『しかしそれなら尚更良かったぞ、ルナ。』
「・・・何がよ。」
『実はな、正式な霊界探偵が決まったのだ。』

思わず伏せていた顔を上げる。

『これでお主も気兼ねなく、御母堂の方に専念出来るというものじゃろう。』

もっとも、半人前どころかヒヨッコじゃから、火急の事態の場合は手を貸して貰う事になるかもしれんが・・・と眉間に皺を寄せて言うコエンマに、思わず苦笑が零れた。
相変わらずお人好しな統治者だ。

「火急の事態が起こらない事を願ってるわ。」
『うむ。ではな。』

人の死なんて毎日飽きる程見ているだろうに、確かにコエンマは母さんの事で少なからず胸を痛めてくれていた。
気遣うからこそ、余計な気休めも言わなかった。人はいつかは死ぬと誰より知っている人だから。
それでも―――

「一ヶ月、か・・・・・・」

窓の外の葉桜を眺めながら涙が一筋、零れ落ちた。



**********



 コンコンッ

「母さんただいまー・・・っと。」
「寝てる、みたいだな。」

入院3日目からは私も蔵馬と一緒に学校帰りに母さんの見舞いに来るようになっていた。

「ちょうど良かった。蔵馬、扉のとこで誰か来ないように見張ってて。」
「ルナ?」
「気休めだけど、ね。」

苦笑して母さんに手を翳し、呪を紡ぐ。

―――聖なる癒しのその御手よ 母なる大地のその息吹
   我等が前に横たわる 傷付き倒れしかのものに
   我等総ての力もて 再び力を与えん事を―――

「リザレクション・・・」

ふわぁ、と優しい光が母さんを包み込む。
本来は怪我の治療に使う呪文だが、対象者の自己治癒能力を促進させる為逆に体力を奪ってしまう「リカバリィ」とは違い、精霊や自然界の力を集めて外から「力」を注ぎ込む「リザレクション」なら、体力の回復程度にはなると思ったのだ。
高位呪文だから周りに気を配る余裕は無いし、私自身も下手な攻撃呪文より消耗はするのだけれども。

「ん・・・」

どうやら衰弱して眠っていたらしい。体力の回復によって母さんが目を覚ます。

「ルナ・・・秀一・・・来ていたなら起こしてくれれば良いのに・・・」
「あんまり気持ち良さそうに寝てたもんだから。」
「おはよう、母さん。」
「って、起きちゃ駄目よっ。普通の人でも目が覚めてすぐ起きるのは体に良くないんだからっ。」

体を起こそうとする母さんを慌てて止める。
気持ち良さそうどころか衰弱していたのだ、一時的に元気になったに過ぎないのだから無理をされては困る。

「折角2人が来てくれているのに・・・」
「いいの、私達は母さんと喋れるだけで嬉しいんだから。ね、秀。」
「そうだね。林檎むくよ、母さん。昼食べてないって看護婦さんに聞いたから。ちゃんと食べてね。」
「あらあら・・・本当、2人にかかったら敵わないわね・・・」

微笑む母さんに嬉しくなる。そして哀しくなる。

「今日ね、秀ったらクラスの課題で―――」

そんな感情を押し込めるように、笑顔で学校の話をした。



帰り道。

「あの呪文はその場だけか?」

案の定、蔵馬から質問された。

「そうね、一瞬だけとは言わないけれど・・・対症療法って言うか延命治療って言うか・・・ううん、そこまで確固たるものでもないわ。精々1日分の体力回復ってとこかしら。」

明日から、帰り際に眠って貰ってあの呪文かけて帰ろうかと思ってる、と続けた私に蔵馬は「延命、か・・・」と何やら思案顔で呟いた。

「オレは明日から少しルナとは見舞いの時間がずれると思う。」

唐突に切り出した蔵馬に、きょとん、となる。

「何かするの?」
「ちょっと、ね。思い出した事があって。」

それ以上話す気の無さそうな蔵馬に「ふーん」とだけ返し、あの呪文使いながら人の気配を探るのはちょっとしんどいな、なんて考えていた私は、どこか思いつめたような蔵馬の表情に気付く事はなかった。



**********



「リザレクション・・・」

ふぅ、と一息ついて病室を出る。
この呪文について説明したあの日から、本当にぱたりと蔵馬と顔を合わせる事が無くなった。
昨日なんて学校を休み、家にも帰って来なかった。
そう言えば霊界探偵代行終わったよって言いそびれたままだな、なんて考えていた時、タイミング良く霊界通信機が鳴る。
あたりに人気が無い事を確認してから応答した。

「何よコエンマ、まだ外・・・」
『大変じゃルナ!!火急の指令じゃ!!』
「・・・私お役御免になったんじゃなかったっけ。」
『火急の時には頼ると言ったじゃろう!!』

よほど切羽詰っているらしい。一つ、溜息を吐いてコエンマの話を聞く。

『霊界大秘蔵館の闇三大秘宝が盗まれた!』
「はっ?あの、人間界の三種の神器の元になったとかいうヤツ??」

何年も前だが、霊界に野暮用で行った際に一度だけ、閻魔大王自ら大秘蔵館を案内して貰った事がある。
やたらと機嫌の良かった時で、得意気に自慢していたのが確か―――

「・・・それ、あんたのパパのお気に入りじゃなかったっけ。」
『そうじゃ!だから慌てているのだ!幸いと言うべきか親父は出張に行っていてな、1週間後に帰ってくる。』
「親の居ない間に悪戯やらかした子供か。」
『わしが隠したんじゃないわいっ!犯人はちょうど新米探偵の町付近に逃げ込んだのじゃ!至急合流して捕まえてくれ!』

プツッと座標だけ画面に残してコエンマは消えた。

「はぁ・・・。」

思わず盛大な溜息が出る。
・・・あの閻魔のオッサン、怒らせると面倒なんだよね・・・。
座標を見るとどうやら隣町らしい。
もう日も暮れている事だし、屋根伝いに走った方が早いか。

「ウィンディ!」

風の加護を受け、夜の町に跳び出した。

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