【刀剣乱舞】月夜烏・改 | ナノ
11 始動


 障子を締め切った薄暗い部屋のなか、少女が一人、気だるげに寝そべっている。とうに日は昇りきった時刻だというのに、寝巻き姿のままで寝床に転がり、ぼんやりと虚空を眺めていた。
「主、失礼します」
 断りを入れて入ってきたのは、明るい水色の髪に軍服を模した格好をした青年だ。手には太刀を携えている。
「一期、眩しい……」
「はっ、失礼しました」
 少女が開け放たれた障子に文句を言うと、青年は即座に障子を締めて彼女のそばに腰を下ろした。
「何か用なの?」
「はい、出陣部隊が戻って参りました」
 少女がガバリと身体を起こした。
「三日月宗近は見つかった!?」
「……残念ながら、今回も見つけられなかったようです」
 パンッと乾いた音がした。
 頬を張られた青年は、座したまま深々と床に両手と頭をつけた。
「主、お願いいたします。どうか傷ついた者たちの手入れをしてやってください。このまま出陣を重ねれば、捜索が成功するどころか部隊が壊滅してしまいます」
「イヤ」
「それならば、せめて私を出陣部隊に加えてくださりませ!」
「イヤよ!!」
 立ち上がった少女は座ったままの青年の頬を両手で包み込み、ぐいと持ち上げた。
「ほんと一期はイケメンだね。でも一期だけじゃなくて、清光も大倶利伽羅も青江もみんなイケメン。薬研たち短刀はカワイイになるのかな? ……いいよね、みんなあたしみたいにブスでもデブでもなくて。ほんとはみんな、あたしのことなんて大っ嫌いなんでしょ?」
「誰も主のことをそのように思う者はおりませぬ」
「そっか…………あたし、ゴシュジンサマ、なんだよね?」
「はい」
 少女は力いっぱい青年を突き飛ばした。
「それじゃあ、ちゃんと言うことを聞いて! 口ごたえしないで! 三日月宗近を見つけてきてよぉ!!」
 甲高い、悲鳴の様な金切り声が響き渡った。


++++


「コレとコレが分かり易い。コレも中々良かった」
「はい、ありがとうございます」
 扉を備えた新しい部屋の前で、分厚いレンガ――もとい、本の束を受け取った雅は、津留崎に向けて頭を下げた。その拍子に本が滑り落ちそうになったが、何とか抱え込んだ。
 今後の方針は決まったものの、雅が就く本丸の調整に数日ほど必要らしい。気合の入った亀田を見送ったのはつい先ほどだ。
 三日月はというと。
「そうかそうか、審神者となるか。ならば連れて行って貰うとするかな」
 などと、散歩に行くなら一緒に行こう、とでも言うような軽いノリでほけほけと笑いながら言うものだから、亀田と津留崎の二人に、
「タワゴトも大概にしろ!!」
「天下五剣だろうが、ボケじじい!!」
 と、反対され(天下五剣に対する畏敬の念はすっかり失われてしまったらしい)、しょげ返って引き上げていった。
 残された雅はというと。
「本格的に忙しくなる前にゆっくり休んでくれ、と言ったつもりなんだがな」
 ジッとなどしていられず、臨時の世話係となった津留崎に審神者のいろはを尋ねることにした。だが、彼も直接現場を知っているワケではないらしく、結果、対策課で用意されている資料を見せて貰うことになった。
「これらを読みながらゆっくりさせて貰います」
 なお、年に数回、新人審神者に向けたセミナーが開かれるそうで、時期が来たら声をかけられるとのことだ。正式な任命式もその時に行われるとか。
 何しろ今回は、雅を避難させることが目的の、急に決まった特例の就任だ。
「君も頑固だな。早く動きたい気持ちも分かるが……まぁ、本丸の準備が出来るまで暇だろう。それらでも読みながらゆっくりしてくれ。就任後は少しづつ実地を踏んで経験を積ませる方針らしいから、そう熱心に予習を積んでおかなくても大丈夫だと思うがな」
「それも不思議な話ですね。審神者の数が不足していると聞きましたから、即戦力として扱われるものかと思っておりました」
「かつてはそうだったらしい。とはいえ、全くの未経験者にベテラン並みの成果を期待するのは無理というものだから、一日も早く育って貰おうと古株の本丸へ行かせる研修制度なんてものがあったと聞いている。今は廃止されたがな」
「なぜです?」
「『主は二人もいらない』そうだ」
「……はぁ」
 過去に何かあったのだろうと伺えるが、刀剣男士たちは忠誠を誓った主をそう易々と乗り換えるものだろうか?
「ま、君は気にせずゆっくりしてくれ。シャワーでも浴びてその服を変えたらどうだ?」
「あ……」
 自身を見下ろす。ずっと血と埃にまみれた格好をしていたのかと気づいた途端、猛烈に恥ずかしくなった。
「仕事が片付いたら本部の案内でもするさ、それじゃ」
 と、足元にあった箱を抱えて踵を返した。
 彼も何かと忙しいのだろう。色々言われもしたが、世話にもなった。早足で遠ざかってゆく靴の音に合わせて、抱えられた箱の中から、壊れた機材がガシャガシャとぶつかり合う音が聞こえる。
(ラジオなら操作できるようになったけど……)
 どうやら自分の機械音痴は筋金入りらしい。実際、祖父に与えられたトランジスタラジオが操作出来るようになったといっても「このボタンしか押してはならんぞ、いいな!?」と、触るボタンを限定されていたし、世間で三種の神器ともてはやされ、すっかり馴染みとなった家電製品・洗濯機は、操作するたびに壊していたので、洗い物は全て手洗いで行っていた。(余談であるが、残る二つの神器・テレビと冷蔵庫は、触る場所を限定した使い方で何とか使用できていた)
 そして先程、参考資料を見たいと頼んだ際に渡された、紙のような薄っぺらい機械(文字や映像が映し出される小型のテレビのようなものらしい)も、やはりというか、操作できないばかりか壊してしまったのだ。しかも複数。
 後ろめたい気持ちから、去っていく彼に向けてもう一度頭を下げた。
 再び参考資料が手から滑り落ちそうになる。かさばりはするが、壊す心配のないそれらを抱え直して部屋へと戻った。
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